【開催報告】アプローチ(4)2014年度国際シンポジウム(2014.6.12)報告記事を掲載しました2014/06/20

2014年度国際シンポジウム
受容と抵抗ー西洋科学の生命観と日本

日 時 2014年6月12日(木)12:50〜20:30

報告者
アラン・ロシェ(高等研究実習院[フランス])
ポール・デュムシェル(立命館大学)
ドミニック・レステル(パリ高等師範学校[フランス]/東京大学)
木島泰三(法政大学)
金森修(東京大学)
村上靖彦(大阪大学)
米山優(名古屋大学)
檜垣立哉(大阪大学)
チエリー・オケ(リヨン第3大学ジャン・ムーラン[フランス])

場 所
法政大学市ヶ谷キャンパス・ボアソナード・タワー25階
イノベーション・マネジメント研究センター セミナー室

司 会安孫子 信(法政大学国際日本学研究所所員、文学部教授)

企 画安孫子 信(法政大学)/ チエリー・オケ(リヨン第3大学)

国際シンポジウム「受容と抵抗−西洋科学の生命観と日本」では、「生命」の科学的な解明と技術的な管理とが格段に進行している現状を踏まえ、西洋科学に発するこのような「生命」へのアプローチに、<日本>がどのように反応してきたか、また反応しているのかが、思想史、科学史、精神医学、技術論など多くの観点から検討された。具体的には、日本、フランス、カナダの研究者計9名が、(1)日本的心性と「生命」、(2)現代日本社会における「生命」、(3)日本の哲学的技術論と「生命」の3つの部門に分かれて報告を行った。本シンポジウムの企画は安孫子信(法政大学)とチエリー・オケ(リヨン第3大学ジャン・ムーラン)が行い、当日の司会は安孫子信が担当した。なお、発表はフランス語ないし英語で通訳なしで行われたが、日本語訳が配布され、質疑応答については日本語への通訳が行われた。
各報告者の発表の概要は以下の通りであった。

第1部 日本的心性と「生命」
(1) アラン・ロシェ(高等研究実習院[フランス])/江戸思想における生気論の二つの源流
江戸時代日本における佐藤信淵を一つの頂点とする生気論を対象に、それが、平田篤胤、二宮尊徳、会沢正志斎らが連なる「ムスビ」(産巣)の思想の系譜と、儒学と道教という中国思想の系統とが合流して形成されたものであることを確認した。そして、江戸時代の生気論が、マックス・ウェーバーが魔術対脱魔術化の対比に基づき示した四類型とは異なる背景から生じたものであることを明らかにした。

報告者:アラン・ロシェ氏(高等研究実習院[フランス])

(2) ポール・デュムシェル(立命館大学)/ロボヴィー
ロボット学者の石黒浩が自分の姿に似せて作った人間型ロボットGeminoïd(ジェミノイド)について「ジェミノイドに最期の時が来たら高野山に葬りたい」と述べたことを手掛かりに、墓所に人間だけでなく、車やロケット、ポンプ、あるいは殺虫剤で殺された虫の墓も作る日本人の心性、とくに、ロボットと人間とを結びつける日本人の死生観とはどのようなものであるのかが検討された。


報告者:ポール・デュムシェル氏(立命館大学)

(3) ドミニック・レステル(パリ高等師範学校[フランス]/東京大学)/わが友ロボット
たまごっちやロボット犬アイボ、あるいはファービーといった「友だちロボット」が日常生活の中に普及し、「ロボットを友だちとみなす」という奇妙な現象が一般化しているかのような日本の現状が、「友だち」や「友情」の伝統的概念の積極的な拡大の結果なのか、あるいはこれらの概念の無理解の結果なのか、が検討された。

報告者:ドミニック・レステル氏(パリ高等師範学校[フランス]/東京大学)

第2部 現代日本社会における「生命」
(4) 木島泰三(法政大学)/’natural selection’の日本語訳と社会ダーウィニズムの残留
ダーウィンの進化論の根幹をなすnatural selectionの日本語訳としては伝統的に「自然淘汰」と「自然選択」の二つがあることに注目し、「淘汰」と「選択」の語義の変遷と、それぞれの語が選ばれた際の含意の相違を検討した。また、日本では「淘汰」の語が生物学だけにとどまらず、経済や教育といった社会の諸分野でも広く応用されていることが確認された。

