【開催報告】2015年アルザスシンポジウム「中心と周縁―搾取に抗う環境・自然」(2015.11.21-11.23)2015/11/30
2015年 国際シンポジウム 『中心と周縁―搾取に抗う環境・自然』(アルザスシンポジウム2015)
日 時 2015年11月21日(土)- 11月23日(月)
会 場 アルザス・欧州日本学研究所 (フランス)
主 催 法政大学国際日本学研究所(HIJAS)
フランス国立科学研究学院UMR8155:東アジア文明研究センター(CRCAO)
ストラスブール大学人文学部日本語学科
アルザス・欧州日本学研究所(CEEJA)
会場の様子
1.シンポジウムの概要 2015年11月21日(土)から11月23日(月)まで、フランスのアルザス欧州日本学研究所(CEEJA)において、国際シンポジウム「中心と周縁―搾取に抗う環境・自然」 (アルザスシンポジウム2015)が開催された。主催機関は、法政大学国際日本学研究所(HIJAS)、フランス国立科学研究学院東アジア文明研究センター、ストラスブール大学人文学部日本語学科、CEEJAであった。 アルザスシンポジウムは、2005年に行われた国際シンポジウム「日本学とは何か――ヨーロッパから見た日本研究、日本から見た日本研究」から数えて満10年となり、会場をCEEJAに移した2007年の国際シンポジウム「翻訳の不可能性」以来9回目となる。2010年から2014年までの5年間は「日本意識」を軸として行われたアルザスシンポジウムは、今回から新たに「中心と周縁」と「環境と自然」を議論の枠組みとして設定した。 グローバル化という時代の潮流の中で、環境問題や公害問題、さらには人間と自然の関係は人類共通の課題として国際的な議論の対象となっている。今回のシンポジウムでは、日本と欧州、そして東西文明の結節点であるトルコという異なる知的伝統を有する研究者が一堂に会し、「自然資源」についての功利的な見方、あるいは中心による周縁の収奪という構造を超え、これらの諸問題に対して新たな道筋を切り開くことが期された。そして、思想、歴史、文化、政治、言語、環境といった諸側面から、日本側5名、欧州側6名が報告を行い、さらにその報告について総括の討議を行った。
2.各発表の概要 今回の報告者11名による発表の概要は以下の通りであった。
第1日目
(1) オギュスタン・ベルク(社会科学高等研究院[フランス])/自然における主体性について しばしば「自然と人間」というように二元論的な関係で捉えられる自然と人間の間柄について、とくに還元主義の問題が、subjectや natureの日本語への訳しがたさを手がかりに、ユクスキュルのUmwelt(環世界)や和辻哲郎の「風土」、さらに今西錦司の「自然学」の概念を通して検討された。
(2) 黒田昭信(ストラスブール大学[フランス])/周縁なき無数の中心――〈自然〉の内在的読み直しのために 「無限大の球の任意の場所にある中心は無数に存在する」という「無限の球体」の比喩を用いたパスカルと、パスカルの考えに基づきながら球を円に変え、「無数にある中心が時の始まりである」とした西田幾多郎の考えを対比させ、「中心」と「周縁」の概念を根本から問い直す契機として西田の「周縁無き無数の中心としての個物」の考えが検討された。
(3) 鋳物美佳(ストラスブール大学[フランス])/日本語の二人称代名詞はなぜ発せられないのか 「私」、「僕」、「俺」といった一人称の多様さとともに豊かな二人称を有するにもかかわらず、実際の会話においては二人称代名詞が用いられることが少ないという日本語の特徴に着目し、二人称が持つ言語学的、社会的な意味の検討を通して、二人称の使用がもたらす発話者と受話者の関係性の多層性が考察された。
(4) 安孫子信(法政大学[日本])/〈近代の超克〉の自然観 1942(昭和17)年に行われた「近代の超克」座談会を対象に、そこで、「近代」の雄である「機械文明」へ向けられた論者たちの議論を取り上げ、「近代の超克」という座談会の課題にもかかわらず、「機械文明と自然との関わり」への考察が不十分に、しばしば矛盾した仕方でしか行われていなかったことが示された。
(5) 村松正隆(北海道大学[日本])/「つぎつぎになりゆくいきほひ」と「中心」-「周縁」問題 丸山眞男が提唱した「歴史意識の古層」の概念における「つぎつぎになりゆくいきほひ」の考えと、丸山の理論を応用した斉藤環の「ヤンキー文化」論を取り上げ、日本の文化における「つぎつぎになりゆくいきほひ」の持つ問題と、「中心」になり得ることのない「周縁」としての「ヤンキー文化」の持つ意味が検討された。
第2日目
(1) ポール・ジョバン(パリ7大学ドゥニ・ディドロ/フランス国立科学研究学院UMR8155:東アジア文明研究センター[フランス])/3・11前後の福島原発ジプシー 1980年代に日本でも広く知られるようになった、各地の原子力発電所に転々と在籍する「原発ジプシー」という言葉を手がかりに、1980年代から2000年代初頭における日本における「原発ジプシー」のあり方と、2011年3月11日に発生した東日本大震災によって被害を受けた東京電力福島第一原発と「原発ジプシー」の関係が検討された。
