【開催報告】国際日本学研究所主催 新しい「国際日本学」を目指して(12)公開研究会「なぜ保存するのか-日本における町並み保存運動の勃興とその意味 」(2021年11月27日)2021/12/17
法政大学国際日本学研究所主催
新しい「国際日本学」を目指して(12)公開研究会
「なぜ保存するのか-日本における町並み保存運動の勃興とその意味 」
(Why Place Matters: A Sociological Study of the Historic Preservation Movement
in Otaru, Japan, 1965–2017 出版記念)
■日時:2021年11月27日(土)14:00~15:30
■会場:法政大学市ヶ谷キャンパス ボアソナード・タワー 26階 A会議室
■報告者
堀川 三郎(法政大学社会学部教授・南京大学社会学院客員教授)
■司会
髙田 圭(法政大学国際日本学研究所専任所員)
■コメンテーター
米家 志乃布(法政大学国際日本学研究所兼担所員・法政大学文学部教授)
【報告内容】
2021年6月に堀川三郎氏による英語での単著Why Place Matters: A Sociological Study of the Historic Preservation Movement in Otaru, Japan, 1965-2017(Springer)が出版された。そこで今回は、英語の著書とその元となった日本語の『町並み保存運動の論理と帰結―小樽運河問題の社会学的分析』(東京大学出版会、2018年)の内容をもとに小樽の町並み保存運動の事例を通じて日本の都市問題についてご報告いただいた。
本報告のもとになったのは、37年にもわたるフィールドワークの成果である。長年にわたる小樽の町並み保存運動の調査に堀川氏を駆り立てたのは、「なぜ保存するのか」という直接的な問いかけだったという。「不要になったものを保存しようとするのは、なぜなのか」、そして「自分の得にもならないのに、なぜ運動するのか」、こうした本質的な問題に対して、堀川氏は、「保存とは変化することである」という極めて明快な回答を提供してくれた。行政は、合理性の観点から新たな技術を使って町を次々と変化させていった。住民たちは、そうした変化に対して、抵抗する。堀川氏は、こうした制度と人々の心性とのあいだのズレを一つ一つ丹念に明らかにしながら、実際の町並みや運動が変化していく様を、1997年から現在まで定点観測という手法を用いて追っていった。講演の中で、堀川氏は、膨大な資料から選りすぐりのデータを使ってわれわれ参加者にその展開を説明したが、報告の終盤で紹介されたインフォーマントの言葉は特に印象的だった。その運動の目的と参加する理由について、町並み保存運動の思想的バックボーンとなった人物は、以下のように答えたそうである。「要はその時代時代でその地域に育った人が、生き生きとエネルギッシュにその町で生きていけるような町を目指した。その切り口が運河であり観光であったっていうだけの話。」運河は、住民たちが自ら町の変化を主体的にコントロールするための道具だったとも言える。
堀川氏の発表は、小樽の運河保存運動という現象を丹念に明らかにする日本研究である。また、それと同時に日本のローカルな社会運動が持つ普遍的な意味も示してくれたように思う。「自分の得にもならないのに、なぜ運動するのか」というのは、社会運動におけるインセンティブとして長らく問われ続けている本質的な問題だ。堀川氏の報告を聞くと、人々が経済合理性以外の価値をもとに、行政から自らの町を守るという困難な運動にコミットしていく理由が自然と腑に落ちる。また、小樽の事例は、日本における「新しい社会運動」のあり方を示してくれたようにも感じた。社会運動論では、1970年代以降、欧米を中心に「新しい社会運動」が生まれたと言われているが、ドイツの社会学者ユルゲン・ハーバマスは、その新たな運動の特徴を、国家と企業の侵略から「生活世界を守る(defending the lifeworld)」ことであるとした。堀川氏の小樽の事例は、見事にこの「守ることの革新性」を体現した日本の運動であったと言えるだろう。また、他方で、この町並み保存運動は、欧米とは異なる日本の「新しい社会運動」の特徴といったものを浮かび上がらせる格好の事例なのではないかということも感じられた。
研究会では、堀川氏の報告を受けて、コメンテーターとしてお迎えした米家志乃布氏による質疑がおこなわれた。地理学者ならではの視点から小樽の町並みが紹介され、その上で、他の重要伝統的建造物群保存地区で展開される「一般的」な町並み保存に対して小樽の運河を守る保存運動はどう位置づけられるのか、という「町並み保存」とは何かという根本的な質問が投げかけられた。また、会場にてご参加いただいた建築史の専門家である陣内秀信氏からも小樽の町並みの保存の「市民運動的」な性質や、また西武の堤清二といった経済アクターの運河保存運動との関わりについてなど豊富な知識に基づいた様々な質問が出された。加えて、オンラインで参加された安孫子信氏からは、「なぜ開発するのか」という逆の視点から見た場合、堀川氏の研究手法はどう答えることができるのか、という興味深い問いかけもあった。
議論も盛り上がり、時間が超過してしまったため残念ながら英語のご著書Why Place Mattersの執筆の背景などについては詳しくお話しいただくことは叶わなかった。堀川氏は、近年小樽のケースを踏まえて米国のセントルイスの町並み保存運動との比較研究を進めているそうである。日本の事例をソトに向けて語ることについてなどまた改めてご意見をうかがってみたい。
【記事執筆:髙田 圭(法政大学国際日本学研究所専任所員)】