【開催報告】国際日本学研究所主催 新しい「国際日本学」を目指して(13)公開研究会「海外に普及した日本のアニメ-インドネシアにおける『NARUTO-ナルト-』の受容-」2022年2月26日(土)2022/03/04
法政大学国際日本学研究所主催
新しい「国際日本学」を目指して(13)公開研究会
2022年2月26日(土)14時~15時30分 オンライン(ZOOM)にて開催されました。
■報告者 イルマ・サウィンドラ・ヤンティ
※英語での報告 (法政大学国際日本学研究所客員学術研究員・インドネシア大学人文科学部講師)
■司会 横山 泰子(法政大学国際日本学研究所長・理工学部教授)
■通訳 髙田 圭(法政大学国際日本学研究所専任所員)
■コメンテーター 鈴村 裕輔(法政大学国際日本学研究所客員所員・名城大学外国語学部准教授)
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【開催報告】
Ilma Sawindra Janti
The Spread of Japanese Animations Abroad
The Acceptance of “Naruto” in Indonesia
2011年、日本政府は、前年に経済産業省に設置したクール・ジャパン海外戦略室をクリエイティブ産業課に改組した。これは、日本の文化を外国に輸出することで外国人の訪日を促し、日本の経済の発展と活性化を図る、いわゆるクールジャパン政策の本格化を示す者であった。クールジャパン政策は日本の漫画、アニメ、映画、テレビドラマ、ファッション、食文化や他の文物が世界中に普及することで日本文化の産業化を目指す政策であった。
クールジャパン政策を考える際に重要な手掛かりを与えるのが、ダグラス・マクグレイが2002年にAmerican Journal Foreign Policyに発表した論考“Japan’s Gross National Cool“(「日本のグロス・ナショナル・クール」)である。この論文の中で「1980年代に経済超大国となった日本は、今や世界中でポピュラー・カルチャーが普及することで文化的な超大国となった」とするマクグレイは、”Gross National Cool”をソフトパワーの一つの形態と定義する。周知の通り、ソフトパワーはジョセフ・ナイが提唱した概念であり、ある国が自国の文化や価値、外交政策などを通して他国の人々を魅了する力を示すものである。そこで、今回の報告では日本のソフトパワーの中でも日本のアニメ、特に岸本斉史が1999年から2014年まで『週刊少年ジャンプ』に連載し、全72巻の単行本が刊行された漫画『NARUTO-ナルト-』(以下『NARUTO』)に基づくテレビアニメがインドネシアでどのように受容され、普及したかを取り上げる。
日本の独自の文化である忍者の生きざまを描く『NARUTO』は、インドネシアにおいては青山剛昌の『名探偵コナン』とともに最も支持率の高い作品である。また、タイ、ベトナム、マレーシア、インドネシアの東南アジア4か国を対象とした調査の中で、最初の3か国は藤子・F・不二雄の『ドラえもん』が最もよく好まれているのに対し、インドネシアでは『NARUTO』が支持を集めている。また、日本、中国、マレーシア、インドネシアの4か国において『NARUTO』の印象を調査した結果、インドネシアは6つの調査項目のうち、「知的な」「オリジナリティーのある」「新しい」「親しみのある」の4項目について調査対象国の中で最も高い数値を記録している。こうした点から、インドネシアでは『NARUTO』が最も親しみのある作品であることが分かる。今回の報告では、インドネシアの大学生に最初にどのアニメが好きかを質問し、次に最初の質問で選択されたアニメについて追加の質問を行っている。また、『NARUTO』の映画『ROAD TO NINJA -NARUTO THE MOVIE-』(2012年)を視聴した。
『NARUTO』の原作は全700話からなり、落ちこぼれ忍者・うずまきナルトが諸国の忍と戦いつつ、一人の人間としても忍としても成長する様子を描く作品である。前半(第1話から第238話)は幼年期のナルトの活躍を取り上げ、5話の「外伝」を経て後半(第245話から第700話)では青年期のナルトの姿が描かれる。テレビ東京で2002年から2017年まで放送されたアニメ版では、前半が5年、後半が10年にわたり放送されている。
インドネシアで『NARUTO』が初めて放送されたのは2003年のことで、放送局はトランス・テレビであった。その後、2007年にはグローバル・テレビとインドシアル・テレビで放送され、2008年からはアニマックスが放送している。この間、2004年には『NARUTO』の内容に暴力的な表現が含まれているとして放送審査委員会により放送停止処分が下されている。
