【開催報告】国際日本学研究所-新しい「国際日本学」を目指して(6)-第2回アルザス・ワークショップ「ヨーロッパにおける日本研究の現状と拠点形成のために-若手研究者たちに聞く」(2019年11月1日・2日)2019/11/08

■期間: 2019年11月1日(金)-11月2日(土)
■会場: アルザス・欧州日本学研究所 (フランス)
■主催: 法政大学国際日本学研究所(HIJAS),「国際日本研究」コンソーシアムアルザス・欧州日本学研究所(CEEJA)

国際日本学(国際日本研究)が、国際的に行われている日本研究を奨励し、それら研究の担い手である研究者間の対話の促進を図ることは当然のことであろう。そのことを、とくにヨーロッパ在住の若手研究者を対象に行うために、法政大学国際日本学研究所(HIJAS)とアルザス欧州日本学研究所(CEEJA)は、国際日本研究コンソーシアム(CGJS)の支援も得て、昨年2018年にワークショップ「ヨーロッパにおける日本研究の現状と拠点形成のために―若手研究者たちに聞く」をCEEJAで開催した。その成果を踏まえ、本年2019年には、共催者としてさらに国際日本文化研究センター(日文研)の参加も得て、去る11月1日(金)・2日(土)に、同じくCEEJAで、とくに社会科学分野の研究者に絞って、第2回ワークショップを実施した。ワークショップでは、日本から参加の2名のシニア研究者による基調報告に続いて、ドイツ、イタリア、ギリシャ、スペイン、フランスから参加の若手日本研究者6名による研究報告、さらに最後に、聞き手として参加したシニアの日本研究者7名をも交えての、総合討議が行われた。
各報告などの概要は以下の通りである。

(会場の様子)

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【第1日目(11月1日)報告】

◆基調報告(1)
楠綾子(国際日本文化研究センター(日文研))/The End of the “Yoshida Doctrine”? Japan’s Foreign and Security Policy in the post-Cold War period(使用言語:英語)
「日本の安全保障の大部分を米国に依存」、「日本の国防力を最小限に抑える」、「資源の大部分を日本の経済発展に充てる」という、吉田茂が確立し、戦後の日本の外交方針の基軸となった「吉田ドクトリン」について、1970年代からの日本の外交上の役割の拡大や冷戦後の日本の外交や安全保障のあり方が検討された。その結果限定的な軍事上の目的のために軍事力を行使することをためらわず、大国間のパワーゲームにより一層参画しようとする現在の日本の外交のあり方が示された。

(基調報告1:楠綾子氏)

■研究報告(1)
高田圭(デュースブルク・エッセン大学)/Combining Particularity with Universality in Japanese Studies: Historical Sociology of Japan’s Global Sixties(使用言語:英語)
経済学、政治学、社会学、人類学を主な対象とするSocial Science International Japanese Studies (SSIJS、国際日本学における社会科学)の観点から、日本で長らく一種のタブーとされてきた「1960年代研究」の方法論のあり方と研究の可能性が検討された。そして、かつては「神秘的」、「独特」とされてきた日本の現象を「普遍化」することで日本だけでなく他の国や地域でも同様の現象が存在することを明らかにし、比較することを試みるという研究課題が紹介された。

■研究報告(2)
フェリス・ファリーナ(ナポリ東洋大学)/Japan’s international relations of food: from food self sufficiency to gastrodiplomacy. The role of food in Japan’s postwar economic security and economic diplomacy(使用言語:英語)
戦前は満州や朝鮮から農作物を、台湾から砂糖を輸入するなど、域内で完結する体制を構築したものの、敗戦によって植民地を失い、食糧問題が顕在化した戦後の日本の食糧事情の変遷が概観された。特に、1973年の米国からの大豆の一時禁輸危機を契機として一国にのみ食糧輸入を依存することの危険性を認識した日本政府が食糧安全保障を進め、当初は農業問題のためにFTAやEPAに消極的であった当局が、日本産の農水産物の輸出を促進するためにFTAやEPAを活用しようとする現在の様子が紹介された。

