大連シンポジウム『参照枠としての中国と<日本意識>』(2011.12.16-17)

法政大学国際日本学研究所「国際日本学の方法に基づく〈日本意識〉の再検討−〈日本意識〉の過去・現在・未来」
研究アプローチ(3)〈日本意識〉の現在-東アジアから
研究アプローチ(4) 〈日本意識〉の三角測量 – 未来へ」

2011年 大連民族学院 / 法政大学シンポジウム
『参照枠としての中国と<日本意識>』 開催報告


日 時 : 2011年12月16日(金)- 17日(土)

会 場: 大連民族学院国際言語文化研究センター (中国)

共 催:  大連民族学院国際言語文化研究センター

共催:    法政大学国際日本学研究所

開会の挨拶
(王秀文センター長・教授 [大連民族学院])

開会の挨拶
(安孫子信所長・教授)

『参照枠としての中国と<日本意識>』

研究協力関係にある法政大学国際日本学研究所(HIJAS)と大連民族学院国際言語文化研究センターとが共催する第二回の合同シンポジウムが,2010年の法政大学での第一回目に続いて,2011年12月に大連民族学院で2日間にわたって開催された。現在HIJASが研究の中心テーマとしている「<日本意識>の再検討」にもつながるものとして,今回は「参照枠としての中国と<日本意識>」が全体テーマとして掲げられた。日本人また中国人が日本を日本として意識する際に,中国を参照枠として用いて‘中国と比べて日本は’といった仕方でそれを行うことが,古代から繰り返されてきたのである。それの諸事例が,法政側7名,大連側6名,合計13名の発表者たちから,時代と領域とをさまざまに横切って紹介されていった。
まず,古代日本の律令体制を取り上げた発表が3つあった。小口雅史(HIJAS)は,中国からの移入で成立した古代日本の律令体制が,その律令で中国をどう処遇しようとしたのかを紹介した(「古代東アジア世界のなかの日本の自国認識」)。井上亘(北京大学)は同じ時代に中国がその律令国家日本を実際にはどう見ていたかについて,そう高く評価していなかったのではないかという視点から発表を行った(「唐からみた古代日本」)。さらに星野勉(HIJAS)は律令国家日本が有した日本的特質を,和辻哲郎や津田左右吉の仕事に依りつつ紹介した(「思想史から見た和漢律令制の構造差」)。
次に,思想史の事例から論じた発表が4つあった。何長文(大連民族学院)は儒教の日本移入が儒教の哲学的部分を抜き取ってのもので,それが日本人の精神構造そのものの反映であることを主張した(「日本における儒教文化の吸収と見失い」)。秦頴(大連民族学院)は二宮尊徳思想の戦中中国への移入の問題に触れつつ,それが現在新たな意味を中国にも持ち得ることを主張した(「中国としての二宮尊徳研究の必要性と方法」)。劉俊民(大連民族学院)は「東洋のルソー」とも呼ばれる中江兆民が西洋的である以上に「文人志士」的な中国的思想家であったことを示した(「東洋の伝統から見た兆民の政治意識と行動」)。安孫子信(HIJAS)は明治啓蒙思想の雄で西洋哲学の日本への導入者であった西周が,儒教そして中国へも丁寧な目配りを行っていたことを主張した(「明治啓蒙思想家にとっての中国」)。
文学からの事例を扱った発表が2編あった。王秀文は日本おとぎ話を代表する「桃太郎」の構造分析を行い,とくにモチーフである「桃」と中国文化との関連性を明らかにした(「「桃太郎」の構造」)。小林ふみ子(HIJAS)は江戸時代の「狂詩」作家たちの江戸を謡うイマジネーションの中で,長安や洛陽のイメージがどのように使われていたのかを紹介した(「狂詩の描く「やつし長安」としての江戸」)。
最後に教育での日中文化の接触を題材として論じた発表が4つあった。王敏は清朝末の中国からとくに法政大学への留学生が,その後の辛亥革命で大きな役割を果たしたことを紹介した(「清国留学生の受け入れ事情をめぐる一考察」)。劉振生(大連民族学院)は「満州国」の時代的産物である「留学生予備校」でかつて学んだ学生たちへ聞き取り調査を行い,政治の教育への複雑な作用を明らかにした(「口述史学による「満州国」留学生予備校への一考察」)。相良匡俊(HIJAS)は日本における音楽・体育教育の草分け的存在であった伊澤修二が同時に,当時の「植民地教育」においても同化主義で独特の役割を果たしたことを紹介した(「植民地教育創始者としての伊澤修二」)。王暁慧(大連民族学院)は法制教育での日中のつながりを古代の律令時代まで遡り論じて,現在それが停滞している理由を指摘した(「日本法制の中国における影響の式微」)。
以上の多様多彩な発表を通じて,<日本意識>の成立に,中国が大きくかつ絶対的な役割をはたして来たことが明らかにされた。今回のシンポジウムから改めてわれわれが知るのはこうして,今日,<日本意識>の新たで生産的な在り様を模索するとき,「参照枠としての中国」がやはりそこに動かしがたいものとしてあって,われわれはまずその中国との関係で,新たで明確な位置取りを模索していかなければならないということである。

