日本の中の異文化「2008年度第2回合同研究会」(2008.9.13-15)

学術フロンティア・サブプロジェクト3 日本の中の異文化

2008年度第2回合同研究会   

  • 日 時     2008年9月13(土)〜9月15日(月) 
  • 場 所     青森県青森市 青森県埋蔵文化財調査センター      

報告者
木村 淳一 氏  (青森市教育委員会)
葛城 和穂 氏  (青森県埋蔵文化財調査センター 
佐藤 智生 氏  (青森県埋蔵文化財調査センター)
須藤 弘敏 氏  (弘前大学)
渡辺 晃宏 氏  (奈良文化財研究所)
山田 祐子 氏  (秋田県埋蔵文化財センター)
宇部 則保 氏  (八戸市教育委員会)
中島 恒次郎 氏 (太宰府市教育委員会)
新里 貴之 氏  (鹿児島大学)
高梨 修 氏    (奄美市教育委員会)
澄田 直敏 氏  (喜界町教育委員会)
J.クライナー 氏 (法政大学)
小口 雅史 氏  (法政大学)
学術フロンティア・プロジェクト『異文化研究としての「日本学」』におけるサブ・プロジェクト3「日本の中の異文化」は、昨年度の奄美大島の名瀬と喜界島で開催された、
律令国家の南周辺でおこなわれた異文化・異民族との接触を取り上げた研究会に引き続き、今年度の主な研究テーマとしなっている「大和国家の北辺の文化史」を中心とした研究会を開いている。
今年度のメイン行事となる。第2回研究会は9月13〜15日にかけて青森市の青森県埋蔵文化財調査センターで催された。中心となるテーマは北の境界祭祀遺跡として近年注目されている新田遺跡で、
昨年度の奄美研究会との比較の意味でも重要な研究会となり、大きな成果をあげることができた。主たるテーマは、喜界島の城久遺跡の場合同様、この古代末期の北辺遺跡が「律令的かいなか(中央的かいなか)」
である。なお第1回に続き、今回も北方交流史科研グループからの助力があり、若干の報告者の追加、コメンテーターの追加等が可能となった。

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初日の午前に、まず新田遺跡の現地見学を行った。残念ながら新幹線関連工事の進展とともに、景観は一変してしまったが、遺跡の立地状況などは十分把握していただけた。
初日午後から研究会に入った。クライナーの開会挨拶、小口の基調報告「新田(1)(2)遺跡特別研究会開催の目的と意義」のあと、最初に発掘調査担当者である木村淳一・葛城和穂氏より成果の紹介があった。
それをうけて佐藤智生氏より考古学からの総括的なコメントがあり、ついで個別遺物の検討に入った。山田雄正氏(北方交流史科研)は「北奥における古代仏教関連遺物の出土とその意義」と題して、
新田遺跡で注目を浴びている仏教関連遺物を、東北地方全体の中で位置づけ、新田遺跡の再評価の手がかりとした。また須藤弘敏氏は仏教美術史の立場から、仏像関連遺品について詳細な検討をほどこし、
出土遺物の中から新たにいくつかの仏像部品を見いだし、仏像5体分の要素がみられること、仁王の一部とみられるものがあることから山門の存在が推定されることなどを興味深く論じた。
ついで新田遺跡から出土した日本最北の古代「木簡」について、渡辺晃宏氏が専門家の立場から論じた。結論的には、外見的には木簡の形態をしているが、判然としない墨書が、
木簡状の形態となる以前に書かれたものである可能性が高いことなどから、木簡状木製品ではあっても木簡とはいえないことを論じた(では実際に何に使われたのかについては会場からいくつかの見解が示された)。
これは小口のかねての見解とも一致し、新田遺跡の再評価に当たっての一つの重要な論点となった。

2日目には、山田祐子氏から「米代川河口域における祭祀の実態」と題して、立地出土品とも似ている近在の秋田の樋口遺跡その他の祭祀関連遺跡についての報告があった。
ついで宇部則保氏から「北辺地域における7〜10世紀の在地・律令的土器様相」と題して、新田遺跡を含む北東北の土器の様相について、律令的かいなか、という当方の希望に応じた報告があった。
以上の北の報告を受けて、次に南の中島恒次郎氏から「考古資料から考える遺跡性格」と題して、大宰府・国府・郡家・集落を土器からどのように区別するかという興味深い報告があった。

その観点からすると城久遺跡は律令的色彩が強く、遣唐使関連の基地的要素があることをも示唆された。またカムイ焼きとの比較で、南の視点から見た五所川原須恵器についてもコメントしていただいた。
そして最後に昨年度の奄美研究会に出席された南の新里貴之氏、髙梨修氏、澄田直敏氏からも全体を通じてのコメントがあった。
総括討論では、さらにさまざまな意見交換がなされ、結果として、この一連の研究が目的とする古代から中世にかけての時期に、日本国家の北辺と南辺に、いわゆる異文化接触はどういう形でおこなわれていたか、
どのようなものがあったか、またその地域の大和民族・文化にどのような影響を及ぼしたのかという問題に一歩近づくことができたのではないかと言える。
研究会終了後は三内丸山遺跡見学班とツガルのカミサマ面談班とに分かれ実地研修を積んだ。また3日目には津軽半島部の古代遺跡(小牧野遺跡・高屋敷館遺跡・五所川原窯跡)を見学し、
さらに中泊町博物館で青森県出土の擦文土器を十分に検討した上で、散会となった。

【記事執筆:ヨーゼフ クライナー(法政大学特任教授)、小口 雅史(法政大学文学部教授)】