■研究報告(3)
フィリス・マリア・グンゴール(国立カポディストリアコス・アテネ大学)/The study of the History of Economic Thought as a means of progress; getting to know better the economic ideas of contemporary Japan and world “instructors”(使用言語:英語)
経済学者を巡る現代の評価から出発し、20世紀前半の日本とポーランドの大学における経済学、研究の主体、出版業、経済学者などの比較を通して、両国の研究者間の交流、歴史的要素、地政学的条件などの影響、経済思想と経済学の形成と発展などが検討された。その結果、「中欧、侵略・分割・従属の歴史、キリスト教、西洋の知の伝統」などを特徴とするポーランドと、「アジアの端、侵略されたことがないという歴史上の特徴、中国の知的影響」などの特徴を持つ日本との間に、マルクス主義などの共通の基礎のあることが示された。

■研究報告(4)
ホアン・ルイス・ロペス=アラングレン(サラゴサ大学)/New Research and Post-Graduate Studies on Japanese Studies in Spain: Challenges and opportunities(使用言語:英語)
サラゴサ大学日本研究グループ(Grupo de Investigación Japón: GIJ)の取り組みを通して、サラゴサ大学における日本研究の成果及びスペインにおける日本研究の最新の動向が紹介されるとともに、日欧FTAの締結がヨーロッパにおける日本研究に与える可能性が指摘された。また、GIJの編纂による『和西・西和法律用語辞典』や日本の民法のスペイン語訳や関連する専門書の刊行、日本研究に関する年次大会の開催、サラゴサ大学における日本研究専攻の修士課程の開設などの事例が紹介された。

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【第2日目(11月2日)報告】

◆基調報告(2)
鈴村裕輔(名城大学)/日本研究と教育における社会科学の意味と可能性(使用言語:日本語)
報告者が2016年度以来行っている、留学生を対象に日本の政治や経済に関する時事問題を扱う講義を対象に、留学生にとって身近で日常的な話題に対して政治学や経済学の最新の知見に基づいた説明を加えることの意義と国際日本学における社会科学研究の成果の応用の可能性が説明された。また、報告者が所属先で進める「国際日本学プログラム」について、実施の経緯、目的、科目配置などが紹介されるとともに、現在、日本の大学で国際日本学に関連する学部や学科などが新設されている状況についても報告された。

(基調報告2:鈴村裕輔氏)

■研究報告(5)
ドゥーニャ・サルバット・ダール(ルール大学ボーフム)/Recreating Communal Ties : Shinto and Christian Communities in Fukushima after 3.11(使用言語:英語)
2011年3月11日に起きた東日本大震災とその後の東京電力福島第一原子力発電所の事故を対象に、震災後の地域社会に与えた宗教団体の影響に関する2018年に行われた実地調査の成果が報告された。その結果、神社が人々から震災後の地域社会を繋ぐものと理解されていること、キリスト教会では震災は神が与えた試練であると理解されていたこと、宗教的な場が「精神的な領域との結びつき」、「「3.11以前のコミュニティの生活のあり方を想起する機会」などの役割を担っていることが示された。

■研究報告(6)
杉山和也(青山学院大学)/国文学研究の再検討--『今昔物語集』<再発見>の問題を端緒として--(使用言語:日本語)
「ドイツで文献学を学んだ芳賀矢一によって国文学が成立した」という通説に対し、在日欧米人研究者の指導と影響を再検討することで、日本における国文学の成立におけるカール・フローレンツやエルヴィン・フォン・ベルツの果たした役割が示された。また、芳賀矢一の説話研究の意義として、西洋人の日本研究を基盤として説話研究の基盤を形成したことが挙げられるとともに、説話研究史あるいは国文学研究史の見直しと、国粋主義に陥らない説話研究の相対化の可能性などが示唆された。

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【第2日目(11月2日)総合討議、および今回セミナーの総括】
総合討議では2日間の報告に基づき、参加した若手研究者の所感や日本研究における社会科学の可能性などについて意見交換がなされた。そこでのおもな議論を、総括の考察も加えて、以下で報告したい。

総括(A)〈社会科学分野での日本語教育の現状と問題点〉
①まずはサブカルチャーとの出会いを通じて日本文化、ひいては日本語へと導かれた若者たちは、中等教育では学ぶ機会がないことから、高等教育(大学)での日本語教育に殺到してくる。しかし実際にはハードルは高く、多くは卒業に至らない。そのような中で、学年が進んで、研究対象として社会科学事象を選ぶものはさらに少なくなる。他方で、社会科学の学生が、研究対象として日本に出会い、その結果、遅れて日本語の学習を開始することがある。その場合に、日本語習得に要求される努力はさらに相当なことになる。こうして、社会科学分野に限らないが、日本語の知識も踏まえた日本研究が成功裏に行われていくには、語学を克服するための非常な努力が学生に要求されることになる。それを少しでも耐え忍びやすいものにするためには、日本語教育が、各国で、大学入学以前に、中等教育から可能になるようにしていく必要があろうという指摘がなされた。