 

*プログラム
<12月16日(金)>
9:00    開会挨拶
司会:王秀文 (大連民族学院教授・国際言語文化研究センター長)
段暁東  (大連民族学院副学長)
安孫子信 (法政大学文学部教授・国際日本学研究所所長)
9:30   小口雅史 (法政大学文学部教授)
古代東アジア世界のなかの日本の自国認識 -大唐帝国は「隣国」か「蕃国」か –
10:15  何長文 (大連民族学院教授・科研処副処長・文法学院副院長)
日本における儒教文化の吸収と見失
11:00  井上亘 (北京大学歴史学系教授)
唐からみた古代日本(唐人所見的古代日本)
13:00  王秀文 (大連民族学院教授・国際言語文化研究センター長)
『桃太郎』の構造と中国文化との関わり
13:45  星野勉 (法政大学文学部教授・国際日本学研究所前所長)
思想史から見た和漢律令制の構造差
14:30  秦頴 (大連民族学院副教授・国際言語文化研究センター二宮尊徳研究所長)
中国としての二宮尊徳研究の必要性と方法
15:30  小林ふみ子 (法政大学文学部准教授)
狂詩の描く「やつし長安」としての江戸
16:15  劉俊民 (大連民族学院副教授・外国言語文化学院副院長)
東洋の伝統から見た中江兆民の政治意識と行動
17:00  安孫子信 (法政大学文学部教授・国際日本学研究所所長)
明治啓蒙思想家にとっての中国
17:45  全体討議

<12月17日(土)>
9:00    王敏 (法政大学国際日本学研究所教授・専任所員)
清国留学生の受け入れ事情をめぐる一考察
9:45    劉振生 (大連民族学院教授・国際言語文化研究センター日本研究所長)
口述史学による「満州国」留学生予備校への一考察
10:30  相良匡俊 (法政大学社会学部教授)
植民地教育創始者としての伊澤修二
11:15  王暁恵 (大連民族学院副教授・文法学院副院長)
日本法の中国社会に対する影響力の衰えについて
12:00  全体討議
18:00  閉会挨拶
星野勉 (法政大学文学部教授・国際日本学研究所前所長)
何長文 (大連民族学院教授・科研処副処長・文法学院副院長)

【記事執筆:安孫子 信(法政大学国際日本学研究所所長・教授)】

発表の様子
(左 司会:王敏教授
右 発表者:井上亘教授  [北京大学])

発表の様子
(左 司会:劉俊民副教授  [大連民族学院]
右 発表者:劉振生 [大連民族学院])
 

発表の様子
(星野勉教授)

発表者による集合写真