外国人客員研究員研究成果報告会(2019.1.21)2019/02/05
日 時: 2019年1月21日(月)15時~16時
場 所: 法政大学九段校舎別館 研究所会議室6
報 告: 孔鑫梓(外文出版社)
司 会: 王 敏 (法政大学国際日本学研究所専任所員、教授)
法政大学国際日本学研究所では2018年10月2日―2019年2月1日の期間、中国国家留学基金管理委員会より、中国外文局・外文出版社所属の翻訳者である孔鑫梓女史を外国人受入研究員として受け入れてきた。このたび、4ケ月に亘る研究活動の終了に伴い、1月21日に孔鑫梓女氏の研究報告会を開催した。その時の研究報告を以下に掲載する。
王敏(法政大学国際日本学研究所専任所員、教授)
(孔鑫梓氏)
【研究報告】
1、翻訳について
『宮沢賢治の鳥』(国松俊英著、舘野鴻画、岩波書店、2017年)と『皇后陛下喜寿記念特別展 紅葉山御養蚕所と正倉院裂復元のその後』(宮内庁三の丸尚蔵館編、2012年)を日本語から中国語に翻訳する演習を行い、翻訳実践を通して次のことに対する認識が深まった。
優秀な翻訳者になるには、母国語と外国語の両方に精通しなければならない。母国語能力が低ければ柔軟かつ適切に翻訳できない。日本語の文体構造が中国語と異なるため、中国語能力が低ければ訳文の表現は不自然になり、硬い「翻訳調」的表現になりがちである。
また、異なる領域あるいは題材の本を翻訳するにあたって、あらかじめ関連資料を調べ、基礎知識を学ぶ必要がある。文学作品(詩など)の引用部分を翻訳する場合、引用された部分だけでなく、出典である文学作品を通読した上で翻訳に着手すべきである。
2、通訳について
王敏研究室主催の研究会における逐次通訳の練習を重ね、実践を通して通訳の責任を再認識した。
通訳者には、記憶の正確さ、反応の速さ、訳文の忠実さ、訳出語の適切さが求められる。通訳実践の積み重ねは、訳文の質を高め、技能を磨き、経験を得ることにつながる。
また、実践活動を重ねてはじめて通訳理論を再考し、通訳の技能をまとめることができる。たとえば、通訳内容に関する資料を大量に調べ、関連知識を事前に得ることは通訳者にとって必要不可欠な準備作業である。問題点を発見することによって解決策を見いだせることの重要性も確認した。
3、翻訳・通訳の実践から見る中日共有の歴史文化の重要性
翻訳・通訳実践活動を通して、皇后の養蚕から周恩来の詩<雨中嵐山>、日本における禹王文化、隠元禅師を中心とする黄檗文化まで多岐にわたる知識を勉強し、中日共有の歴史文化の交流史に対する理解を深めた。
ここでは皇后の養蚕を例に取り上げ、「日本におけるシルクロード文化」(王敏、「北京週報日本語版」、2016年1月25日付)と『皇后陛下喜寿記念特別展 紅葉山御養蚕所と正倉院裂復元のその後』(宮内庁三の丸尚蔵館編、2012年)を参照し、中日間の文化交流について述べてみる。
2014年2月19日から4月5日にかけてパリで「蚕―皇室のご養蚕と古代裂、日仏絹の交流」展覧会が開催され、その記念文集には「養蚕の起源は中国」と明記されている。中国から伝わった養蚕技術で、魏志倭人伝は卑弥呼が絹織物を献上したとあり、記紀によると、6世紀初頭には皇后自ら養蚕に努めたとある。
1871年に復活された宮中の養蚕は、皇室に継承される伝統文化の一つとなっている。美智子皇后がお育ての絶滅の危機に瀕している純日本種の「小石丸」から採られる生糸が正倉院の古代裂復元を果たされた。
正倉院は古代文化財の宝庫である。日本国内だけでなく中国(唐の時代)や西域(ペルシャなど)から輸入された工芸品なども所蔵されている。当時のシルクロード交易はユーラシア大陸の東西に広がり、その交易品が到達した最東端が正に日本の位置である。そのため奈良にある正倉院は「シルクロードの終着駅、東の終点」ともいわれている。
上述したように、中国から日本に伝わった養蚕は歴代皇后によって継承されてきた。現代社会において、「小石丸」の存在によって伝統文化を引き継ぐという新たな役割も見出した。シルクロードを通して伝わってきた中国文化は日本で根付き、日本の伝統文化に影響を及ぼしたといえる。また、皇室の養蚕による古代裂の復元はまさに中日共有の伝統文化を尊重し、歴史を鑑とする考え方の反映であると思われる。
4、研究会・学術活動、文化活動への参加について
国際日本学研究所の王敏研究室が主催、あるいは共催した学術活動に合計5回参加した。
1)「周恩来の詩<雨中嵐山>から隠元禅師へ」研究会(合計3回)
参照:http://hijas.hosei.ac.jp/news/20181107report1.html
2)「日中平和友好と人文交流の深化へ」ワークショップ
参照:http://hijas.hosei.ac.jp/news/20181218report.html
3)「人文社会科学領域における日中学術交流のあり方」
参照:http://hijas.hosei.ac.jp/news/20190117report.html
5、現地調査
王敏教授の論文「周恩来の嵐山考察と日本の禹王信仰――人民外交思想の形成要素について」(第五回周恩来研究国際学術研究会論文集、2018年11月)で考証された周恩来の「雨中嵐山」の「考察コース」を検証し、留学生時代の周恩来の足跡を追って京都で現地調査を行った。そこで周恩来の人間像が浮かび上がり、中日友好に挺身した日本留学の背景を再認識できた。
6、校閲と編集のトレーニング
トレーニングとして、論文集『平和の実践』(仮題)の収録論文の一部校閲・原稿整理を行った。
四ヶ月間の研修生活は過ぎ去れば短い印象である。この貴重なチャンスを活かし、学習しながら実践を積んだ。王敏教授をはじめとする法政大学国際日本研究所の方々に心から感謝する。どうもありがとうございました。
【記事執筆:孔鑫梓(法政大学外国人客員研究員、外文出版社)】
(会場の様子)