【開催報告】第8回日欧新世代ワークショップ 日本と西洋のトランスナショナルな関係[再訪] ‘Revisiting’ Transnational Relations between Japan and the West(2025年11月28日・29日・30日)2026/01/19

開催報告
第8回日欧新世代ワークショップ
日本と西洋のトランスナショナルな関係[再訪]
‘Revisiting’ Transnational Relations between Japan and the West


■主催:
法政大学国際日本学研究所(HIJAS)
「国際日本研究」コンソーシアム(CGJS)
アルザス欧州日本学研究所(CEEJA)

Click here for English report

2025年11月28日から30日にかけて国際会議「日本と西洋のトランスナショナルな関係 [再訪]」を開催した。本ワークショップは「国際日本研究」コンソーシアムからの支援を受けて法政大学国際日本学研究所とアルザス欧州日本学研究所(CEEJA)が共同開催してきたもので今回で8回目となる。今年度は開催地がこれまでのフランス・コルマール市から東京の法政大学に移った。開催地の変更をしながらも、基調講演者、また若手研究者を欧州と日本から募り、3日間にわたってともに多くの時間を過ごしながら議論をするインテンシブなワークショップという性格は変わらずに実施することを試みた。報告者としては、Claire Akiko-Brisset氏(University Geneva)とThierry Hoquet氏(Paris Nanterre University)2名の基調講演者を欧州から招き、公募を通じて選ばれた11名の「若手(early career)」研究者が東京の市ヶ谷に集った。ただし、複数の研究機関に所属する報告者も少なくなく、日本とアメリカの大学に籍を置く2名の参加者もあった。また出身地を見ても、スペイン、イタリア、スイス、フランス、ドイツ、リトアニア、ウクライナ、米国、中国、日本とこれまで以上に多様な研究者が集う機会となった(詳細はプログラム等をご覧ください)。

今年度のテーマは「日本と西洋のトランスナショナルな関係 [再訪]」とした。2021年から「日本のトランスナショナリズム」をテーマに継続して企画してきており、「日本研究とトランスナショナリズム」(2021年)、「日本のトランスナショナリズムと帝国」(2022年)、「現代日本のトランスナショナルな変容」(2023年)、「トランスナショナルな日本の空間」(2024年)と議論を積み重ねてきた。こうした中で今回は、トランスナショナルの方法論を維持しながら「日本と西洋」という昔からの大きな問題にもう一度立ち返ってみたいと考えた。その背景には「西洋」の「危機」と呼ばれる状況がある。言うまでもなく、明治以降の日本近代は、西洋とのつながりの中で国家を形成してきた。「西洋」に近づき乗り越えていく意識は、少なくとも経済成長がピークに達する1980年代まで続いたと言える。しかしながら、その目指していた「西洋」が現在「危機」に瀕している。日本でも人気が高いフランスの人口学者で公共的知識人でもあるImmanuel Toddは、近年「西洋の敗北」(『西洋の敗北―日本と世界に何が起きるのか』文藝春秋、2024年; 『西洋の敗北と日本の選択』文藝春秋、2025年)と題した書籍を出版し、ロシアーウクライナ戦争、西洋民主主義やアメリカ型資本主義の崩壊、また「西洋」の基盤となるプロテスタンティズムの衰退などの要因を挙げながら「西洋」が置かれた窮地を分析している。書籍で論じらたToddによる日本の位置付けは両儀的である。日本は経済と教育の水準を基にした広い意味での「西洋」に属しているとしながらも、「敗北した西洋」の一部であるかは分からないとしている。こうした今まさに変わりつつある世界秩序の中で改めて「日本と西洋」の長く、複雑なトランスナショナルな関係について捉え直してみることが本ワークショップの狙いだった。

