【開催報告】第7回アルザス・新世代ワークショップ 「トランスナショナルな日本の空間/Transnational Japanese Spaces」(2024年11月8日・9日・10日)2025/01/31
開催報告
第7回アルザス・新世代ワークショップ
“Transnational Japanese Spaces”
「トランスナショナルな日本の空間」
■主催:
・法政大学国際日本学研究所(HIJAS)
・「国際日本研究」コンソーシアム(CGJS)
・アルザス欧州日本学研究所(CEEJA)
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2024年11月8日から11日にかけて国際会議「トランスナショナルな日本の空間」を開催した。本ワークショップは「国際日本研究」コンソーシアムからの支援を受けて法政大学国際日本学研究所とアルザス欧州日本学研究所が共同で開催してきたもので今回で7回目となる。2021年からは、「日本研究とトランスナショナリズム」、翌年の「日本のトランスナショナリズムと帝国」そして2023年の「現代日本のトランスナショナルな変容」と「トランスナショナルな日本」をテーマに継続して議論を重ねてきた。前回は戦後から現代に絞って広くトランスナショナルな現象を扱ったが、その中でいくつものサブテーマが出された。その一つが「空間」や「場所」をめぐるもので、今回は現代の状況に限らず、戦前の事例を含めて日本における「トランスナショナルな空間」の形成や発展、そして表象をめぐる報告を通じて議論を深めることとした。基調講演者として都市・空間論を専門とする研究者を招き、欧州と日本の「若手(early career)」研究者を公募で募った。ワークショップの認知度の高まりからか今回は特に日本からの応募者が増加し、厳選な審査の結果、日本の研究機関に所属する3名、欧州の機関に籍を置く8名の合計11名の報告者が選定された。選ばれた報告者はフランスのコルマール市に集まり、研究報告とディスカッションを主軸とする3日間にわたるインテンシブなワークショップをおこなった(プログラム等)。
初日(11月8日)は、坪井秀人氏(早稲田大学)を司会に「想像的なトランスナショナルな日本の空間と教育(Virtual/Imagined Transnational Spaces and Education)」と題して文化研究や教育の側面からの報告がおこなわれた。最初の報告となったのはChristophe Thouny氏(立命館大学)による”Planetary Imaginations of Postwar Japan”と題した基調講演で、グローバルやトランスナショナルといった概念を超えた「惑星的(planetary)」に世界を見る視座について論じられた。戦後日本のポピュラーカルチャーにおいて「惑星的な想像力」(とそれに対比的な「要塞都市(urban fortresses)のイメージ」)がどのように表象されてきたのかを『僕の地球を守って』という1986年から1994年にかけて発刊されたマンガの分析を中心に展開された。こうした基調講演に続いて四本の報告がなされた。一つ目の西村こと氏(早稲田大学)は、谷崎潤一郎の『美食倶楽部』に描かれた神田の中華料理店の物語を当時の日中関係の政治的な状況を参照しながら分析し「食べるトランスナショナリズム」の意義を明らかにした。続いて篠崎久里子氏(ストラスブール大学)は、かつてアルザスに開校していた寄宿学校リセ成城という特異な学校空間に着目し、自身の経験を重ね合わせながらのそこでのトランスナショナルな実践の可能性と不可能性について分析した。初日の三人目の報告者となるNoah Hinschberger氏(ストラスブール大学)は、近年注目されつつあるVTuberによる日本語教育動画を検証し、ヴァーチャル空間のインタラクティブなコミュニケーションにおける日本のポピュラーカルチャーの役割を説いた。初日の最終報告となったMaj Hartmann氏(ルーヴェン・カトリック大学)はヴァーチャルなトランスナショナルな空間形成の法的な土台となるプライバシー法の成立を取り上げ、1970年代から始まるプライバシー保護の社会運動の展開を分析した。
