【開催報告】2014年度アルザスシンポジウム『<日本意識>の未来-グローバリゼーションと<日本意識>』(2014.10.30-11.1)開催報告を掲載いたしました2014/11/20

法政大学国際日本学研究所
国際日本学の方法に基づく<日本意識>の再検討−<日本意識>の過去・現在・未来
研究アプローチ(4) <日本意識>の三角測量 – 未来へ」


2014年 アルザスシンポジウム
『<日本意識>の未来−グローバリゼーションと<日本意識>』

 

日 時  2014年10月30日(木)- 11月1日(土)

会 場 アルザス欧州日本学研究所(CEEJA)

共 催  法政大学国際日本学研究所(HIJAS)

     フランス国立科学センター東アジア文明研究所(CRCAO)

     ストラスブール・マルク・ブロック大学人文科学部日本学科

     アルザス欧州日本学研究所(CEEJA)

 

会場の様子

1.シンポジウム全体の概要
法政大学国際日本学研究所(HIJAS)は、2005年以来、フランスの日本学研究機関と共同で、毎年国際日本学シンポジウムを開催してきた。本年2014年にも、10月30日から11月1日まで、「<日本意識>の未来——グローバリゼーションと<日本意識>」と題するシンポジウムをフランス国立科学研究学院東アジア文明研究センター(CRCAO)、ストラスブール大学日本学科、およびアルザス欧州日本学研究所(CEEJA)との共催で、2007年以来の会場であるCEEJAで実施した。
今回の主題である「<日本意識>の未来——グローバリゼーションと<日本意識>」は、HIJASの2010年度からの研究課題「国際日本学の方法に基づく<日本意識>の再検討−<日本意識>の過去・現在・未来」(文部科学省私立大学戦略的研究基盤形成支援事業採択)によっている。本研究課題が2014年度で終了するため、今回のシンポジウムは5年に亘って行われてきた「<日本意識>の再検討」研究を総括し、<日本意識>の未来を展望するためのものと位置づけられた。グローバル化という時代の潮流の中で<日本意識>は今後どこに、どのように位置づくべきであるのか、さらには<日本意識>にそもそも未来はあるのか、といった問題について、思想、歴史、文化、政治、建築、工学、環境といった諸側面から、日本側9名、欧州側7名が報告を行い、さらにその報告について総括の討議を行った。

タイムテーブル

 

2.各発表の概要
今回の報告者16名による発表の概要は以下の通りである。

第1日目
(1)ヨハネス・ヴィルヘルム(ウィーン大学[オーストリア])/ただ、ここに、住み続けたい−東北の集落にみられる脆弱性と強靭さ
古来、東北地方が「中央に対する辺境」、あるいは「内なる植民地」と捉えられてきた現実を背景に、宮城県石巻市寄磯浜と秋田県上小阿仁村八木沢という沿岸部と山間部の過疎集落の住民を実例として、「持続性」の観点から、高度成長期以降の住民と自然との関わりを検討し、東北地方の伝統的な社会性に潜む強靭さを指摘した。

(2)ヨーゼフ・クライナー(法政大学[日本])/学際的共同調査研究による日本社会・文化の相互理解(代読:ヨハネス・ヴィルヘルム)
渋沢敬三の主導により戦後、人文・社会諸科学による学際的共同研究が実現し、最盛期には九学会連合という形で各種の調査が行われた例を挙げて、今後の日本研究が進むべき道として、個々の科学が独自に研究を進めるというよりむしろ、学際的アプローチを用いて統一テーマについて諸科学が共同研究を行っていく方向を模索すべきだと主張した。

(3)星野勉(法政大学[日本])/グローバリゼーションと「風土」
和辻哲郎の『風土』が説く「風土」概念の持つ積極的な意義を検討し、風土が自然と文化、空間性と時間性とを交差させるだけでなく、さらにはそこに身体性をも組み入れるものであり、結果として、風土論は身体論という側面を有し、人間の主体性の恢復と空間の主体性の恢復との繋がりを説くものになっていると主張した。

(4)王敏(法政大学[日本])/近代化の宿題−−富岡製糸場から蚕文化へ、シルクロードへ、ユーラシアへ
養蚕は日中韓3国に共通する伝統文化であり、富岡製糸場が象徴する製糸業が日本の近代化に貢献したとすれば、他のアジア諸国もそれを手本に近代化を手がけたのである。そして現在、日中韓3国はいずれも蚕文化の復元に取り組んでいる。このような具体例に触れつつ、東アジアにおける共通文化の重さと、それが未来に果たすべき役割とを指摘した。

