「国際日本学の方法に基づく<日本意識>の再検討−<日本意識>の過去・現在・未来」
アプローチ(1) 「<日本意識>の変遷−古代から近世へ」
トークセッション
日本人は日本をどうみてきたか
江戸から見る自意識の変遷
期 間 : 2015年3月26日(木) 19時00分〜20時30分
スピーカー :田中 優子(法政大学総長、国際日本学研究所所員、社会学部教授)
小林 ふみ子(法政大学国際日本学研究所所員、文学部教授)
横山 泰子(法政大学国際日本学研究所所員、理工学部教授)
会 場 : 法政大学市ヶ谷キャンパスボアソナードタワー3階マルチメディアスタジオ0300
文部科学省私立大学戦略的研究基盤形成支援事業「国際日本学の方法に基づく<日本意識>の再検討—<日本意識>の過去・現在・未来」は、2014年度をもって5年間の研究期間を終了した。そのうちアプローチ1「日本意識の変遷——古代から近代まで」では、そのおもな成果を『日本人は日本をどうみてきたか—江戸からみる自意識の変遷』(笠間書院、本年3月刊)としてまとめて公刊した。
去る3月26日(木)には、刊行を終えて、この研究の中心となってきた当初のアプローチリーダー田中優子氏(総長、国際日本学研究所所員、社会学部教授)、横山泰子氏(国際日本学研究所所員、理工学部教授)、アプローチリーダーを引き継いだ小林ふみ子(国際日本学研究所所員、文学部教授)の3名で、研究の発端、5年間の経緯からその成果、これからの展望を話しあう刊行記念トークセッションを実施し、おもに以下のような問題を語り合った。
本研究所において「日本のなかの異文化」として蝦夷・アイヌの問題や琉球のことを研究してきたという研究所としてのそれまでの研究経緯と、現代の日本で一部においてナショナリズムが高まっていることを意識しての問題設定であったこと。当初はこの課題を考えるのに、まず対外意識との表裏で考える発想がわれわれの間にも抜きがたくあったこと。3・11を経て研究の今日的意義を強く意識するととともに、「国」への意識は、対外的な意識の高まりだけではなく、「国難」という言葉が端的に表すような、自然災害・疫病の流行などさまざまな意味での危機意識が喚起するものであることに気づいてその研究に取り組んだこと。研究を進める過程で、もともと中国にあった華夷意識を移入し、日本型華夷意識を形成してきたことが、国内でもさまざまな次元で都—鄙の関係で土地を序列化して考える構造につながっている可能性が考えられたこと。またその問題は東アジア内外の比較によってさらに考える余地があるのではないかということ。
このような日本型華夷意識とその余波が、何らかの対外的危機感の高まる時期だけではなく、大衆文化を通じて日常的に諸階層に広まっていたということの問題はまさに現代の東アジア各国間の問題の根として考えるべきことである。また本研究において見いだされた琉球やアイヌを周縁化する視線の浸透も今日につながる重要な問題である。さらに本研究において取りあげた、いずれも日本的特質を言い表すとされてきた「和の国」「武の国」という発想が、武威による泰平として根底でつながるものであり、しかも今日も用いられがちなこうした理屈が近世当時すでにあったということも現代を考える視点となる。また対外的意識において不利が感じられると異次元の論拠をもちだして非対称的な関係を無化しようとした幕末の事例も現代人の発想と無縁ではない。このように今日のナショナリズムをめぐる諸問題を、この研究で見いだされたいくつかの視角に根ざすものとして近世まで遡って考えることで得られるものもあるのではないか——など、さまざまなことを論じた90分であった。
このトークセッションを締めくくったのは田中優子氏の「研究は乗り越えられるために公刊する」という言葉であった。これを起点として、さらに新たな研究プロジェクトをスタートさせていきたい。
このトークセッションについては、本学HP総長日誌2014年3月26日にも取りあげられています。
http://www.hosei.ac.jp/gaiyo/socho/diary/2014/03.html
【記事執筆:小林ふみ子(国際日本学研究所所員、文学部教授)】
左から:小林ふみ子 田中優子 横山泰子(スピーカー)