②他方で、日本へのそもそもの関心がサブカルチャーに依存している現状について、この1-2年の傾向として、そのお株が韓国に奪われて、各国の大学で、韓国語への登録学生数が、日本語への登録数を上回ることになって来ていると報告された。

総括(B)〈日本を対象とした社会科学研究の意義と可能性〉
③テーマということでいえば、非西洋圏の国として初めて近代化を成し遂げた明治の日本、また壊滅的な敗戦の後、奇跡の復興を成し遂げた昭和の日本が、今なお、世界で研究の対象となっていることが指摘された。また逆に、原爆投下や東日本大震災と原子力発電所の大事故といった、未曾有の災厄を経験した日本が、広く取り上げられていることが指摘された。加えて、問題としては世界に広く見出されるが、その表れが日本できわめて特徴的である諸現象、たとえば、少子高齢化や食糧安全保障といったことが、やはり対象になっていることが示された。以上は、日本自体においても盛んに取り上げられている諸問題であるが、そうではなく、内では取り上げられず、外からの目が見出しているものとして紹介されたのが、20世紀前半の日本で経済学が社会に果たした役割(ポーランドとの比較)と1960年代日本におけるベトナム反戦運動の問題であった。

④そのような社会科学研究における日本の位置づけということで議論されたのが、日本の特殊性(uniqueness)問題である。文化現象でとかく言われる、翻訳不可能なまでの特殊性は、社会現象では言われないし、言われるべきではないとの主張がなされた(‘空気を読む’の‘空気’をkûkiと訳してはならない)。それでも指摘されなければならない日本社会の特殊性は、絶対的ではなく、あくまでも相対的な特殊性なのであって、翻訳可能なものなのである(‘派閥’をintraparty factionと訳す)。ただし、その際の翻訳はそのつど暫定的で、よりよいものとなるように、常に改善されていかなければならないとも指摘された。そして、そのような努力を通じてのみ、日本を対象とする社会科学の研究成果は、世界に通用し、世界に教訓を与えるものとなりうるのである。

⑤さらに理論・方法ということで主張されたのは、一方で、研究の客観性ということから量的研究の重要性は動かないということであった。ただ、他方で、それに日本社会の相対的な特殊性を加味していくためには、質的研究も無視できないということが主張された。そして、ここで再び、その質的研究が通約不可能なものとならないためには、質的研究には理論化が伴われなければならないとの指摘もなされた。ワークショップではこうして、質的調査結果の記述だけでは満足せずに理論化を求める、(社会学での)グラウンデッド・セオリーの名が発せられることになった。つまり、日本を対象とする社会科学は、そこでグラウンデッド・セオリーが鍛えられ、その応用力を増していく場とも考えられるのである。

今回のワークショップを通して、日本研究の中でも社会科学の分野を専門とするヨーロッパの若手研究者の取り組みの最新の状況の一端が明らかになった。日本の国際的な存在感の低下に伴い日本研究の置かれた環境も悪化してきているヨーロッパにおいて、それでもパワフルな研究を遂行している若手研究者が集い、相互に、また助言者として参加したシニアの研究者と、交流を深め、今後の日本研究の展望を論じ合ったことは、今回のワークショップの大きな成果であった。

最後になるが、今回、聞き手として参加したシニアの日本研究者7名は以下である。
ジョゼフ・キブルツ(フランス、CNRS)
ラジ・シュタイネック(スイス、チューリッヒ大学)
エーリッヒ・パウエル(ドイツ、マールブルグ大学)
レギーネ・マチアス(ドイツ、ボッフム大学)
黒田昭信(フランス、ストラスブール大学)
小口雅史(法政大学)
安孫子信(法政大学)

(参加者一同)

【記事執筆:安孫子信(法政大学国際日本学研究所所員・文学部教授)、
鈴村裕輔(法政大学国際日本学研究所客員所員・名城大学准教授)】

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