(5)安孫子信(法政大学[日本])/<近代の超克>再考
1942年に行われた‘悪名高い’座談会「近代の超克」を対象にして、超克されるべきとされた「近代」に対するそこでの論者たちの見解(アジア無視の<世界性>や実感信仰に基づく<美学>)と、今日の日本研究が身を置く場とを比較、検討し、過去と一線を画す新しい「日本意識」を確立することが、なお依然として難事となっていることを考察した。

(6)黒田昭信(ストラスブール大学[フランス])/新しい可塑的共同体構築の基礎理論としての種の論理
田辺元の『種の論理』について、そこで「種の論理」の3要素「類・種・個」の内の種が国家に定位され優位化されているのは、田辺自身の「絶対媒介の弁証法」の不徹底からのことであり、それを徹底させる時、種の中間性、媒介性、可塑性が明らかとなり、種はむしろ非同心円的で多元的な社会の可能性につながるものになると主張した。

 

第2日目
(7)セルゲイ・チュグロフ(モスクワ国際関係大学[ロシア])/グローバル化時代の新たなアイデンティティーを模索する日本(社会学的試論)
社会調査の結果に依拠しつつ、ロシア人のアイデンティティーに対する自己認識と比較することで、日本人による「日本人のアイデンティティー」の自己認識の特徴を検討するとともに、1990年代以降、ロシアに日本文化が流入したことで、現在では日本文化はロシア人にとって決してエキゾチックなものではないことを指摘した。

(8)ポール・ジョバン(パリ第7大学ドゥニ・ディドロ、社会科学高等研究院[フランス])/台湾と沖縄:異なるポストコロニアル状況
外国の支配ばかりでなく、自国中央政府による支配も受けたという共通の歴史を有する沖縄と台湾を対象に、現地世論調査の結果から、「独立志向の強い台湾」、「独立志向の強くない沖縄」という指摘を行った。加えて、日米や日中といった国際関係からではなく、沖縄から、日本を考えることこそが日本の未来にとって重要であることを主張した。

(9)ドミトリー・ストレリツォフ(モスクワ国際関係大学[ロシア])/日本の戦後アイデンティティーの一環としての被害者意識
1945年の敗戦以来、現在に至るまで続く日本の戦争責任問題について、米韓ソの側からの見方と日本における意識のあり方との比較検討を行った。その結果、日本にはむしろ戦争被害者の意識が残るということで、関係国には「日本は歴史の修正を行おうとしている」との疑念が生じることになっていることを指摘した。

(10)菱田雅晴(法政大学[日本])/歴史記憶の中のアンビヴァレンス:現代中国における日本像
世論調査の結果を基に、日常生活では周囲を「日本」に囲まれ、「日本」を消費する人たちが「反日デモ」に参加するのは、日本の行動の反映であり、「反日」が人々にとって一種の記号となっていることを示すとともに、日中両国民の相手国判断が、もっぱら報道に基づくものであるということから、接触理論の改めての重要性を主張した。

(11)小口雅史(法政大学[日本])/日本古代の「グローバリゼーション」の真相−律令国家・遣唐使と国風文化−
近代以前の東アジアでの日本の位置づけを確認するとともに、白村江の戦いでの敗戦が結果的に日本に独自の律令制度の促したことを指摘した。さらに遣唐使が持つ意味を検討することで、東アジア世界におけるグローバル化が進展した時代であった7世紀から8世紀に遣唐使が果たした歴史的な役割と意義を考察した。

(12)鈴村裕輔(法政大学[日本])/イデオロギーの対立の克服と未来への展望—石橋湛山による分断的な力としてのイデオロギーへの批判
石橋湛山が雑誌『東洋経済新報』に執筆した論評からイデオロギーをめぐる主張を抽出検討し、石橋がイデオロギーに基づく行動を、対立する相手を征服するか滅ぼすまで収束しないという分断的・排他的特徴を持つもの、と強く批判していたことを示した。そして、現在の日本に鑑みて、石橋のこのイデオロギー批判が持つ実践的意味の示唆を行った。

 

第3日目
(13)川田順造(法政大学/神奈川大学[日本])/植物資源の多面的利用と「見立て」の哲学:未来の世界への日本文化の貢献の可能性を探る
「家畜文化複合」が限定され、むしろこまやかな植物資源の活用に向かった日本文化は、対象をなぞらえる「見立て」の思想を発達させていったことを示し、人口爆発や種の絶滅などの今日の文明の危機的状況に照らして、「分けてわかる」科学的方法を、「なぞらえて分かる」この「見立て」の文化で補完していく必要性を主張した。

