第6回東アジア文化研究会(2009.8.20)

学術フロンティア・サブプロジェクト2 異文化としての日本

2009年度第6回東アジア文化研究会

「日中交流の新世代・「80後」 〜『ほんとうは日本に憧れる中国人』の検証」

報告者 謝 宗睿 氏

(法政大学国際日本学研究所外国人客員研究員、中国国務院発展研究センター
ヨーロッパ・アジア社会発展研究所助理研究員)

  • 日 時:  2009年8月20日(木)18時00分〜20時00分
  • 場 所: 法政大学市ケ谷キャンパス 80年館7階大会議室 1 (角)
  • 司 会: 王 敏 (法政大学国際日本学研究所教授)

 

中国において、異文化としての日本はどのように認識されているだろうか。今後の日本と中国の交流を担う新世代の「80後」とは、どのような世代なのだろうか。本報告は、王敏著『ほんとうは日本に憧れる中国人——“反日感情”の深層分析』(PHP新書、2005年)を検証しつつ、報告者自身の記憶と体験を中心に中国の「80後」について考察するものである。

前掲書は、日中関係が「国交正常化以来最悪」といわれた2005年に出版された。中国人の日本観に潜む愛憎二重性の形成要因を探り、真の日中友好のあり方を提起した同書は「敏感な時期」に出版された「敏感な本」であったといえよう。ここでは「中国社会では日本の“モノ”や“生活”に憧れて“日本ブーム”が起きている」という著者の指摘を、「80後」の視点から検証したい。

「80後」とはどのような世代なのだろうか。文字通り1980年代に生まれた世代を指し、『中国人口統計年鑑』によれば2億人を上回る人口が存在している。具体例として、1982年に中国内陸部の都市である湖北省武漢市に生まれた報告者自身の生い立ちと日本観を紹介したい。日本語を始めたのは1994年の中学入学時で、2003年には外務省の「日中韓ヤングリーダーズ交流プログラム」に参加し初めて日本を訪問した。2004年大学卒業後は現在所属する研究所に勤務し、2008年10月から2009年8月まで法政大学国際日本学研究所で長期の研究留学をしている。

1982年を基点に中国の現代史を見ると、日中国交正常化は10年前、文化大革命の終焉は6年前、改革・開放政策の実施はわずか4年前のことだ。「一人っ子政策」によって、一人の子ども、二人の親、四人の祖父母という「四二一型家庭構造」となり、「小皇帝」、「小王女」、「温室の花」と呼ばれた子ども時代を過ごした。批判されることも多いが、一人っ子同士の結婚や両親と祖父母の老後の問題など経済的、精神的負担が大きい世代でもある。

子ども時代にもっとも強い印象を残した世界的な出来事は1991年のソ連崩壊と冷戦の終結で、イデオロギーにとらわれない「80後」世代としての原点だと考える。中学、高校時代には「試験のマシン」、大学入学後は「崩れていく世代」、社会人になってからは「月光族」、「?老族」などの流行語が「80後」を象徴している。しかし、現在では成熟に向かっている世代でもあり、スポーツや政治の分野で活躍する代表的な「80後」も注目されている。また、四川大地震や北京五輪でのボランティアなどは「80後」の成熟を象徴しており、「“鳥の巣”世代」とも呼ばれている。

「80後」の日本観は「二重構造」である。例えば、子ども時代の思い出のひとつは「一休さん」、「聖闘士星矢」など日本のテレビアニメだ。同級生たちと日本の漫画を貸し借りし、日本製のテレビゲームで遊び日本への憧れが強くなった。漫画、アニメ、ゲーム、ドラマなどの日本のコンテンツに熱中し、村上春樹を愛読するのが「80後」世代である。日本語を専門としない友人にも「Made in Japan」は浸透しており、「80後」には日本への強い憧れがある。

一方、「80後」の祖父母世代は戦争経験者で、戦争の記憶が「家族の物語」として語り継がれているのも事実である。報告者は小学校入学まで祖母と過ごし、1938年の日本軍による武漢作戦について祖母が語る物語として耳にした。それは「反日教育」ではなく、自分と自分の家族の物語を孫に語って聞かせたいという祖母の意思だと考えている。また、父母の世代、例えば母が18歳のときに日中の国交が正常化され、毛沢東主席と周恩来総理が主張した「中日友好論」を支持したという。しかし、判断基準が多様化している「80後」にとっては、国家指導者の権威性は弱体化しているといえよう。

2005年当時注目された「反日」スローガンを「80後」の視点で検討してみよう。例えば「友好はいらない、日本と戦おう」というスローガンは、戦争や飢餓の経験、冷戦時代の「恐怖の中の平和」の記憶もない「80後」が、平和と友好の大切さを十分に理解していないと考える。「日本製品をボイコットしよう」は、改革・開放政策とともに成長し「鎖国」の弊害を経験したことがない「80後」が、中国経済の高度成長に過剰な誇りと自信をもっていると考える。さらに「親日の××は裏切り者だ」などのフレーズには、自己中心的であるために他人との交流が苦手で、異なる意見を許容できない「80後」の特徴が表れている。加えて指摘しておきたいのは、インターネットを自在に操る「80後」が時差のない情報を受容している一方で、インターネットの奴隷と化し、冷静な分析や判断力が低下している点である。

報告者自身の記憶と体験を中心に中国の「80後」について考察したが、「80後」の日本観は以上のような「二重構造」をなしており、「二重構造」を「矛盾」として認識せず、並存するものとして受容していることこそが新世代「80後」の特徴であるといえよう。

【記事執筆:及川 淳子(法政大学国際日本学研究所客員研究員)】