初日(11月28日)は、会の趣旨説明から始まり、横山泰子氏(法政大学国際日本学研究所所長)による冒頭の挨拶では、本ワークショップが掲げる「再訪」の意味について、問題提起が投げかけられた。1日目のセッションは「文化と文学における日本と西洋」(司会:髙田圭)と題し、最初の報告はClaire Akiko-Brisset氏による基調講演’Cinema as a Transnational Phenomenon: The Case of the Reception of Japanese Cinema in France before 1945’であった。本講演では、戦前のフランスにおける日本映画の受容について詳細に論じられ、特に1920年代から40年代にかけてどのような日本映画がどのようにフランスへ渡ったのか、映画祭の資料などを詳細に読み解きながらフランスにおける映画を通じた日本イメージの形成の一端が明らかにされた。こうしたワークショップのテーマに沿った映画史の講演に続いて、Dingding Wang氏(カリフォルニア大学サンディエゴ校/名古屋大学)による報告では、小津安二郎の映画『宗方姉妹』(1950年)の批評的分析が展開された。作品中の植物・動物、そして光の使われ方や登場人物の服装に注目しながら、小津の作品の中にある「日本的」「西洋的」なものの混在が論じられた。続いての報告者Daniele Durante氏(ヴェネツィア大学/神奈川大学)は、吉屋信子の小説『わすれなぐさ』(1932年)の中に表れる「西洋」と「日本」についての分析を行った。報告では、「日本」が良妻賢母や良い娘を表しているのに対して、ナンパや不良少女が「西洋」と結び付けられているとし、「日本」と「西洋」のシンボルである二人の恋愛の結末は、「日本」が「西洋」を「解毒」することに成功した物語となっていると論じられた。そして同じく文学作品を題材としたYan Chang氏(スタンフォード大学/早稲田大学)の報告では、谷崎潤一郎による1911年の作品『少年』を分析し、作品で扱われる「動物性の模倣」という描写が日本の欧化に対して西欧から投げかけられる「猿真似」というまなざしを転倒する戦略であると位置付けられた。初日の最後となる浜地百恵氏による報告は、日本と国外の異なる国境を越える人形の実践を読み解くものだった。本報告では、1920年代の渋沢栄一による「青い目の人形」という日米間のインターナショナルなプロジェクトからベルメールの球体関節人形などを例に1960年代のトランスナショナルな人形への変化が示された。文化・文学研究に関する充実した5本の報告ののち、初日を締めくくる討論が実施された。ここでは、例えば「西洋」が想像の共同体であると同時にその範囲が歴史的に変化するものであるということ、また1990年代に提示された複数の近代化論を前提に「日本」と「西洋」の関係を捉える必要があるなど本ワークショップが前提とすべき大枠が確認された。

二日目には「政治史・社会史・宗教史における日本と西洋の関係」をテーマとするセッションを行った(司会: Christophe Thouny氏)。最初の報告はQiaoyu Han氏(東京大学)による江戸前期の反キリスト教運動に関するものであった。本報告では運動の代表的な人物であった僧の雪窓宗崔の思想に中国の僧、費隱通容などからのトランスナショナルな影響があったと論じられた。二本目以降の報告は近代政治・社会史の分野からのものであり、まずAlberto Zizza氏(ミュンヘン大学/ドイツ日本研究所)は、明治期の知識人、芳賀矢一や岡倉由三郎による日本人論を分析し、日本の伝統から近代化を成し遂げるという彼らの思想が「西洋」との対話を通じて形成されたという逆説を論じた。続くEnrique Mora Roas氏(カタルーニャ・オベルタ大学)は、日本の初期社会主義運動におけるトランスショナルな歴史の分析を行った。これまでの研究の中心だった英語圏、またドイツ、フランスとの関係ではなく、本報告では、「西欧の周辺」の国々が扱われ、特に山川均によるイタリア社会党の分析が論じられた。四人目の報告者Daniel Wollnik氏(ボーフム大学)は、近年歴史学で注目を集めているトランスナショナル・ファシズムの枠組みから第二次大戦期における在独日本特派員の分析を行った。在ベルリンの日本特派員の数は他国に比べても多く、また特権的な地位を与えられながらナチスに親和的な報道を行うことを期待されていたことが詳細な資料とともに紹介された。二日目の最終報告にあたるGundė Daukšytė氏(ハイデルベルグ大学)による発表では、トランスナショナルな記憶の実践について論じられた。2004年の東欧諸国のEUの拡大により、リトアニアなど東欧出身者のシベリア抑留が「西洋」の問題へと拡大され、日本のシベリア抑留の記憶の実践と結びついていったことが示された。報告後のディスカッションにおいては、これらの五つの詳細な歴史研究が提示する「日本と西洋のトランスナショナルな関係」が振り返られた。その冒頭でThouny氏から「西洋」概念につきまとう普遍性の問題をどう考えるかという問題提起が投げかけられた。その後のディスカッションでは、共産主義を含めた西洋近代が普遍性のプロジェクトであったことが議論され、従ってそこには権力の問題があると指摘された。こうした「西洋」、普遍性、権力の相互関連性は、学問の世界にも存在しており、Brisset氏からは残存する人文社会科学における西洋支配の問題にもつながるという指摘も出された。

