日本の中の異文化 「言語関係研究会」 (2008.9.27)

学術フロンティア・サブプロジェクト3 日本の中の異文化

言語関係研究会                 
「日本の中の諸言語—アイヌ・ヤマト・琉球の言語生成—」

  • 報告者      中川 裕 氏 (千葉大学)   

             児島 恭子 氏 (早稲田大学)  

             パトリック・ハインリッヒ 氏 (琉球大学)

             中本 謙 氏 (琉球大学)

             ヒュー・クラーク 氏 (シドニー大学)

             間宮 厚司 氏 (法政大学) 

  • 日 時      2008年9月27日(土)10時00分〜17時00分 

  • 場 所       法政大学市ケ谷キャンパス 80年館7階角中会議室

  • 司会・進行  ヨーゼフ・クライナー (法政大学)                                                                 

             吉成 直樹 (法政大学)           


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学術フロンティア・プロジェクト『異文化研究としての「日本学」』におけるサブ・プロジェクト3「日本の中の異文化」は、北の東北・北海道と南の琉球諸島という二つの境界領域の文化に目を向けることにより、多元的な日本文化の構造を解明し、日本文化研究に新しい局面を切り拓くことを目的としている。その点を踏まえ、プロジェクトリーダーであるヨーゼフ・クライナー(法政大学)より、今回の言語関係研究会では、その活動の一環として、5名の研究者を招き、アイヌ語と琉球語に関する最新の研究成果を披露したうえで、フリーディスカッションを行う旨、開会のあいさつがあった。

午前の部は、まず間宮厚司(法政大学)が「アイヌ語とヤマト語をめぐって」という題目で基調報告を行った。アイヌ語はかつて、北海道をはじめ樺太南部・千島列島・本州東北地方北部で話されていたと考えられるが、19世紀まで記録がなかったため、いかなる言語であったのか、詳細は知り得ないものの、縄文時代に日本列島で話されていた言語はアイヌ語の祖先以外に候補はなく、その後ヤマト語が大陸から朝鮮半島を経て弥生文化とともに北九州に入り、日本列島に広まるにつれ、アイヌ語は南から北へと移動させられたと推測できると述べた。次に、中川裕氏(千葉大学)は「アイヌ語と日本語の位置関係の謎」というタイトルで、言語類型論の研究成果からアイヌ語の特異性は、構造論的な観点からは説明できず、オーストロネシア諸語とアイヌ語の間に、ヤマト語が割って入ったと考えるなど、歴史的な説明が必須であると説く。続いて、児島恭子氏(早稲田大学)は「アイヌ語への日本(ヤマト)文化の影響」というタイトルで、北海道におけるアイヌ語とヤマト語の接触(1213141616181920の各世紀ごとの状況)を概観した後、アイヌ口承文芸にアイヌ語とヤマト語の対句が見られるなど、日本(ヤマト)文化の影響について論じた。そして自由討論を行い、アイヌ語内の方言差がヤマト語内の方言差と比較して小さい理由は、農耕民族でなく狩猟民族であったため、交流が盛んに行われた結果、地理的言語差が進まなかったものと推察される等々、話は多岐にわたった。

午後の部は、同じく間宮厚司氏の「ヤマト語と琉球語をめぐって」という基調報告から再開された。琉球にはかつて琉球王国(14291879年)が存在し、琉球語とヤマト語は別系統の言語であると明治頃まで思われていたが、比較言語学の研究から同系の言語ということが判明し、現在では日本語の一つの方言とみなされている。ヤマト語と琉球語が分離したのは弥生時代後期で、九州から琉球への移住が何度かあって、それが独自に発展していったとの説があり、有力視されている。しかしながら、琉球語は文献資料が1516世紀にならないと現れないため、その言語の歩みは不明であると言わざるを得ない。最初に、パトリック・ハインリッヒ氏(琉球大学)が「琉球言語史に歴史を加える」で、沖縄では狩猟採集社会から農業社会へ移行した9世紀頃を琉球語の言語形成期と考える。次いで、中本謙氏(琉球大学)は「琉球方言ハ行子音」で、琉球語に現れるパナ(鼻)などのP音は、古代の音が残存したものとされる通説に対し、単語によっては新たに生まれたP音も存在するのではないかとする見解を示した。最後に、ヒュー・クラーク氏(早稲田大学)は「琉球語研究のいくつかの問題点」で、琉球諸方言の特徴と位置づけについて解説するとともに、『おもろさうし』の語学的な課題についても述べた。自由討論では、人々の移動(狩猟)と定着(農業)による言語生成のプロセス、『おもろさうし』の言語はヤマト語と共通性が多く比較的新しいのではないかといった提言など、活発な意見交換がなされた。

今後は、今回の言語研究会の成果を、考古学等の研究結果と重ね合わせ、そこから何が言い得るか、重層的かつ総合的に考究する必要があろう。

【記事執筆:間宮厚司(法政大学文学部教授)】