二日目にはRegine Mathias氏(CEEJA)を司会に「日本のトランスナショナルな空間の歴史(History of Japanese Transnational Spaces)」と題した近代史のセッションをおこなった。本セッションの基調講演者として日本の都市史の専門家であるKatja Schmidtpott氏(ルール大学ボーフム)を迎え、“Transnational Approach to Japanese Urban History”と題する講演がなされた。講演では都市を国境を越えた様々な人・情報・テクノロジー・資本・知識が交錯する場として捉える「トランスナショナル都市史(transnational urban history)」というアプローチが紹介され、都市設計に関する国際会議、日本と欧州の建築家の交流、欧米の出版物における日本建築の表象といった事例の分析がなされた。その上で、こうしたトランスナショナルな日本の都市研究は、欧米との交流については進んでいる一方で日本とその他のアジア地域とのつながりについては未発達だという重要な指摘がなされた。基調講演の後おこなわれた最初の報告は、Andreas Eichleter氏(ハイデルベルグ大学)による幕末から明治初期にかけての横浜の研究で、横浜という都市空間や現地で発行されていた英字紙に見られる西洋と日本のトランスナショナルな交流について地図や絵図を用いて詳細な分析がおこなわれた。二本目のParide Stortini氏(ゲント大学)は、19世紀後半に東南アジアへ売られていったからゆきさんと巡礼のために日本からインドを目指して旅をしていた仏僧との交流に着目し、その結果として天草に建てられた台山天如塔を「トランスナショナルな記憶の空間」として分析した。明治期の函館をトランスナショナルな視点から分析したのはDatong Qiu氏(ハイデルベルグ大学)による報告であった。本報告は、どのように当時の中国人商人が函館中華会館建設地の権利を西洋の商人の存在を利用しながら戦略的に獲得したかを分析した。そして二日目最後の報告者であるManon Ramos氏(京都大学)は、知のトランスナショナルな空間としての近代日本の大学を取り上げ、外国からの書籍を置く図書館と外国人研究者による講義という大学内にある二つの空間の違いを論じた。
最終日には「現代日本のトランスナショナルな空間(Transnational Spaces in Contemporary Japan)」と題して三つの報告を実施した(司会:髙田圭)。Marius Palz氏(オックスフォード大学)は、沖縄米軍基地から出される有害物質PFASの実態を分析し、PFASの国家間の管理地域(空間)を超えて広がる性質とトランスナショナルな反対運動の可能性について論じた。続いてFrank Tu氏(ベルリン自由大学)は、人口2万人強の町、福岡県豊前市の地域創生戦略に着目し、市長のリーダーシップによるベトナムからの移民の受け入れとそれに対する地元住民の取り組みを明らかにした。そして最後のソン・キジョン氏(名古屋大学)による報告では、日系ブラジル人が多く居住する豊田市にある保見団地での調査をもとに日系ブラジル人二世のキャリア形成を分析し、ブラジルと日本の両方の文化を理解しながら地域で活動する「ローカル・トランスナショナリズム」の存在の重要性が説かれた。こうした三日間にわたる「トランスナショナルな日本の空間」をめぐるバラエティに富んだ報告がを踏まえて、最後にワークショップを締めくるる総括ディスカッションがおこなわれた。ディスカッションの冒頭ではこれまでのワークショップと今回(2024年)の報告・議論を結びつけながら更なる方法論的な発展を目指して髙田圭による以下のまとめの報告がなされた。
まず今回のまとめとして「空間」と「国境を越えて移動すモノ」という二つの要素に分けてそれぞれの報告を分類することができる。「空間」としては、学校(篠崎)、店(西村)、集会所(Qiu)、塔(Stortini)、大学(Ramos)、団地(ソン)、基地と周辺地域(Palz)、村(Tu)、街(Eichleter)、ヴァーチャル空間(Hinschberger)といった様々なスケールの「空間」が扱われた。そして「国境を越えて移動すモノ」に関しては、人(篠崎・ソン・Tu他)、知識(Ramos)、情報(Eichleter)、政策(Hartmann)、言語(Hinschberger)、記憶(Stortini)、料理(西村)、有毒物質(Palz)など有形無形を問わず様々な国境を越えるヒトやモノへの着目があった。従って「トランスナショナルな空間」の研究は、文字通りこの二つの要素の組み合わせによって成り立っていると言えよう。更に三日間の報告を別の角度からまとめてみると、そこには四つの異なる側面が扱われていたと言える。一つ目は、トランスナショナルな空間の「構成」である。要するに国境を越えた空間がどのように作られるかといったことに着目する研究である。二つ目は、ある空間においてどのようなトランスナショナルな「実践」が展開されているのかという問題である。これは、空間の中で展開される日本人と外国人との交流などが典型的な例となる。そして、三つ目はトランスナショナルな空間がどのように「表象」されていたのかを問う文化作品や新聞・雑誌、またはヴァーチャル空間へのイメージ分析である。最後に、この点については触れている報告は少なかったものの、トランスナショナルな実践によって空間にどのような「影響」を及ぼしたのか、あるいはトランスナショナルな空間が形成されたことによってより大きな社会にどのような「変化」をもたらしたのかを問う研究が考えられる。