最終日のテーマは、「戦後日本における西洋とのトランスナショナルな関係」と題し、二本の報告がなされた。一本目の報告者、Wolfgang Gerhard Thiele氏(ベルリン自由大学)は、1968年前後に展開された日本における台湾人民主化運動活動家たちの強制送還事件を論じた。また当時法政大学学長であった中村哲をはじめとした知識人・活動家による強制送還への反対運動が展開され、アメリカの運動ともつながった結果アムネスティ日本の設立へと至ったことが示された。公募報告の中で最後となったのは、Mariia Kravets氏(東北大学)による戦後文学に表れる日本とアメリカの関係についての報告であった。発表では、小島信夫と村上龍の二人の作家のアメリカ表象をHomi Bhabhaの「擬態」論から分析し、小島のテキストにはポスト・コロニアルな日本人の「擬態」が描かれているの対して、村上龍の作品には「擬態」はローカルな抵抗の道具となっていることが論じられた。そして、三日間のワークショップを締め括ったのは、Thierry Hoquet氏(パリ・ナンテール大学)による “Greek Philosophy or Transnational Philosophy?: Boundaries, Translation, and Decolonization”と題した基調講演であった。本講演では、トランスナショナルな哲学の概念的な位置付けに関して二つの主張が展開された。第一に「哲学」は古代ギリシャのphilosophiaに起源を持つものであり、数あるそれ以外の思想的営為を「哲学」と呼ぶべきではないということ。そして「哲学」は元来トランスナショナル性質を持つものであり、中心と思われがちな西欧の哲学においてさえもトランスナショナルな波及の結果であると論じられた。また日本の「哲学」も近代以降に仏教や儒教とギリシャを起源とする西洋哲学が混じり合うかたちで独自に発展したことが示すとおり、哲学は周辺的な声を取り組むことでその都度変化するものとして捉えるべきだと主張された。

基調講演の後、最終日、そして三日間の議論を踏まえて1時間にわたる総括討論を行った。ここでは「西洋」が地域なのかあるいは観念なのかという当初からの大きな議題を端緒に様々な議論が展開された。最終討論を含めて議論の中から見えてきた「日本と西洋のトランスナショルな関係」についてまとめてみたい。まず、地域、観念いずれにしても先述のとおり「西洋」は移り変わるものである。Daukšytė氏の報告によっても示されたが、冷戦崩壊後、多くの東欧諸国は「西洋」に組み込まれた。その意味で「西洋」の膨張が近代化の歴史だったという見方もできる。他方で日本との関係で言えば、日本は「西洋」の一部かという問いは答えに窮するものであると同時に、その困難さに日本の特徴が表れているとも言える。本来の地理的な意味で言えば、極東の日本は入らない。しかし、Toddの議論やStuart Hallの「西洋と残余」にならって高い経済、教育水準並びに民主主義的政治体制というの面から言えば、日本は「西洋」の一員となる。三日間のワークショップを通じて改めて気付かされたのは、文明的、地理的に遠く離れた島国が迅速に、そして高度に「西洋」に接近したというそのコントラストが(ある時期から)「西洋」の人びとを惹きつけると同時に、日本人の自尊心の源泉にもなってきたということである。こうした西洋と日本の混在は、様々な二本の近代文化の中にも表れており、Wang氏、Durante氏、Chang氏の報告においても見事に示されていた。また「哲学」の領域でも、ギリシャ起源の「哲学」が西欧を経由して仏教や儒教と結びついて展開した京都学派もその例の一つである(Hoquet氏)。こうした植民地という直接的な支配ではない形で結びついた日本と「西洋」の独特の関係が日本の近代を形づくったことをこれまで多くの日本研究者がそれぞれの方法で論じてきたのだと気が付かされた。

