国際シンポジウム『ヨーロッパの博物館・美術館保管の日本仏教美術コレクションと日本観の形成』(2012.6.4-6)

平成22年度文部科学省「国際共同に基づく日本研究推進事業」
「欧州の博物館等保管の日本仏教美術資料の悉皆調査とそれによる日本及び日本観の研究」
国際シンポジウム「ヨーロッパの博物館・美術館保管の日本仏教美術コレクションと日本観の形成」

■開催期間: 2012年6月4日(月)〜2012年6月6日(水)
■会  場: パラツ・ウォフフ(ポーランド)
■主  催: 法政大学国際日本学研究所,チューリッヒ大学文学部東洋学科日本学部門,アダム・ミキエウィチ大学(ポズナン大学)文学部東洋学科

 

前列左より:カーネルト教授(ポズナン大学)、山中大使、クライナー教授、安孫子所長

 

国際日本学研究所は文科省の「国際共同に基づく日本研究推進事業」に採択された研究プロジェクトである「欧州の博物館等保管の日本仏教美術資料の悉皆調査とそれによる日本及び日本観の研究」の一つの締めくくりとして、去る6月3日から6日までの3日間、スイスのチューリッヒ大学文学部東洋学科日本学部門(ラジ・シュタイネック教授)との共催でポーランドのワルシャワ郊外パラツ・ウォフフ会議所において、「ヨーロッパの美術館・博物館の日本仏教美術コレクションと日本観の形成」というテーマで国際シンポジウムを開催した。シンポジウムでは、まず、本研究のパートナーとなっているヨーロッパの博物館・美術館の館長や学芸員が現段階での研究成果の報告を行うとともに、共同研究者と討論する場を設けた。地元の共催者はポーランドのポズナンのアダム・ミキエウィチ大学文学部東洋学科(マチェイ・カーネルト教授)であった。

ヨーロッパ側からは12カ国23箇所の博物館・美術館や大学または図書館から40名を超える研究者の参加を得た。そのなかには、日本の国際交流基金の援助によってポズナン大学が招聘した中部・東部ヨーロッパとバルト地方の若手研究者を中心とした参加者が14名、チューリッヒ大学の予算による参加者が2名、またはそれぞれの館の予算で参加した方が何名もいた。

法政大学側からは安孫子信国際日本学研究所所長、小口雅史とクライナー両教授、客員所員の彬子女王殿下、シュタイネック・智恵、口井知子、神野祐太、また、共同研究者で日本美術史を専門とする須藤弘敏弘前大学教授、島谷幸弘東京国立博物館副館長、丸山士郎東京国立博物館学芸部長、河合正朝千葉市美術館長が参加した。

さらに、ポーランド駐在日本大使館の山中誠大使には開催のご挨拶をいただき、国際交流基金ブダペスト日本文化センター所長の岩永絵美様が3日間にわたって出席して下さった。

この企画に対しては既に準備の段階からヨーロッパ側から大きな関心が示されていたが、各博物館・美術館の特別展示の準備、常設展のやり直しあるいは改築、組織の新設などで学芸員が参加できなくなった事例がいくつもあった。サンクト・ペテルブルクの宗教美術館、クラコフ国立博物館、ローマ国立民族学博物館ルイジ・ピゴリーニとパリの海外美術館ケー・ブランリーが報告を準備し、紙上参加の形で加わって下さった。

シンポジウムはおよそ4つのセクションで組織された。まず、小口教授がこの研究プロジェクトがめざしている目的をもう一度説明したうえで、シュタイネック・智恵がプロジェクトの現段階での成果を報告した。研究や資料収集は継続中であるが、すでに62箇所の博物館・美術館との協定が成立しており、また、17箇所の館との交渉が進んでいる。現時点で2700点の美術・工芸品のデータがデータベースに入力されている。数でいうと、仏像が最も多く、それにお札、絵画と仏具が続いている。なお、仏像、絵画とお札をあわせて見ると、最もよく描かれているのは観音菩薩で、次いで地蔵菩薩、不動明王、日蓮、中山鬼子母神と弁財天と続いている。このような傾向からは、ヨーロッパの収集家の思想やヨーロッパ人の仏教に対する考え方などを窺がうことができるのではないかと思われる。

それに続く報告では、ヨーゼフ・クライナーとジョセフ・キブルツ両氏がヨーロッパにおける日本美術、なかんずく仏教美術のコレクションの歴史を解説した。クライナーは16世紀から現在にいたるまでにおよそ4つの時代に分けることができると説明し、その中で主に16世紀から江戸時代初頭にかけてと、明治時代を中心として19世紀なかばから第一世界大戦までの2つの時期に日本美術の流出が目立っていると強調した。キブルツ氏は1615年にイタリアのパドヴァで出版された日本の仏像の石版の元は、ローマにあったイエズス会士アタナシウス・キルヒャーが集めた博物館のもので、絵画ではなく、むしろ仏像のかたちでローマに蒐集された、と解説した。