報告者:木島泰三氏(法政大学)

(5) 金森修(東京大学)/現代日本の生政治学
1960年代に社会問題化し、「薬害の原点」とも評されたスモン薬害事件と、2011年3月11日に発生した東日本大震災による福島県における原子力発電所の事故を取り上げ、市民一人ひとりの福祉よりも企業の権益や専門家たちの内輪の人脈、利益が優先される日本の社会の状況と、そのようなあり方を許す日本の生政治学(biopolitics)の実相が検討された。さらに、原子力問題に関しては、中立であることが期待されている国際的な機関も利権を優先して行動することが指摘された。

報告者: 金森修氏(東京大学)

(6) 村上靖彦(大阪大学)/精神科病院における移行空間—或る日本の精神科病院を事例として
日本のある公立精神科病院で行った実地調査および看護師とのインタヴューをもとに、患者と看護師との関係、患者と外の世界とのつながり、そして患者にとっての病院のあり方が検討された。その結果、精神科病院が患者を外界から隔絶し、病院の内部に拘束することを目的とするのに対して、看護師たちが患者との日々の接触を通してその制約を外そうと取り組んでいることが示された。

報告者:村上靖彦氏(大阪大学)

第3部 日本の哲学的技術論と「生命」
(7) 米山優(名古屋大学)/西田における生命と技術
西田幾多郎の生命観、技術観を対象に、科学による物質や生命への態度と、科学的な「手続き」を進める主体がいかにして形成されたかが、「歴史的地盤」に遡って検討された。そして、意識するものと意識されるものは自覚によって包含されると考えた西田は、身体や行為から離れ、身体や行為を支配しようとするかのような科学に危いものを認めていたことが示された。

報告者:米山優氏(名古屋大学)

(8) 檜垣立哉(大阪大学)/三木清の技術論
三木清の技術論の検討を通して、それが、構想力についての独自の視点に基づき、西田幾多郎的な行為的直観を補完する「形」の論理としての意味を有するものであることが確認された。そして、ある「形」から別の「形」へと変化するtransformation論が三木技術論の核心であることが示された。

報告者:檜垣立哉氏(大阪大学)

(9) チエリー・オケ(リヨン第3大学ジャン・ムーラン[フランス])/黒川紀章の共生の哲学
「機械の時代」から「生命の時代」への移行を目指す共生(symbiose)の哲学を提唱した建築家黒川紀章を取り上げ、二元論を批判するために「日本的」という点が強調された理由が検討された。さらに、黒川の代表的な取り組みであるメタボリズム運動について、普遍性を追求する「機械の時代」から「機能」ではなく「意味」を前面に据えようとした「生命の時代」の建築思想の意味が考察された。


報告者:チエリー・オケ氏(リヨン第3大学ジャン・ムーラン[フランス])

以上のような9件の発表とその後に行われた発表者と参加者との間の真摯な討論を通して、西洋科学の「生命」へのアプローチが導入される際にそれが日本の実態に即して理解されていったことや、「生命」をめぐる日本の科学的議論の中に西洋の議論では欠落している観点が含まれていること、さらには、日本に独特な「生命」の思考が日本だけにとどまらず世界に広まりを見せていること、などが明らかにされた。こうして、本シンポジウムでは、「国際日本学の方法に基づく<日本意識>の再検討—<日本意識>の過去・現在・未来」という研究課題に沿って、とくに「生命」を巡る<日本意識>について、それの過去と現在が確認され、さらにそれの未来が展望されたのである。
なお、本シンポジウムで発表された内容は論文化され、2014年度中に論文集として刊行される予定である。

【記事執筆:安孫子信(法政大学国際日本学研究所所員、文学部教授)
鈴村裕輔(法政大学国際日本学研究所客員学術研究員)】

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研究アプローチ(4)
国際シンポジウム「受容と抵抗―西洋科学の生命観と日本」(2014年6月12日)
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