(2) シリアン・ピッテル(ジュネーブ大学[スイス])/足尾鉱毒事件 足尾鉱山事件が近代の日本の環境政策にいかなる影響を与えたかを公益との関係から検討し、足尾鉱山事件が発生から最初の10年間は地域の住民を中心とし、地主や織物商と地域住民の様々な利害の衝突の中で行われた、大衆化された運動の一つの事例として評価されうることが示された。
(3) 伊藤達也(法政大学)/日本の環境保護運動における長良川河口堰反対運動の特徴と重要性 従来の「いのちを守る運動」としての公害反対運動と「自然保護運動」としての環境保護運動の二つの要素が合わさったダム・河口堰反対運動について、長良川河口堰反対運動を主たる事例とし、運動の特徴とその後の当局による環境保護政策や公共事業のあり方に与えた影響が実証的に検討された。
(4) 村松研二郎(ストラスブール大学[フランス])/日本における帰農運動の歴史と現在 日本における帰農運動をフランスの労働者農園とその後の家族農園の発展、日本の帰農論の展開、さらに愛知県豊田市での実地調査を手がかりに検討し、今後の日本における帰農運動は高齢化や雇用の不安定化による脆弱性への対応の一つとして有意義であることが指摘された。
(5) エルダル・キュチュクヤルチュン(ボアジチ大学[トルコ])/農本主義者としての大谷光瑞とその『興亜計画』 西本願寺の第二十二代門主であった大谷光瑞が門主の座を追放された後に中国や東南アジア諸国、さらにトルコで行った農業を中心とする活動に焦点を当て、大谷光瑞の農本主義者としての事績と取り組みの意義がどのようなものであったかが示された。
(6) 鈴村裕輔(法政大学[日本])/1920年代の石橋湛山の農業政策論にみる人間と自然の関係 石橋湛山が1920年代に行った日本の農業政策に関する議論について、1927年に発表した『新しい農業政策の提唱』を取り上げ、天然資源の不足という障害を農業従事者の努力と政策の工夫という「農業の近代化」によって乗り越えられるとした石橋の所論の詳細や特徴と石橋の代表的な主張である小日本主義との関連、さらに石橋の主張の有する意義が検討された。
3.シンポジウムの成果と意義 周知の通り、2015年11月13日(金)にパリで重大なテロ事件が起きた。開催の1週間前という時期のテロ発生で、今回のシンポジウムは、実施も一時は危ぶまれた。幸い、シンポジウムは無事に執り行われたが、この事件の影響は皆無ではなく、当初予定されていた14名の報告者が11名となり、これまでに比べて規模は縮小されることになった。 しかし、第1日目の開会式において、主催者を代表して挨拶したサンドラ・シャール氏(ストラスブール大学)の「このように大変なときであるからこそ、われわれは普段どおりの生活を送り、テロに屈しない姿勢を示すことが大切である」という指摘が示すように、参加者は、誰もが「このような状況だからこそ異文化理解について、ますます真剣で有意義な意見交換の場となるよう努力したい」という意志と意欲を持ちながら議論に参加した。結果として、今回のシンポジウムは、危機的な状況に対して学問がいかなる力を持ちうるかを示した、貴重な実践的な取り組みであったといえるだろう。 とくに、「中心と周縁」そして「自然と環境」という主題の下でなされた多様な報告に対し、各参加者は、国籍や専門分野の知見の中に閉ざされず、例年にも増して、率直かつ真摯な意見交換を行った。これは、危機的な状況の中で、国際日本学の学問的な開放性がより有効に機能したことを示していよう。 第2日目の総合討議では、とくに「中心と周縁」という論点について、日本の官僚機構と市民の力の関係、「中心としての宗主国」と「周縁としての植民地」の関係性の問題など、今後の研究の課題も指摘された。これらは、次回のシンポジウムでのテーマ候補として今後検討されていくと思われる。 なお、2011年から始まったストラスブール大学日本学専攻の大学院修士課程の学生による聴講が今回も行われた。昨年に続いて、法政大学からストラスブール大学への派遣留学生の参加も行われた。第1日目のみの参加が多数ではあったものの、2日間で延べ14名の学生が報告を聞き、時には会場で積極的に質問に立ったことは、このシンポジウムが有する教育的意義を証していよう。さらに、一般からも3日間連続で参加された方方がいたことは、本シンポジウムが市民社会に開かれた催しであることを改めて示すものであった。 なお、今回のアルザスシンポジウムの成果については、2016年に刊行されるHIJASの研究成果報告集『国際日本学』第14号に特集の形で掲載される予定である。
【記事執筆:安孫子信(法政大学国際日本学研究所所員・文学部教授)、鈴村裕輔(法政大学国際日本学研究所客員学術研究員)】
開会式であいさつをする安孫子信氏(中央)
報告者: オギュスタン・ベルク氏(中央)
参加者の集合写真