国際日本学公開ワークショップ「ドイツ語圏における日本研究の新しい動き」

国際日本学公開ワークショップ「ドイツ語圏における日本研究の新しい動き」 
報告者とテーマ   
クリスティアン・オーバレンダー氏(ハレ大学日本学科教授、東京大学客員教授)
「ドイツ史と日本史の比較研究-1955・6年のドイツと日本の対ソ連国交正常化交渉を例として」
セップ・リンハルト氏 (ウィーン大学日本学科教授、桃山学院大学客員教授)
「日本研究におけるビジュアル・ターンについて」
日 時  2007年6月19日(火) 15:30〜
場 所  法政大学市ヶ谷キャンパス ボアソナードタワー 25階B会議室
司 会  ヨーゼフ・クライナー(法政大学特任教授)

去る2007年6月19日(火)、15時30分から19時まで、ボアソナード・タワー25階のB会議室において、法政大学国際日本学公開ワークショップ「ドイツ語圏における日本研究の新しい動き」が開催された。

今回は、ハレ大学日本学科教授のクリスティアン・オーバレンダー氏とウィーン大学日本学科教授のセップ・リンハルト氏による報告があった。(以下、敬称略)

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左から星野所長、リンハルト教授、オーバレンダー教授、クライナー教授    オーバレンダー教授

 

「ドイツ史と日本史の比較研究—1955・6年のドイツと日本の対ソ連国交正常化交渉を例として」と題されたオーバレンダー報告は、日本の対ソ連国交正常化交渉の過程を5段階に区分する。

■第1段階では、独ソ国交正常化交渉で「国交回復を懸案事項の解決に優先させる」という「アデナウアー方式」をドイツが用いたことで、「ドイツでさえ妥協したのになぜ日本は妥協しないのか」というソ連と日本国内の左派勢力からの圧力に対し重光葵外相が「アデナウアー方式は用いない」と言明し、言論界もこれに同調した。
■第2段階では、アメリカ政府が「日ソ交渉の成立はアメリカの国益にならない」「アデナウアー方式は日本の現状にそぐわない」と日本政府に警告を発した。
■第3段階では、ソ連が「わが国は国交正常化に全力を挙げている。正常化が実現しないのは日本政府の責任である」と日本側をけん制した。
■第4段階では、国交正常化に領土問題や漁業協定問題が絡み合い、日本国内の世論は「アデナウアー方式」の拒否が大勢を占めた。
■第5段階では、日本政府がソ連に対し鳩山一郎首相が「国交正常化を実現する代わりに日本の国連加盟を指示し、漁業協定を締結し、シベリア抑留者を返還する」という「鳩山方式」を提案した。

 こうした段階を経て、日ソ両国は1956年10月12日に「日ソ共同宣言」に署名した。オーバレンダー報告は、日本の対ソ連国交正常化交渉が、直前になされた独ソ国交正常化交渉で用いられた、「国交回復を懸案事項の解決に優先させる」という「アデナウアー方式」の影響を強く受けていることを明らかにし、日本の現代史研究に一石を投じる新しい論点を提示した。

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会場の様子                  リンハルト教授


セップ・リンハルト報告は「日本研究におけるビジュアル・ターンについて—ウィーン大学の事例を中心に」と題して行われ、従来の文献学的手法とは異なる、絵画を直接の対象とした研究への取り組みという、日本研究における「転回」の重要性と意義が、ウィーン大学の行う古写真や錦絵のデータベース化の事例や風刺画の解読を通して説明された。

ウィーン大学で行われている日本のビジュアル文化研究の概要は以下の通りである。

■「古写真のデータベース化」ではウィーン大学所蔵の300枚と個人蔵の200枚を収蔵している。
■「1842-1905年の錦絵と諷刺画のデータベース化」では天保の改革を契機に従来の錦絵が諷刺画として出版され明治期にも引き継がれた過程を資料でたどる。
■「西洋の日本絵葉書における日本イメージ」では戦争絵葉書を除く一般の絵葉書には、日本に対して「美しさ」「きれいさ」「憧れ」といった肯定的な印象が与えられていたことを解明。
■「西洋の日本歌謡曲における日本イメージ」では約130冊の楽譜を収集、表紙の50%以上に芸者が描かれていたが、それ以外の表紙にも提灯、団扇、寺院など「日本的」と思われていた文物が多種多様に描かれていた。

このような事例を通し、文化研究において文献分析は進んでいるが絵画の分析は不十分で、日本文化学の充実のためにも文字資料の以外にも絵画資料、音声資料などの研究が必要であり、そのためにも「回転」が大きな役割を担うことが指摘された。

【記事執筆:鈴村 裕輔(法政大学国際日本学研究所学術研究員)】