第5回東アジア文化研究会「韓流をどう位置づけるか」(2008.8.1)

学術フロンティア・サブプロジェクト2 異文化としての日本

2008年度第5回東アジア文化研究会
「韓流をどう位置づけるか〜日韓間の政治と文化の文脈の中で」  

 

報告者  小針 進 氏 (静岡県立大学国際関係学部教授)

・日 時  2008年8月1日(金)18時30分〜20時30分
・場 所 法政大学市ケ谷キャンパス ボアソナード・タワー26階A会議室
・司 会  王 敏 (法政大学国際日本学研究所教授)

 

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1.韓流は突然発生したのか?
70〜80年代にかけて李成愛、吉屋潤、趙容弼、羅勲児、桂銀淑、金蓮子などによる韓国歌謡が日本で成功をおさめた。韓国映画ファンも80年代には一定の層が存在していた。80年代前半の韓国大衆文化への関心は、88年のソウル五輪の開催と経済成長によって、「異文化としての韓国」がクローズアップされるようになったことが背景にある。また、80〜90年代には、顕著となってきた日本人のアジア志向とも関係があろう。映画『八月のクリスマス』、『シュリ』、『JSA』などが、「韓流現象」が言われる直前に日本で注目を集めたり、興行的に成功したのは、こうした流れのなかである。98年から段階的に金大中政権が行なってきた日本大衆文化の開放措置や、目前に迫っていた2002年W杯日韓共催など、友好ムードの政治的、社会的な背景もある。グルメ、ショッピング、美容、IT(情報技術)など、あらゆる面で「韓国ブーム」のような現象が見られた。
2.日本における韓流の特徴
「韓国ブーム」が「韓流現象」に変わり始めたのは、W杯の翌年である03年からと言ってよいだろう。W杯の成功は、両国国民の相互意識向上をもたらした。
韓流現象が03年からだというのは、同年4月からNHK衛星放送(BS)で『冬のソナタ』が始まったことに端を発する。「冬ソナ」ブームと「ヨン様」人気をもたらした。劇場公開された映画『猟奇的な彼女』の大ヒット、歌手BoAのCDが売り上げでトップ10に入ったのも同年であった。一方、「ヨン様」人気の過熱ぶりやその反復報道は異常ですらあった。「ドラマの内容にリアリティがない」という指摘もあった。ただ、戦後の日韓関係においては画期的な出来事だと評価して良い。日本人拉致を認めた北朝鮮への厳しい視線が集中する時期でもあり、日本と朝鮮半島の歴史のなかで国民感情が南と北に向けてはとても異なる時代だったと後に記録されるであろう。05年春以降に竹島問題などで両国の政治・外交関係が急激に悪化しても韓流は残った。熱狂的なブームは去っても、日本におけるエンターテイメントのジャンルとしての韓流が固まったと言ってよい。
3.韓流と政治
小泉元総理は在任中に韓流を我田引水式に評価してきたようなフシがある。06年9月、退任の際のインタビューで、「中国、韓国とも交流をあらゆる分野で広げた。自らの対中韓外交はあとで評価されると思う」を述べた。まるで韓流を含む大衆文化交流の拡大が自らの手柄であるかのような物言いだった。小泉前総理のおかげで韓流ブームが日本で起こったわけではない。韓流現象を過大評価してこの面だけで日韓関係全般が良好だと思い込んでしまうのは正しくない。小泉元首相のように、悪化した政治・外交関係を度外視して、その他の交流だけで両国関係を評するのは、正確ではないのである。

一方、韓国の為政者はどうであったか。05年春に竹島問題が浮上して両国の政治・外交関係が急激に悪化してから、盧武鉉前大統領は日本人を刺激する発言を繰り返した。韓流現象などで大衆文化交流や人的交流が日韓間で史上最大規模となっているなかで、良好な人的交流を過小評価して、政治・外交関係だけで相手国を評価する発言を繰り返した盧武鉉前大統領は、韓流でいつになく日本人の目が韓国に向くなかで、自国をPRするセンスがないと言える。

ところで、ある国の大衆文化への接触経験がある人のほうが、ない人よりも、その国に対する親近感の度合いが高いことは、いくつかの研究結果で明らかになっている。つまり、大衆文化接触と対象国への親近感には相関関係がある。ただ、ある国の大衆文化へ接触しても、政治・外交面でその国のシンパを作り出すかどうかはわからない。結論を言えば、対象国への宥和的な態度を形成するわけではない。ある国への態度は、様々な要素が合わさって形成されるのだから当然である。
4.韓流とナショナリズム
韓国社会は韓流を、経済的な波及効果や国家イメージの向上としてとらえる面がある。韓流が韓国人のナショナリズムを刺激していると言ってよい。日本の韓流現象を見る韓国社会の目は概して好意的ではある。ただ、政治外交面での日韓関係の悪化以降は、ペ・ヨンジュンの活躍さえ、反日ナショナリズムからとらえる視点も出てくる。日本での受けを狙うあまり、韓国文化が日本におもねいて「隷属」してしまうといった論がそれである。

一方、日本社会においても韓国のプレゼンスが大きくなれば、韓国への異議申し立てが発生する。これは自然なことであり、「嫌韓流」は発生すべくして発生したともいえる。
日韓両国間において、政治・外交と文化・人的交流の間は無関係ではない。政治・外交面の対立が少なければ、相互認識は良好になる。対立が多ければ、相互認識は悪化する。ただ、政治・外交面が緊張したとしても、文化・人的交流面がそれに比例して急激に冷え込む構造ではなくなってきた。同時に、政治・外交の「統制」が不可能だからこそ、日本では「嫌韓」と韓国では「アンチ日本」が、個人のなかで頭をもたげやすい。韓流現象(日本)や日本大衆文化ブーム(韓国)などが起こる一方で、相手国側を刺激しうるナショナリスティックな動きが顕著に起こるのが近年の特徴である。

【報告要旨執筆:小針 進(静岡県立大学教授)】