第10回東アジア文化研究会(2012.1.11)

「国際日本学の方法に基づく〈日本意識〉の再検討−〈日本意識〉の過去・現在・未来」
研究アプローチ(3)「〈日本意識〉の現在−東アジアから」
2011年度 第10回東アジア文化研究会

日本研究の可能性
−臧佩紅氏『日本近現代教育史』を媒介に−


 

報告者: 劉 迪 (杏林大学総合政策学部准教授)
日 時: 2012年1月11日(水)18時00分〜20時00分
場 所: 法政大学市ヶ谷キャンパス58年館2階 国際日本学研究所セミナー室
司 会: 王 敏 (法政大学国際日本学研究所 教授)

王 敏 教授

 劉 迪 教授

日本研究の可能性

−臧佩紅氏『日本近現代教育史』を媒介に−

2012年1月11日、法政大学国際日本研究所の主催により、「2011年度第10回アジア文化研究会」が開催された。杏林大学総合政策学部准教授劉迪が「日本研究の可能性??臧佩紅著『日本近現代教育史』を媒介に」と題して報告を行った。報告者は臧著について若干の考察を行ったうえで、中国における日本研究の在り方について提言を行った。以下は報告の要旨である。

1、臧著について
臧著は中国の日本教育史研究分野において注目すべき成果である。著者は近代日本教育に及ぼされた政治の影響に重きを置いて分析を行っている。明治、昭和前半の教育史については著者は「軍国主義」と「皇国主義」という2つのキーワードをもって分析を展開、戦後については「民主化」「情報化」等の概念をもって日本教育の変容を考察している。近現代日本教育史学習する者にとっても適した体系書であると言える。

2、中国の日本研究の現状について
ここ30年以来、日中貿易及び人的往来は飛躍的な発展を遂げた。同時に中国中央政府及び各レベルの地方政府が日本研究の強化に力を入れ、日本研究機関、研究者数、研究成果等も大幅に増加した。しかしこの間、日中両国の政治外交関係の発展は必ずしも良好とはいえなかった。このような背景のもとで中国の日本研究がどのような役割を果たしてきたか、またどのような日本認識の枠組を提供できるかが注目されている。
2000年代に入ってから日中関係におけるメディアの役割も増大してきた。インターネットの言論はギクシャクした日中関係に新しい変数をもたらし、中国指導部もこのような世論に配慮せざるをえなくなった。そのうえで体制外の日本研究者が既成の大衆メディア及びインターネットに登場し、世論に影響を与え始めている。これにより中国の政府系日本研究者の外交、社会への影響力が低下してきていることは明白な事実である。

3、中国の日本研究の目的・方法について
日本研究の目的に関しては「他山の石」という言葉がしばしば使われる。今までの日本研究の一部にはこのようなプラグマチズム的な側面が存在していることは事実である。日本に学べという願望は大変よいであるが、多くの場合は、技術にしろ、制度にしろ、その所産の社会環境、文化から切り離しては成り立たない。この意味で日本研究には総合的なアプローチを導入することが必要とされている。
方法論の視点からみれば中国の日本研究にはドグマチズム的な傾向が観察される。たとえば「一分為二」という方法である。研究対象を分析するに当たり、「良い部分」と「よくない部分」を単純に二分して断じることは思考を停止させることである。「一分為二」という方法論は現実社会の内実を見過ごす恐れがある。このような方法から脱却するためには、細部からの考察が重要となる。
中国の日本研究のなかで「大而化之」の問題がみられる。複雑な現実社会を研究する際に、その詳細なメカニズムを追及せずただ既成概念をもってきて適当に当てはめていては真の事実に迫ることができない。「大而化之」の方法を捨て具体的な事実関係の考察を行うことが中国の日本研究現状打開につながると考えられる。

4、日本研究の可能性について
報告者は中国の日本研究に対して「対話」「比較」「主体性」等諸方法の導入と強化を提言した。
(1)中国の日本研究者が「対話型」の研究を行う必要がある。中国文化・社会に立脚しながら日本文化・社会を観察し、両者の相違を見出す。その相違を認めつつ共通点を求める。この作業を繰り返す過程のなかでこそ彼我に関する認識が高まる。
(2)中国の日本研究者にとって「比較」の研究視野が求められている。日本のことはもちろん、世界各地域の事情をもなるべく広く見たうえで、比較の視野をもって日本を見ることは、日本研究の質を向上する有効な方法であると考えられる。
(3)日本研究には「2つの主体性」が必要とされる。一つは研究者の主体性、もう一つは被研究者の主体性である。地域研究を行う場合、政治制度・法律制度からのアプローチだけでなく、人間活動そのものに関する研究は欠かせない。法律・政策の解釈、運用が人間の活動である以上、人間と制度、人間と政策との関係の解明が不可欠なものになる。

2010年代に入った現在、中国の日本研究は大きな転機を迎えている。つまり「日本研究」は一部の「日本研究者」の専有分野から各研究分野にまで拡散しつつある。多くの異なる専門知識を有するエキスパートが各自固有の研究視野に立脚し日本の一部を絞って深く分析・考察を行っている。このような流れの中で今後、中国の「日本研究者」にとって如何に各自の研究領域の再確定をするか、アイデンティティの再確立を行うかが重大な試練となっていよう。

参考文献
1、中華日本学会・北京日本学研究センター監修『中国における日本研究(1999)』世界知識出版社、1999年4月
2、中国的日本研究編集委員会監修『中国的日本研究(1997−2009)』中華日本学会・南開大学・国際交流基金刊行、2010年5月
3、王敏「日本研究の改革開放への長い道」王敏編著『〈意〉の文化と〈情〉の文化 中国における日本研究』中公叢書、2004年

【記事執筆:劉 迪(杏林大学総合政策学部准教授)】

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