国際シンポジウム「日本にとって沖縄とは何か」(2009.12.19)

法政大学沖縄文化研究所・国際日本学研究所
国際シンポジウム

− 日本にとって沖縄とは何か −
沖縄史の三つの転換期を再考する
−薩摩琉球入り・侵攻400年、琉球処分130年、沖縄復帰−


  • 日  時:2009年12月19日(土)13:00-18:15
  • 会  場:法政大学市ヶ谷キャンパス ボアソナード・タワー 26F スカイホール
  • 総合司会:クライナー・ヨーゼフ(法政大学 特任教授)

 

研究会場発表の様子

研究会場発表の様子

研究会場発表の様子

ローザ・カーロリ氏(ヴェネツィアカ・フォスカリ大学 教授、国際日本学研究所客員所員)

 

慶長14年(1609年)春、薩摩藩が鉄砲隊をはじめ、3,000余の軍隊をひいて奄美大島本島と徳之島をへて沖縄・琉球王国の中心地首里城を攻めた。尚寧琉球国王は首里城を開け渡して、自ら人質になって鹿児島に連れられ、掟15ヶ条で島津氏に従事を誓った。これで琉球は江戸時代の幕藩体制に組み入れられ、奄美は完全に薩摩の「植民地」化した、と普通は解釈されている。沖縄の歴史のながれを大きく変えたこの転換の400周年を記念して沖縄、奄美、鹿児島、ソウル国立大学等、日本国内外に30以上の研究会・シンポジウムや特別展が開催された。沖縄研究の長い伝統をほこる法政大学はこの一連の催しものを受けて、また今年からちょうど130年前、明治12年(1879)に起こったいわゆる「琉球処分」(琉球が沖縄県の形で近代国民国家日本に併合された事件)、そして昭和47年(1972)アメリカ統治から再び日本に復帰したことを合わせて、三つの沖縄史の大きな転換を再考、現在日本及び沖縄が直面しているさまざまな問題をよりよく理解できるために国際シンポジウムを開いた。主催は沖縄文化研究所並びにその第3サブ・プロジェクトで「日本の中の異文化」問題を取り上げている国際日本学研究所で、共催としては財団法人沖縄協会及び国際琉球・沖縄学会の協力を得た。沖縄は現在注目をあびており、テーマは非常に興味のあるものにもかかわらず、東京ではまだ公に取り上げられ討論されていなかったこともあり、約130人もの参加者が集まり大きな成功をおさめることができた。

法政大学学事顧問 清成忠男名誉教授の開会の挨拶の後、紙屋敦之(早稲田大学文学学術院教授)及び真栄平房昭(神戸女学院大学文学部総合文化学科教授)は、島津氏の琉球侵略を取り上げ、歴史学で今まであまり注目されなかったいくつかの問題点を強調した。たとえば、尚寧王は、駿府や江戸城で徳川家康・秀忠に独立王国の支配者としての待遇を受け、家康が島津氏に対して琉球王国を取りつぶさないようきびしく令を下した(紙屋)、また琉球は引き続き女性にも知行を与えられたこと(真栄平)等で、琉球は完全に幕藩体制に組み入られないで、むしろその「異」質性ないし特質が認められた。

ヴェネツィアのカ・フォスカリ大学東アジア学科教授で国際日本学研究所の客員所員のローザ・カーロリは、琉球の最後の国王尚泰が琉球処分で演じた役割を分析、普段悲劇的な王の様にロマン的に描かれているのに対して、自分の歴史的役割を十分認識し、自らの決断でそれを果たした「政治家」としての像を抉り出した。元琉球銀行での勤務や副県知事としての豊かな経験をふまえて、牧野浩隆(沖縄県立博物館・美術館館長)は、戦後アメリカの対日・対沖縄占領政策を基礎としている現在の沖縄経済の事情を解明された。

最後には、ヨーゼフ・クライナー(法政大学特任教授)と我部政明(琉球大学法文学部教授)は、琉球・沖縄のアイデンティティを論じ、日本史学や民俗学・文化人類学がそれにいかに影響をおよぼし形づけてきたか(クライナー)、あるいはまた戦後65年はいかに記憶されているか(我部)について言及し、最終的に普天間移転問題までに討論が発展した。

このシンポジウムの成果は、できればその他、早稲田、立教、琉球の各大学で行われた今年の講演等もふくまれた形で来年度に出版・発表する予定である。

【記事報告: クライナー・ヨーゼフ(法政大学 特任教授】