第5回東アジア文化研究会『格差社会化と「下からのナショナリズム」』(2012.8.1)

「国際日本学の方法に基づく〈日本意識〉の再検討−〈日本意識〉の過去・現在・未来」
研究アプローチ(3)「〈日本意識〉の現在−東アジアから」
2012年度 第5回東アジア文化研究会

格差社会と「下からのナショナリズム」
〜ナショナリズム論からの日中欧の比較考察〜


  • 日 時: 2012年8月1日(水)18時30分〜21時15分
  • 場 所: 法政大学市ヶ谷キャンパス ボアソナードタワー25階B会議室
  • 講 師: 安井 裕司(法政大学国際日本学研究所客員学術研究員、早稲田大学エクステンションセンター講師)
  • 司 会: 王 敏 (法政大学国際日本学研究所専任所員、教授)
安井 裕司 氏

安井 裕司 氏

講義の様子

講義の様子

会場の様子

会場の様子

世界はグローバル化によって「フラット化」(T.フリードマン)しているとされる。現実に、先進国から途上国への直接、間接投資の増加によって資本が移動し、国家単位に考察すれば南北格差は縮小していると言える。しかし、同時に、グローバル化は大都市を中心にクリエイティブな仕事に従事するエリート層「クリエイティブクラス」(R.フロリダ)を生み出しており、大都市の成功者と非成功者、一国内の大都市と地方の「格差」が拡大している。
フロリダの試算によれば、「クリエイティブクラス」に属する人々は、全世界で1億から1億5千万人に限定され、約70億人の世界人口においては少数となっている。大多数の人々はグローバル化の中で成功を収めることができず、世界の「フラット化」の結果として、各国の国内が「格差化」しているのである。
社会がグローバル化によって「格差化」されると、グローバル化の中で「勝てない人々」がグローバル化に対峙する急進的な「下からのナショナリズム」に引き寄せられていく、もしくは彼ら自身がナショナリズムの原動力となる可能性が高まる。
上記の現象を、ナショナリズム論におけるT.ネアン、M.ヘクター等の学説を応用して考察すれば、産業化(グローバル化)における不均衡発展に基づく各国の「格差」は政治的には「下からのナショナリズム」を誘発する内的条件となり、国際関係上の外的要因が加わることで政治現象となり得る。
しかしながら、現実には、大きな不均衡発展に伴って「格差化」している全ての地域において「下からのナショナリズム」が生み出されておらず、「格差」の大きさは、「下からのナショナリズム」勃興の絶対条件にはなってはいない。
むしろ、ここでは「格差」の大小よりも、その「可視化」に着眼する必要がある。「フラット化」をもたらすグローバリゼーションは、ヒト、モノ、カネの拡散によって共通の価値観を世界に広め、「格差」を「可視化」しているのである。そして、政治的には、「格差」が「可視化」される中、グローバル市場、もしくはグローバル市場に大きく影響される国内市場において「勝てない人々」によって、「下からのナショナリズム」が起こされていく、もしくは彼らが急進的な民族主義(+社会主義)を掲げる政党に共鳴していく状況が生じる。
「下からのナショナリズム」発生条件を纏めると以下となる。
(1)グローバル化の進展
(2)世界の「フラット化」と「クリエイティブクラス」の登場
(3)国内の格差化
(4)非「クリエイティブクラス」に格差が可視化する
(5)国際問題、対外問題の発生
本報告ではケーススタディとして、2012年4月のフランス大統領選挙(第一回投票)、2012年5月のギリシャ総選挙、2010年9月の中国の尖閣諸島問題に焦点を当てた。
フランスでは「格差化」が進み、その「格差」が「可視化」される中で、大統領選挙が行われ、「格差」の外的要因としてEU、グローバル化を批判する右翼「国民戦線」と左翼「左翼戦線」が、得票率にして合わせて29%、約1,040万票を獲得した。両党は互いに反目しながらも、支持者の社会階層は重なり、政策は共に民族主義的であり、また社会主義的であった。極左、極右と大別されながら、そこには共通項として急進的な「下からのナショナリズム」を見出すことができる。
財政赤字解消のために、厳しい緊縮財政を強いているギリシャにおいても、5月の総選挙ではグローバル化に対峙する極左、極右勢力がEUやIMF等の緊縮財政政策を批判する形で「下からのナショナリズム」として民族主義と社会主義を併せ持って台頭した。
また、2010年9月、尖閣諸島を巡る日中両国間の対立を理解する上でも「格差」は見逃せないファクターとなっている。中国側での反日運動は主に相対的貧困地域である内陸部で発生していたが、同時期、比較的豊かな上海や北京では上海万博やフィギュアスケートGS中国杯が平和裏に開催されていた。内陸部の諸都市は発展著しい中国において北京や沿岸部との「格差」が著しく、またその「格差」が農村部よりも「可視化」し易い地域であったと言える。故に、尖閣諸島問題(外的要因)をきっかけに「下からのナショナリズム」が顕在化したと仮定することができる。
最後に、尖閣諸島問題を日本側から分析すれば、2010年における相対的貧困率は過去最高の16%(厚生労働省)、生活保護受給者も2012年3月において過去最多の210万8,096人、受給世帯数も152万8,381世帯(厚生労働省)と、日本も着実に格差社会への道を歩んでいる。しかし、2011年10月−11月に実施された『国民生活に関する世論調査』(内閣府)によれば、全体として65.6%が現在の生活に満足しており、20代女性の満足度は80.7%に至る。つまり、「格差」の「可視化」は十分にはなされておらず、故に、尖閣諸島等の領土問題(外的要因)はあるが、他国と比較すれば現段階では日本において「下からのナショナリズム」が大衆レベルにおいて発生しているとは言えない。
このように「下からのナショナリズム」の発生状況は様々であるが、グローバル化の進展によって形成される「格差」とその「可視化」が、今後とも各国において注目すべきであることは否定されないであろう。

【記事執筆:安井 裕司(法政大学国際日本学研究所客員学術研究員、早稲田大学エクステンションセンター講師)】