第5回東アジア文化研究会(2011.8.3)

国際日本学の方法に基づく〈日本意識〉の再検討−〈日本意識〉の過去・現在・未来」
研究アプローチ(3)「〈日本意識〉の現在−東アジアから」
2011年度 第5回東アジア文化研究会

中国研究者から見た日本経済の歩み
—楊棟樑著『日本近現代経済史』の査読を通じて—


  • 報告者: 郭 勇 (法政大学国際日本学研究所客員学術研究員・大連民族学院外国言語文化学院 講師)
  • 日 時: 2011年8月3日(水)18時00分〜20時00分
  • 場 所: 法政大学市ヶ谷キャンパス58年館2階 国際日本学研究所セミナー室
  • 司 会: 王 敏 (法政大学国際日本学研究所教授)

左:王 敏教授、右:郭 勇氏

郭 勇氏

会場の様子

中国研究者から見た日本経済の歩み
—楊棟?著『日本近現代経済史』の査読を通じて—

  野口悠紀雄氏が提言する「1940年体制」において、「戦時体制は、戦後日本の高度成長の現実に本質的な役割を果たした。さらに70年代の石油ショックへの対応も40年体制があったからこそ可能になったものだ。また、80年代後半のバブルは、この体制の矛盾が噴出したものと捉えることができる」、と述べている。ここでは、1940年体制の是非はともかく、日本現代経済を研究する際、戦後に重点を絞るだけでなく、戦時経済、さらに20年代までさかのぼる必要性を示唆しているのではないかと思う。

「経済史」は「広義の経済学」の一環で、現代の経済に対象を絞る「狭義の経済学」の中にだけ閉じ込められるべきではない」と永原慶二氏が主張するように、経済学研究において、経済史は極めて重要な地位を占めているのである。さまざまな資料を照らし合わせ、本当の事実を追求し、最後にそれを理論化するのが一般的である。

では、何故日本なのであろうか。中国の立場において、日本経済史研究の重要性はどこにあるのであろうか。この本の著者楊棟梁氏は次のように述べている。「日本経済の現代化過程が世界に見せたのは後発国としての『追い越せ』経済モデルであり、生産効率化を目標とする技術革新はこのモデルの中核的な存在である。しかし、技術革新などは『官主導』と『組織された市場』のもとで実現したもので、今では変わらざるを得ない状況にあって、日本がどのように対応していくのか中国経済には非常に参考になる」。

日本でもはやっていたマルクスの発展段階論から見ると、西洋の学者が考え出した学説がアジアでもっとも早く先進国になった日本の経済史を裏付けられるかどうか、あるいは、日本人学者の間でどのように認識されているのか、日本の隣国である中国の立場に立って研究するのは、非常に面白く、やりがいのあることである。

著者が「一本の幹線、二本の経済発展進路、三度の制度変革、四つの分析角度」ということを意識しながら本書を作成したことがこの本を読んだあと、よくわかった。一本の幹線というのは、官主導経済社会システムのことである。各時代において、日本政府がどのように日本社会経済に影響を及ぼしたかを本書の幹線とし、この幹線上で、さまざまな論題を、つまり横道を構造的に結んでいる。日本の経済発展進路というのは、一つは明治初期の文明開化に伴い、明治政府が殖産興業、富国強兵、脱亜入欧などの政策を推進し、世界列強になり、それから戦争の道を選んで最終的に敗戦してしまうという進路と、第二次世界大戦後、日本が平和国家への道を辿り、大きな経済発展を遂げてきたという進路のことであり、この二本の「道」で本書のアウトラインを描いている。 三度の制度変革というのは、 明治維新を通じて行われた社会変革、戦後型体制の立ち上げにより、ファシズムの終焉を迎える制度変革、そして今でも行われている「平成改革」のことである。四つの分析角度とは内外の態勢はどうなっているのか、どんな条件で制約されているのかという「条件制約」、社会及び経済制度はどういった変化があったのかという「制度変遷」、「経済進路」はどうなっているのか、そして行政の実績を分析、評価する「実績評析」のことであり、この四つの分析角度から本書を作成したと著者は前書で述べている。さらに、著者は本書の特徴を包括性、系統性、アカデミック性を重視したことにあると述べている。

本書は、第二次世界大戦終戦というところで二つに区切られ、主に日本における資本主義の成立、産業革命、独占資本主義、国家独占資本主義という流れで、日本の近代経済を解説している。大戦後の部分は戦後復興、高度成長、経済大国期、調整改革期の五段階で論じている。現代世界の経済は資本主義経済が主流であるため、この意味では日本資本主義の発展に重点を置いて考察、研究するのは当然であろう。しかし、日本における資本主義の成立期から現代に至るまでの長期にわたる日本経済史をこのような一冊でどの程度纏められるのかと思われるであろうが、実は、中国における日本経済史研究の現状から見ると、明治時代からの日本経済史の諸段階を均等的に取り扱い、それぞれの段階の経済過程が次の段階あるいはその先の日本経済社会にどのように影響し、またどのように規定したのか、という視点から、本書では歴史的諸段階を設定し、経済社会の構造を大量のデータと史実に基づいて明らかにすること自体はむしろ52万字にも及ぶ本書の特徴の一つとすべきだと思う。これまで日本で最も有力な発展段階論としての地位を占めてきたのは、マルクスの社会構成体論だった。しかしながら、こうした社会構成対論は、日本の歴史学界においてさまざまな批判を受けたようである。確かに西欧を中心とするマルクス主義理論は日本社会においてそのまま通用しにくい面もあるようであるが、マルクス発展段階論は古代以来の世界史の発展の大筋をつかむうえで最も包括的で、高レベルの理論であることは否定できないであろう。

本書の特徴のもう一つとして、日本経済史の展開を法則性と特殊性を重視し、一貫した形で把握することにあると思う。たとえば、本書には、可能な限り諸段階の社会的生産の様式、を明確にすることがある。人間の行う個々の生産活動を可能な限りありのままに追及することは本書のような通史では決してできないが、大量の先行研究の成果をふまえて、社会的生産の態様を大筋捉えることはできていると思う。たとえば、幕末の社会的生産様式について、著者は、「資本主義生産様式はすでに出現しているが、しかしまだ家内制手工業から工場制手工業になる過渡的な段階にある」と述べている。さらに、経済史を語るに当たり、単に自然成長的な経済発展の問題として捉えることは全く不可能であり、内外の政治的契機によって、経済のあり方も常に大きく影響を受けていることは言うまでもない。近代なら支配体制、社会的分業、身分編成、階級状況、また現代に入ると政府がとる経済政策、世界的政治態勢などを考慮しなければならない。本書はこうした考えに基づき、日本経済発展における諸問題だけでなく、社会的、政治的な問題にも必要な限り触れている。

【記事執筆:郭 勇(法政大学国際日本学研究所客員学術研究員
大連民族学院外国言語文化学院講師)】