ただ日本は国民国家であるが、地理的な面で言う「西洋」は国家の集合体である。従って、その「西洋」の内実が多様であることは言うまでもない。大まかに言えば第二次大戦を境に世界システムの覇権が西欧から米国へと移行していく中で、日本がつながる「西洋」も同じく軸足が移っていくことが報告の中からも見て取れる。また仮説的に論じれば、経済、政治、文化、学問など分野によってつながる「西洋」の相手国に濃淡があることも垣間見られた。例えば、映画で言えばフランスやアメリカなどそれが盛んな国々とのつながりが生まれやすいと言うのは当然のことだろう(Brisset氏)。またトランスナショナルな関係性といった時にその関係性の中身(meaning of ties)についても忘れてはならない。実際に報告では多様な関係性が示された。例えば、キリスト教に対する抵抗(Han氏)、ナショナリズム的抵抗(Zizza氏)、オルタナティブな道程としてのコミュニズム的なつながり(Mora Roás氏)、ファシズム的なつながり(Wollnik氏)、市民社会的なつながり(Thiele氏; Daukšytė氏)や抵抗(Kravetz氏)、そして脱国家的なつながり(浜地氏)、など様々なルートが模索されていた。これらからは、日本が「多様な西洋」と「つながり」、時に「対抗」し、また「対抗」の結果「敗北」を喫しながら、総体として「西洋」へと接近していくという歴史的な流れが見えてくる。ここで重要なのは、内容は「抵抗」であったとしても形式は「西洋化」しているということだ。明治期のナショナリズム的な「抵抗」にしても「西洋」とのつながりを通じて日本の「伝統」を発見していく。あるいは、西洋的な市民社会の実践を通じてアメリカに抵抗する戦後民主主義のあり方など、「抵抗」を通じて「西洋化」を果たしていくといった逆説も含めてその道程を捉えていく必要があるだろう。また「西洋」側からの視点で見れば、政治制度や経済システムだけでなく、文化を含めて日本が「西洋化」していったことで日本が「発見」されていったことも重要な点だ。それは、形式の類似性が差異を認識されるからだとも言える。

最後にディスカッションの場で投げかけられた「西洋」概念の有用性という重要な問いについて触れておきたい。この問いに対して二つの仮説的回答を提示すると、それは第一に、ワークショップでも確認されたとおり「西洋」は大きく、また時期や論者によってイメージされるものが異なる曖昧な言葉である。そのため、確かに政治、文化的現象を的確に捉えるための科学的概念としては有用ではないかもしれない。しかし、日本研究の文脈で言えば、これは「日本」の特徴を掴み取るレンズとしての有用性を持つ。日本の人びとが「西洋」をどのように受け入れ、それを認識し、格闘してきたのかを歴史的に探ることで「日本」のアイデンティティの変遷を明らかにすることができるだろう。また政治的な面から言っても現在の「危機」を鑑みると「西洋」という言葉は新たな重要な意味を帯びてきているようにも感じられる。「西洋」と残余(the rest)の対立、また欧州と米国といった「西洋」内での緊張の高まり、そして「西洋」国家の内部で生じている分断など「西洋」を取り巻く環境が大きく変わりつつある。「西洋」が「危機」を迎える中で「西洋の周辺」または「西洋にも最も近い東洋」といったポジショナリティを取ってきた日本がどのように「西洋」と新たな関係を築いていくのか、また世界の中で独自の役割を果たすことができるのか、未来を考察していく意味でも「日本と西洋のトランスナショナルな関係」は、新たな重要な問いとなってきている。

今回は、東京開催によって生じる時差の問題から欧州からのオンライン参加は難しい状況が生じた反面、日本からのオンライン参加のみならず、報告者の知人や友人などの対面参加が増加するなど新たなダイナミクスも感じられた。こうした都市型の良さを活かしつつ、これまでの小規模で密な対話の場の良さを残すことが運営上の課題であった。本ワークショップが扱ったテーマはセンシティブな面もあり、初日のディスカッションなどではぎこちなさも見られたものの、最終日では気兼ねない率直な意見交換が交わされ、改めて小規模でインテンシブなワークショップの意義を感じる機会となった。

また、今回も以下のコメンテーター/オブザーバーの方々から支援を賜った。

安孫子信氏(法政大学)、小口雅史氏(法政大学)、キブルツ・ジョセフ氏(CNSR)、君嶋泰明氏(法政大学)、スアン・スティービー氏(法政大学)、鈴村裕輔氏(名城大学)、トゥニ・クリストフ氏(立命館大学)、髙橋希実氏(ストラスブール大学)、坪井秀人氏(早稲田大学)、パウアー・エーリッヒ氏(CEEJA)、星野勉氏(法政大学)、マティアス・レギーネ氏(CEEJA)・横山泰子氏(法政大学)、ルルー清野・ブレンダン氏(法政大学)[五十音順]

そして、特に今年度は開催地の変更に伴い、事務方を含め多くの方々の協力を得ながら実施にこぎつけた。運営に協力してくださった多くの方々に感謝を申し上げたい。

髙田 圭(法政大学国際日本学研究所・准教授)


初日:会場ボアソナードタワーにて

最終日:全体討論終了後

 

お知らせ一覧へ戻る