辻英子氏講演会『シーボルト旧蔵大英図書館所蔵『地蔵菩薩霊験圖』について』(2011.10.14)

平成22年度文部科学省「国際共同に基づく日本研究推進事業」
法政大学国際日本学研究所「欧州の博物館等保管の日本仏教美術資料の悉皆調査とそれによる日本及び日本観の研究」

講演会
『シーボルト旧蔵大英図書館所蔵『地蔵菩薩霊験圖』について』


日 時  2011年10月14日(金) 17:00〜19:00
会 場  法政大学九段校舎3階 遠隔講義室
報 告  辻 英子 (聖徳大学人文学部日本文化学科教授)
挨 拶  安孫子 信 (法政大学国際日本学研究所所長、教授)
司 会  ヨーゼフ・クライナー(法政大学国際日本学研究所兼担所員、国際戦略機構特別教授)

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 報告:辻 英子教授(聖徳大学)

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開会挨拶:安孫子 信所長

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司会:ヨーゼフ・クライナー特別教授 

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質疑応答の様子(左:石川透教授 慶應大学)

今回の講演会は、文部科学省の「国際共同に基づく日本研究推進事業」に採択された、平成22-24年度にかけて行われる法政大学国際日本学研究所「欧州の博物館等保管の日本仏教美術資料の悉皆調査とそれによる日本及び日本観の研究」の一環として企画された。三回目の講師は聖徳大学人文学部日本文化学科教授の辻英子氏が務めた。本プロジェクトの主旨に沿い、ヨーロッパの各美術館・博物館に所蔵される日本美術作品の現地調査を踏まえ、その中から「仏教関係の絵巻」について講演をおこなった。講演の論題は「シーボルト旧蔵大英図書館所蔵『地蔵菩薩霊験圖』について—フリーア美術館所蔵『探幽縮図』および東京国立博物館所蔵『地蔵佛感應縁起』をめぐって—」である。

講演の概要は以下の通りである。

イギリス・大英図書館での現地調査において発見された『地蔵菩薩霊験圖』(以下、大英本)が、どのような新知見をもたらしたのかを考察する。大英本(縦33㎝、全長1056㎝)は、紙本淡彩色で、十一段十一図から成る。巻子装であったものを折本状に仕立て直されている。内容は北宋常謹撰『地蔵菩薩像霊験記』に基づく物語である。跋によると、元応のころ(1319−21)に、絵は巨勢光康、詞書は卜部兼好が担当した絵巻を、文化五年(1808)に沢﨑右門が写したことがわかる。大英本はシーボルト旧蔵で、1868年に同図書館の所蔵になった。

本絵巻と深く関わる作品として、東京国立博物館所蔵の『地蔵縁起』一巻と『地蔵佛感應縁起』一巻(以下、東博本)が知られ、『地蔵縁起』の内容は東博本に続くとみられる。大英本の内容は東博本に一致し、両者は同一の祖本を忠実に模している。しかし、梅津次郎氏の指摘によれば、東博本には詞書と絵が脱落している部分があるといい、その内容は不明であった。大英本の調査によって、脱落部分の存在が確認され、梅津氏の指摘の正当性が証明されるとともに、東博本の脱落部分に新たな資料を提示することが可能になった。大英本は東博本の脱落部分を有するので、原本により近い姿を留めていると考えられる。

次に、アメリカ・フリーア美術館所蔵の絵巻をみていきたい。同館には、大英本と関連する二つの絵巻があり、一つは『探幽縮図』と呼ばれる小絵巻で、大英本の「地蔵農夫にかはりて疵をかうふりたる事」の段のみの絵と詞書を収めている。もう一方は絵を住吉慶恩、詞書を慈鎮和尚と伝える『地蔵菩薩縁起』(以下、フリーア本)で、ちょうど『探幽縮図』が収録する部分では詞書が失われ、絵のみが残っている。このことから矢代幸雄氏は、『探幽縮図』は『地蔵菩薩縁起』の今は失われている詞書を模したものとし、『探幽縮図』とフリーア本は伝来を同じくしたと結論された。一方、梅津氏によれば、『探幽縮図』は東博本の祖本と思われる江戸時代に焼失した片山本の写しであるとし、両者は伝来をともにしたものではないという。梅津氏の片山本の写しかどうかは確かめることはできないが、両者が伝来を異にすることは首肯される。そのことを念頭に置いて、『探幽縮図』の詞書の模写姿勢を大英本と比較すると、大英本と東博本との近似性は『探幽縮図』に比べると密と言える。同様に、絵についても比較を試みると、『探幽縮図』の絵は、大英本と東博本に図様も彩色も一致するので、同系統の略模本であり、フリーア本はこれらとは系統を異にすると考えられる。最後に、一連の絵巻の系統について考察する。東京芸術大学所蔵の『古畫地蔵縁起』(以下、芸大本)は、絵だけの模本であるが、大英本や東博本等とともに『地蔵菩薩像霊験記』の内容を描いている。芸大本と大英本を比較すると、図様が一致するところもあれば、違う部分もみられることから、この二つは別系統の絵巻であることがわかり、二種類の系統の絵巻の存在が考えられる。大英本の出現によって、東博本の脱落部分を補完し、大英本、東博本と『探幽縮図』がフリーア本と別系統の絵巻であり、芸大本と大英本も系統を異にするということが明らかになった。大英本は国内に存在しない資料を提示するもので、これまで知られていた作品の再評価にもつながった。今後、本プロジェクトにおいても、現存する作品の再評価につながるような発見があることを期待したい。

なお、「大英博物館蔵『ゑんの行者』絵巻にみる王土王民思想と王法仏法相依論」や「ベルリン国立アジア美術館所蔵『扇面 平家物語』より「物怪之沙汰」」のように、ヨーロッパに所蔵される絵巻の多角的な研究手法をも披瀝され、大変有意義なものとなった。

【記事執筆:神野祐太(法政大学国際日本学研究センター客員研究員)】