実際のトランスナショナルをめぐる研究においては、これらの四つの要素が混在していることがほとんどであるが、こうしたアプローチの分類をおこなうことで研究者が何を明らかにしようとしているかにより自覚的になれるだろう。実際にこれまでのワークショップでもトランスナショナルな方法論ついて多くの批判が寄せられたのはその概念的な曖昧さであった。また今回のワークショップでもChristophe Thouny氏から「トランスナショナルなどこにでもある(transnationalism is everywhere)」という疑念が投げかけられた。トランスナショナルはグローバルやインターナショナルとの対比を通じた概念化は可能である(髙田圭「トランスナショナルな日本研究に向けて」『国際日本学』第20号参照)。しかしながらそれぞれの事例をつぶさに見ていくとその内実は多様である。今回のワークショップの報告を見ても国境を越える現象をミクロに分析するという点では共通しているものの、当然ながら対象にはそれぞれ個性があり、また研究者の焦点の当て方によって多様な「トランスナショナルな日本」の姿が描かれていた。むろん、それぞれのトランスナショナルな現象はそれ自体で興味深いものであるものの、時としてそれぞれの事例が意味するもの、そこから導き出されるものがよく分からないということにもなり得る。こうした問題点は部分的にはトランスナショナルという概念の曖昧さに起因するものであろう。
それでは、トランスナショナルな現象の意味を明確化していくためにはどのような方法が考えられるか。鍵となる一つの方向性は、ミクロなトランスナショナルな現象がどのような大きなプロジェクトと結びついているのかを考察することである。例えば、明治期の国境を越えた現象は往々にして近代化、特に国民国家形成に寄与する方向性に働いた。しかし、戦後1960年代から70年代にかけて生じた多くの国境を越えた社会運動は逆に国民国家を超え、それを再編する方向に向かった。こうしたようにマクロな視点を導入することで、自身が扱う事例の位置付けを明確化することができ、またその結果、例えば同じプロジェクトに属する他のトランスナショナルな事例と対比することで自身の事例の個性や重要性をより打ち出しやすくなるだろう。更に、もう一つ有効な方法は、トランスナショナルと他の概念とを組み合わせて事例を捉えていくことであろう。国境を越えた事例の輪郭をより明瞭に描いていくには、トランスナショナルという概念だけでは不十分とも言える。この間、社会理論・批判理論の領域においては、トランスナショナルと相性の良い多くの概念が生み出され、また刷新されてきた。それらは、例えばネットワーク・移動・相互行為・インフラストラクチャー・資本等々トランスナショナルな動きを捉えるのに役立つ概念である。また他方で、境界・分断・ディカップリング・偶発性などトランスナショナルを阻む、あるいはその予期せぬ結果を捉えるための概念も多く存在する。それぞれの事例に合わせてトランスナショナルに別の概念を組み合わせることで現象をより的確且つ明瞭に捉え分析することが可能になるだろう。
以上、今回のワークショップの魅力的な報告と活発な議論からは、研究の進展につながる多くのアイデアが導き出された。また、運営の面でもパンデミックを経て対面開催となってから今回で3回目となり、更なる向上が見られた。日本・欧州から研究者を公募で募り、質の高い報告者を選定し、過去のワークショップの議論とつなげながら先端的なディスカッションをおこなうというのは容易なことではないが、今回のワークショップはそれぞれの要素が有機的につながり、まとまりを持った水準の高い会議になったように感じられた。またオフの場面でも主催者や基調講演者を含めた多くのコミュニケーションがなされ、日欧米のアカデミア文化の違いや、トランスナショナルなキャリア形成の可能性についてなど未来の日本研究の発展に向けた多くの情報交換がおこなわれている姿が見受けられた。
また、今回も以下のコメンテーターの方々が参加され、適宜有益なコメントをいただいた。
星野勉氏(法政大学)、KYBURZ Josef氏(CNSR)、小口雅史氏(法政大学)、鈴村裕輔氏(名城大学)、髙橋希実氏(ストラスブール大学)、横山泰子氏(法政大学)[五十音順]
最後にコルマールでの運営に尽力してくださったCEEJAスタッフの方々には改めて感謝を申し上げたい。
髙田 圭(法政大学国際日本学研究所・准教授)
Regine Mathias CEEJA副所長初日挨拶/ 中央Christophe Thouny氏 |
会場の様子① |
Katja Schmidtpot氏講演 |
会場の様子② |
初日会場(Collectivité européenne d’Alsace建物) |
集合写真(2日目・3日目会場前にて) |