【開催報告】国際日本学研究所 第3回アルザス・日欧ワークショップ/ 2020年度国際新世代ワークショップ「越境する日本語・日本文化―言語文化の多様性をもとめて―」(2020年11月6日・7日・8日)2020/12/17
第3回アルザス・日欧ワークショップ/ 2020年度国際新世代ワークショップ
「越境する日本語・日本文化―言語文化の多様性をもとめて―」
■会期:2020年11月6日(金)~ 2020年11月8日(日)(3日間)
■開催時間:各日17時00分~21時30分(日本時間 JST)
■主催:
・法政大学国際日本学研究所(HIJAS)
・「国際日本研究」コンソーシアム(CGJS)
・アルザス・欧州日本学研究所(CEEJA)
■あらまし:
法政大学国際日本学研究所(HIJAS)・「国際日本研究」コンソーシアム(CGJS)・アルザス欧州日本学研究所(CEEJA)の主催で、「越境する日本語・日本文化―言語文化の多様性をもとめて」をテーマとするワークショップを、2020年11月6日(金)から2020年11月8日(日)までオンラインで開催しました。
■発表の報告:
3日間のワークショップでの諸発表の内容を簡単にご報告します。
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◆第一日 2020年11月6日(金) 司会:安孫子信(法政大学)
[基調講演①]
坪井秀人(国際日本文化研究センター)
「世界文学と日本語文学」
グローバル・ヒストリーなど世界的な視点から人文学を捉える視座が注目を浴びつつある中、文学においてグローバルな視点から捉えるというのはどのような方法が可能で、また、それはどのような意味を持つのか。本報告では、こうした問いに対して「国際」と「グローバル」の概念的相違、「日本文学」や「外国文学」のカテゴリーをめぐる政治などが分析された。そして「世界文学」という視座には「日本文学」と「外国文学」との間の境界をゆるがす可能性を有すること、また「日本文学」に対して「日本語文学」を打ち出していくことの重要性などが指摘された。本基調講演は、三日間のワークショップの共通テーマとなる、グローバル化する中での日本文化あるいは日本研究のあり方について議論をする際の貴重な参照点となった。
[発表①]
石黒秀昌(フランス国立東洋言語文化学院/ フランス)
「言文一致体再考 語りかけるでもなく語る話法として」
本報告では、20世紀に誕生した言文一致運動、とりわけそれを可能にした「た。」の用法について言語学的な分析がなされた。報告者は、柄谷行人の言文一致の解釈、すなわち、新たな話法の創出であり、またそれは語り手の中性化という作用をもたらすといった指摘を概観した上で、言語学・哲学の議論を援用しながら言文一致の特徴を分析した。具体的には、第一に、言文一致が持つ語り手が消失しながらナレーションが展開されるという”non-reportive”な話法という特徴が指摘された。また、現勢態の「-ta」と潜勢態の「-u」の二項対立的な話法には、語り手/聞き手の分離へと導かない構造があり、そのため言文一致は「-ta」と「-u」を組み合わせることで閉じられたコミュニケーション・システムを作り出す作用を持つことも指摘された。
[発表②]
ガッド・ハイ・ゲルショニ(名古屋大学)
「グローバル化する語たち―英語由来の語彙と日本の社会変化」
現在の日本語の語彙の約10%に相当する5万以上の単語が確認されている英語由来の語彙(EDV)について、近年広く用いられている「アカハラ」や「パワハラ」などの「**ハラ」や「イクメン」などのEDVが生み出され、定着する過程が検討された。その結果、日本語においてEDVが用いられる主な理由として日本語の語彙を用いるよりEDVを使用する方が婉曲的であり、聞き手の注意を喚起できることなどが挙げられ、日本語においてEDVが果たす役割が示された。
[発表③]
ルイーゼ・ラウス(東京芸術大学)
「混合主義の印刷文字―東京のタイポグラフィにおける多音性」
哲学と美学を組み合わせ、新たなデジタル・ヒューマニティーズの手法や可能性を示唆する本報告では、ミハエル・バフチンの「言語的多様性」、ヴィトゲンシュタインの「私的言語論」といった言語学的・哲学的な議論を前提に、東京各地の様々なタイポグラフィのマッピング・データが紹介され、東京では、文字が単なる記号ではなく都市を形成する要素の一部となっていることが示された。
[発表④]
篠崎久里子(ストラスブール大学/ フランス)