インドネシアの大学生に行った調査では、アニメ版『NARUTO』を初めて視聴した年齢として回答があったのは5-10歳が最多であった(有効回答数:55件)。また、インドネシア語の字幕ではなくインドネシア語の吹き替えで視聴する者が16.1%であることが分かった(有効回答数:56件)。字幕の作成を担当したのは1社であったのに対し、吹き替えは放送局ごとに制作者が異なっていた。
こうした調査から『NARUTO』がインドネシアで親しまれていることが明らかになるとともに、実際にインドネシアの人々の生活を確認すると、様々な場面に『NARUTO』が浸透していることが分かる。例えば、身分証にナルトの額当ての渦巻き模様を印字した青年がいたり、小学校で忍の印の結び方の講習会が開かれたり、両腕を後ろに伸ばす忍の走り方で競争を行う催しが行われている。また、インドネシアの研究では、『ナルト』を視聴したインドネシアの子どもは、日本の生活様式や倫理、心のあり方、文化などをよりよく理解する機会を得ているとしている(Imam Musbikin, Anakku Diasuh NARUTO. 2009)。
ところで、『NARUTO』では神話や古典文学からの引用や翻案が重要な要素として用いられている。例えば、『古事記』からの引用としては、瞳術「イザナギ」「イザナミ」「天照」「須佐能乎」「月読」などである。また、1839(天保10)年から1868(明治元)年まで美図垣笑顔らが手掛けた合巻『児雷也豪傑譚』は、伝説の三忍の一人でナルトの師でもある自来也を主人公とした「自来也豪傑物語」として翻案されている。
このように、『NARUTO』の物語はインドネシアの子どもたちに広く受け入れられるとともに、『NARUTO』を視聴して成長した人々に好ましい印象を与えて来た。しかも、10年以上にわたり番組が放送されてきたことで、『NARUTO』はインドネシアの子どもたちの生活の一部になっているかのようである。現在、子ども時代に『NARUTO』を視聴した世代が成長し、日本の文化をよりよく知ろうと日本語を学んでいる。その意味で、『NARUTO』はインドネシアにとって日本を身近に感じさせるために重要な役割を果たしていると言えるだろう。
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鈴村裕輔 「コメント 『NARUTO -ナルト-』の特徴/アジアにおける日本の漫画・アニメの普及/世界各地における日本の漫画・アニメの普及」
「物語の構造」としては、物語全体の枠組みでは「友情・努力・勝利」という『週刊少年ジャンプ』の雑誌としての基本的な理念を踏襲するとともに、「友情・努力・勝利」の中でも、特に強調されるのが「友情」の価値が置かれていること確認された。また、「物語の展開」については、登場人物の行為を収集・分類すると、日本の漫画やアニメーションに典型的な展開([1]秩序/平和、[2]対象/困難の提示、[3]通常努力による戦闘と敗退、[4]工夫・努力・訓練、[5]再戦と勝利、[6]秩序/平和の回復)を再現している(参照 高田明典『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』大学教育出版、2010年)。
さらに、アジアにおいて日本の漫画・アニメは藤子・F・不二雄の『ドラえもん』を通して各国に普及し、主な読者・視聴者は、1980年代から1990年代にかけて家庭にテレビを所有していた新興富裕層であったこと(参照 白石さや『グローバル化した日本のマンガとアニメ』学術出版会、2013年)、その一方で日本の漫画やアニメは国や地域ごとに普及の方法が異なり、普及を一元的に担う主体が不在であったことが指摘された。
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その後の質疑応答でも、インドネシアにおいては 『NARUTO-ナルト-』が持つ「伝統と進歩の融合」への評価や多民族・多言語国家であるインドネシアにおいて、日本の漫画やアニメが果たす役割などについて意見が交換された。
以上のように、『NARUTO-ナルト-』がインドネシアに与える影響を検討することで、日本の漫画やアニメーションが持つ役割や可能性が実例とともに確認された。そして、結果として漫画やアニメーションが単なる娯楽ではなく日本の魅力をより具体的に伝える媒体となることが示され、国際日本学研究の可能性を広げる報告となった。
【執筆:鈴村裕輔(法政大学国際日本学研究所客員所員・名城大学外国語学部准教授)】