(14)ブノワ・ジャケ(フランス国立極東学院[フランス])/この後にくるもの:これからの建築の日本性質
「現在の日本には日本建築はあるのか」という問いから出発し、丹下健三、篠原一男、白井晟一、妹島和世と西沢立衛、みかんぐみといった建築家の具体的な仕事の検討を行い、それを通して、現代の日本の建築が、西洋的要素と日本的要素との融合や、とくに抽象的な構造への日本的要素の取り入れに見事に成功していることを示した。

(15)ポール・デュムシェル(立命館大学[日本])/ロボット、技術的個人とシステム
「すべての自律的な機械はロボットか」という問いを、技術的な側面と社会的機能の側面から検討し、25万台ものロボットが使用されている現在の日本において、ロボットが、その語源的意味である人間にとっての危険な競合者ではなくて、むしろ「よりよい人間を作るための手段」として理解されていることを示した。

(16)ジョセフ・キブルツ(フランス国立科学研究学院東アジア文明研究センター[フランス])/日本に「未来」はあるのか?
印欧語族と東アジアの諸言語の文法を対比する際に時制が大きな違いとして浮かび上がることを手がかりに、西洋と東洋の世界観の違いを時間的想像力と空間的知覚の両面から確認しつつ、日本の文化の持つ循環的な時間感覚と二次元的な空間理解が、ロボット技術を発達させるためにきわめて有益なものとなっていることを指摘した。

シンポジウム最終日の11月2日に行われた総合討議では、3日間に行われた16件の発表を巡って、改めて参加者が活発な意見の交換を行った。その総合討議での話し合いの内容も踏まえて、「<日本意識>の未来」をめぐる今回のシンポジウムの成果を挙げれば、それは次のようなことになるであろう。
まず、これからの<日本意識>が参照し、依拠しうる具体的な対象物として建築とロボットが示された。日本の建築そして日本のロボットが、ある意味において他に抜きん出た特徴と特質を持っていることが、仔細に示された。その際に、日本の建築やロボットの特徴や特質を生み、支えているものとして、並行的に示されたのは、日本人の空間観(「二次元的」)であり時間観(「循環的」)、また生命観(「仲間」)であった。それは方法の言葉として言えば、「分けてわかる」というのではなく「なぞらえてわかる」という「見立て」の立場というようなことになるであろう。またこのような世界観と方法論をさらに全体として統べる言葉を探せば、「風土」となるのかもしれない。こうして、美的直観(「実感信仰」)としてある、未来にも及ぶ<日本意識>の核のようなものは、シンポジウムでは十分に示されたと思う。
ただ、同時にシンポジウムが問うたのは、<日本意識>のその特質に、本当の開きを担保する位置づけ、枠の問題であった(「世界性」の問題)。<日本意識>が閉じてただの自賛に帰着することをどう避けうるか。この開きに保証を与えるべき枠として、シンポジウムが提示したのは、「東北地方」であり「沖縄」であり「東アジア」であった。またそのような開きに導く方法論としてシンポジウムが掲げたのは、「種の論理」であり「接触理論」であり、また「実利(反イデオロギー)」であった。こうして、現在求められるべき<日本意識>に関して、その核だけではなく枠付けももたらすということで、今回のシンポジウムは確かな成果を挙げ得たのである。
以上のシンポジウムの成果の取りあえずのまとめに加えて、最後に、シンポジウムの別様の成果にも一言触れておきたい。それは2011年から始まったストラスブール大学日本学専攻の大学院修士課程の学生による聴講が、今回も行われたことである。この学生参加は、2011年度から、法政大学文学部哲学科とストラスブール大学日本学科との間で、正規の合同授業が成立していることに依っている。すなわち、法政大学側では「国際哲学特講」と名付けるこの授業の両大学の受講者は、9月からの学期中に、翌2月に約1週間まさにCEEJA(とストラスブール大学)で行われる合同ゼミに備えての準備の学習を、それぞれの大学で行うことになっているが、ストラスブール大学の学生にとっては、このシンポジウムへの聴講参加はその事前学習の一部となっているのである。日本語で行われる合同ゼミのために日本語に慣れておくということを超えて、合同ゼミの今年度のテーマは「靖国問題」であり、<日本意識>をめぐる今回のシンポジウムがそのためにきわめて有益なものであったであろうことは想像に難くない。CEEJAでの研究プロジェクトがこうして教育にも確かな貢献をしていることは、大変喜ばしことである。

【報告者:安孫子 信(法政大学国際日本学研究所所員、文学部教授),鈴村裕輔(法政大学国際日本学研究所客員学術研究員)】


報告者:ブノワ・ジャケ(フランス国立極東学院[フランス])


報告者: ポール・デュムシェル(立命館大学[日本])


参加者の集合写真

 

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