「フランス大学院生日本語学習者による日本語学習と日本ポップカルチャーの関連性―
フランスの大学院生、日本語学習者は日本のどのような文化に興味があるのか」
フランスで日本語を教える報告者から、自らの教育経験とインタビュー調査に基づいた日本語学習と日本のポップカルチャーの関係性についての報告がなされた。フランスは、日本に次いで世界第二位の漫画消費国であり、JPOPカルチャーが日本語学習の入り口になっていることは珍しくない。この点を踏まえて、報告者は、フランス人日本語学習者への定性調査から、趣味の領域であるJPOPカルチャーがインフォーマルな日本語学習として日本語力向上にポジティブな影響を与えていることを指摘した。また、フランスの学生たちは、JPOPカルチャーを入り口としながら日本語能力を発達させ、そこからさらに日本の伝統文化、生活様式、日本での生活や就業の可能性へと興味を深めていくことも明らかにされた。
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◆第二日 2020年11月7日(土) 司会:ジョセフ・キブルツ(CNRS-CRCAO/ フランス)
[発表⑤]
葉暁瑶(総合研究大学院大学)
「与えられる言葉―川端康成「美しい旅」における満洲の「国語」教育」
1937年に来日したヘレン・ケラーに触発され、満州を舞台に三重苦の少女を描いた川端康成の少女小説『美しい旅』(1939-1942年)を題材とし、作品の内容と川端が取材のために訪問した満州での体験などを通し、日本にとっての満州の意味が検討された。その結果、日本語が巧みな満州国の少年少女が来日した「綴方使節」や作文集『綴方日本』などを通して川端と満州の人々が交流した体験が、川端に満州国に対して優越的な立場にある日本人としての視点から作品を書かせる契機を与えたことが指摘された。
[発表⑥]
尹芷汐(大阪大学)
「流動する日本文学のポジショナリティ――中国における三島由紀夫の翻訳と解釈を通して」
中国における三島由紀夫の文学の受容と解釈の発展の過程を検証するため、1970年代から1990年代にかけて『憂国』や『豊饒の海』などの三島の代表的な作品が中国においてどのように翻訳されたかが確認された。その結果、三島の文学そのものが持つ魅力や三島個人の政治的言動と中国の政治的な状況との関係、さらに余華、莫言、閻連科ら三島の作品を読んだ中国人の作家が、自らの問題意識に即して三島を理解したことが示された。
[発表⑦]
シルケ・ハスパー(ハイデルベルグ大学/ ドイツ)
「宗教、Covid-19、そしてデジタル・世界―世界的パンデミックはどの様に宗教実践を変容させたのか」
Covid-19によるパンデミックは、人々の様々なコミュニケーションを変化させたが、そこには宗教活動も含まれる。ITを使ったリモートによるコミュニケーションは、マインドフルネスの宗教実践にどのような影響を与えたのだろうか。本報告は、こうしたタイムリーな現象に対して、主に仏教団体と個人へのオンライン調査をもとにした試論であった。報告では、御祈祷の申込書のオンライン化であったり、YouTubeによる説法の配信など、宗教団体による対面のコミュニケーションが制限される中での様々な試みが紹介された。また個人レベルの活動についても、マインドフルネスを実践する人々を集めたFacebookグループによるビデオ会議などが行われていることも紹介された。本報告は、Covid-19は宗教の領域においても新たなコミュニティ形成のあり方が生まれていることを示した。
[発表⑧]
房旼娥(大阪大学)
「在朝鮮日本人画家・加藤松林人が描いた「朝鮮」」
植民地期に朝鮮に在住した日本人画家の加藤松林人の来歴と制作した戦前と戦後の作品を通覧することで、在朝鮮日本人画家のあり方を東アジア美術史の中で総合することが目指された。その結果、加藤が挑戦美術展覧会の審査員を務めるなど、植民地期の朝鮮画壇において重要な地位を占める人物であったこと、さらに戦後の加藤が朝鮮での体験をもとに、「東洋画」の確立を目指したことが明らかにされた。
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◆第三日 2020年11月8日(日) 司会:坪井秀人(国際日本文化研究センター)
[基調講演②]
鈴村裕輔(名城大学)
「越境するものが超えるものと超えないもの―漫画『鬼滅の刃』における多様性の構造」