第2のセクションでは、主だった収集家の日本観、仏教についての考えないしそれぞれのコレクションの哲学についていくつかの報告が行われた。河合先生はドイツのランゲン財団のコレクションを1960年代以降に集めたランゲン夫妻の活動に焦点を当て、元ドイツ国立図書館東洋部長ハルトムート・ワルラベンス氏はドイツで指導的な役割をはたしたエルンスト・グロッセについて、元ミュンヘン国立民族学博物館長クラウディウス・ミューラー氏はその第二代目館長マックス・ブッフナーについて、そしてパリのツェルヌスキ東洋美術館のミシェル・モキュエール氏は設立者アンリ・ツェルヌスキについて貴重な資料をわかりやすいかたちで紹介した。

第3のセクションでは、各博物館・美術館の日本仏教美術コレクションについての報告が行われた。彬子女王殿下は、大英博物館が所蔵する法隆寺の美術品のレプリカにまつわる諸問題をとりあげた。それに続いて各博物館の担当者が報告を行った。ポーランドから3箇所(ワルシャワ国立博物館、クラコフ国立美術館とクラコフのマンガ国立博物館)、チェコから3箇所(プラハ国立博物館東洋美術館、ナープルステック民族学博物館、ピルセン市立美術館)、イギリスから2箇所(ロンドンのホーニマン博物館とエディンバラ・スコットランド王立博物館)、スイスから3箇所(ベルン国立歴史博物館、ジュネーブのバウル・コレクションとチューリッヒ大学付属民族学博物館)、イタリアから2箇所(トリノ市立東洋美術館とローマ国立民族学博物館ルイジ・ピゴリーニ)、スウェーデンから1箇所(ストックホルム東洋博物館)、ロシアから2箇所(サンクト・ペテルブルグの科学アカデミー付属クンストカメラ博物館と宗教美術博物館)の報告をいただいた。

マドリッド大学のピラール・カバナス教授は、スペイン全国のコレクションについて報告を行なった。また、カバナス教授を中心に6人の研究者が現在進めている研究プロジェクトと法政大学のプロジェクトが連携することを提案し、その場でスペイン文部省と国際日本学研究所との契約も結ばれた。これによって本学のプロジェクトがさらにヨーロッパでの研究に大きな成果を得ることができたといえる。

なお、2011年度末に行った現地調査の成果を踏まえて、口井と神野の両氏が、スイス・リートベルグ美術館を中心にしてヨーロッパ美術館が保管する禅画と、ドイツ・ミユンヘン国立民族学博物館保管の加納鉄哉模造伎楽面の旧蔵品について行なった調査報告も、これら一連の報告に続いた。

シンポジウムの3日目はワークショップのかたちで、ヨーロッパ側の研究者の育成のために、日本仏教美術のそれぞれのテーマについて概説的なお話をいただいた。

東京国立博物館の島谷、丸山両先生、須藤先生そしてキブルツ氏が「日本仏教美術の特色—書を中心に」「日本近世の仏教美術」と「彫刻仏像の技法」、そして「お札にみえる日本仏教の仏・菩薩」という発表を行い、持参してこられた美術品のレプリカを使用して、保管の諸問題を説明した。この最後のセクションはプロジェクトの非常に重要な部分で、ヨーロッパにおける日本仏教美術のみならず美術コレクションの保管全般にわたって貴重な一部であった。

最後に、チューリッヒ大学のシュタイネック教授が、この研究プロジェクトが目指している最終目的、すなわち、このような仏教美術コレクションがヨーロッパにおける日本観、日本のイメージあるいは日本像の形成へ及ぼした貢献、あるいは逆に、日本観や仏教のイメージとコレクションの収集との関係について、ヨーロッパ思想史、哲学の立場から考え、その間に現存しているようなイメージのギャップを指しながら、これからの研究課題を見事にまとめた。

参加者は夕食後も夜遅くまで熱心な議論や美術品の鑑定を行うなど、充実した3日間であり、寝食をともにして日本仏教美術という一つの課題に取り組むことができた。

このシンポジウムでの35の発表は、参加できなかった研究者の報告も併せて、2012年度末までに英文の最終報告書のかたちとして出版する予定である。同時に本プロジェクトではデータベースの拡充を図り、このプロジェクトを将来的になんらかの形で継続することについてもヨーロッパ側の担当者と話し合うことができたことは重要な成果であると確信している。なお、このシンポジウムの成果を踏まえて2012年11月17日(土)に法政大学市ヶ谷キャンパスで一般公開講演会を開催し、日本で紹介する予定である。

【記事執筆:ヨーゼフ・クライナー(法政大学国際日本学研究所兼担所員・国際戦略機構特別教授)】

 

 


山中大使の挨拶

研究発表(クライナー教授)

ワークショップ(須藤教授)