現在、日本を中心に世界各地で人気を博している吾峠呼世晴の漫画『鬼滅の刃』(2016-2020年)の全205話を対象に登場人物の行為を収集・分類し、作品の特徴を検討した。その結果、『鬼滅の刃』は、『ドランゴンボール』や『ONE PIECE』など世界的に高く評価されている日本の漫画やアニメーションに典型的な「日本的な漫画の構造」に即していること、また、登場人物の性格・属性や機能の単純化により、現実の世界の多様なあり方の一部分が最大化されていることが確認された。
[発表⑨]
フェリッペ・アウグスト・ソラレス・モッタ(大阪大学)
「抑圧を歴史化する―日本人移民知識人たちと1930年-1945年ブラジルにおけるナショナリズムの記憶」
日本からブラジルに移民した3人の知識人(岸本昴一、香山六郎、半田知雄)を対象に、移民となった背景やブラジルでの活動、さらには著作などの分析を通して、日本人移民とブラジル社会の関わりが検討された。その結果、ブラジルの日系移民社会における「勝ち組」と「負け組」の対立や、第二次世界大戦後に日本に帰国した者とブラジルに留まった者の間の相克の実相、さらには移民という少数者が歴史の中でどのように位置づけられるかが示された。
[発表⑩]
アレクサンドラ・ローランド(デュースブルグ・エッセン大学/ ドイツ)
「尊厳を傷つけるな!日本におけるヘイトスピーチの出現と反ヘイトスピーチ法の展開」
とりわけ2010年代から日本においても主に韓国・朝鮮人をターゲットとしたヘイトスピーチが目立った形で出現した。それに対して、2016年に反ヘイトスピーチ法が成立している。本報告は、その成立過程について、世界社会論と社会運動のアウトカム論を掛け合わせたTsutsuiとShinの議論を援用しながら分析した。日本は、1995年に国連による「あらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約」に加入しているものの、それだけでは反ヘイトスピーチ法の成立には至らなかった。本報告では、むしろ、2010年代の在特会などによる過激化するヘイトスピーチ、そしてそれに対抗する反レイシズムの社会運動の勃興、そして「人種差別の撤廃に関する委員会」といった国際団体とローカルな社会運動の活動や議論を結びつける政治家の役割などの複合的な作用によって反ヘイトスピーチ法の成立へと至ったことが示された。
■総括討議の報告
最終日三日目のプログラムの最後に、講演と発表の全体を締めくくる総括討議を行いました。安孫子信(法政大学)を司会に、若手研究者の発表のコメンテーター役を務めた、黒田 昭信(ストラスブール大学/フランス)、ジョセフ・キブルツ(CNRS-CRCAO /フランス)、レギーネ・マチアス(CEEJA /フランス)、小口雅史(法政大学)、エーリヒ・パウエル(CEEJA / フランス)、サンドラ・シャール(ストラスブール大学/フランス)、髙橋希実(ストラスブール大学/フランス)、髙田圭(法政大学)、坪井秀人(国際日本文化研究センター)、鈴村裕輔(名城大学)の各氏から講評が行われ、その後、今回のワークショップの成果と意義を確認し、次回以降に向けて残る問題について意見交換を行いました。
今回の発表の多くについて、選ばれているテーマの斬新さ、用いられている方法の多彩さ、得られている成果の今日性について、高い評価が行われました。
他方で、今後の会に向けての要望としては、運営上のこととして、以下が指摘されました。
a.発表原稿を参加者が前もって読んでいるような準備の必要
b.発表参加者がさらに多様である必要
c.各発表の研究方法の違いをより意識した運営の必要
また内容的に今後考慮していくべきこととしては、以下の指摘がありました。
d. グローバリゼーションが不可避だとして、その倫理的意味を見極める議論の必要
e. グローバリゼーションの一様化する力に対して、文化の多様性をどう守るのかという根本問題をより扱う必要
f. 一様化する力の筆頭とも言うべき、テクノロジーの問題を扱う必要
g.文化の多様性を守るという時、付随し肥大してくるナショナリズムの問題を扱う必要
h.一様化するグローバリゼーションと相互理解を言う国際化との違いを論じる必要
i.文化の多様性を守るという時の言語の位置と役割についてより詳細に論じる必要
■オンラインでの会議の様子
【記事執筆:安孫子信(法政大学国際日本学研究所所員、文学部教授)
鈴村裕輔(法政大学国際日本学研究所客員所員、名城大学准教授)
髙田圭(法政大学国際日本学研究所専任所員)】