第6回東アジア文化研究会(2011.9.28)

「国際日本学の方法に基づく〈日本意識〉の再検討−〈日本意識〉の過去・現在・未来」
研究アプローチ(3)「〈日本意識〉の現在−東アジアから」
2011年度 第6回東アジア文化研究会

日本政治研究の視座を考察する
—王振鎖・徐万勝『日本近現代政治史』を読む—


  • 報告者: 及川 淳子 (法政大学国際日本学研究所 客員学術研究員、日本大学博士(総合社会文化))
  • 日 時: 2011年9月28日(水)18時00分〜20時00分
  • 場 所: 法政大学市ヶ谷キャンパス58年館2階 国際日本学研究所セミナー室
  • 司 会: 王 敏 (法政大学国際日本学研究所 教授)

王 敏教授

及川 淳子氏

会場の様子

日本政治史研究の視座を考察する
—王振鎖・徐万勝『日本近現代政治史』を読む—

 第6回東アジア文化研究会は、王振鎖・徐万勝『日本近現代政治史』をテキストに、日本政治研究の視座に関する考察を報告した。テキストは、中国の日本研究専門家が執筆し、幕末から現代に至るまでの日本政治史を俯瞰した研究書である。江戸時代末期の幕藩体制から、日本がどのように政治の近代化を成し遂げ現在に至ったのかという問題に取り組み、政治体制や各時代の内閣についてその変遷を歴史的に分析した通史である。

全10章からなるテキストは、明治維新前後、戦時期前後、自民党政権時代という三つの時期に概括される。著者が強調する近現代日本政治の特色は、以下の二つである。

(1)近現代日本政治の二面性
著者は近現代日本政治の民主化と現代化を評価し、自由民権運動、大正デモクラシー、戦後の民主化について詳細に論じている。一方で、日本の「民族主義」、「ファシズム」、「新国家主義」を厳しく批判し、明治維新後の日本が形成した「官制民族主義」が「天皇制軍国主義」へと発展し、「日本式ファシズム独裁体制」を確立して戦争へと突入したと結論づけている。日本の敗戦は「国家主義」の完敗であり、戦後、特に冷戦後は「新国家主義」の傾向が顕著だと述べている。

(2)日本式の政治の民主化
テキストでは、1外的要因、2天皇制、3自民党による55年体制という3つの特徴が、近現代日本政治の民主化にとって重要な要素であったと論じている。中でも、テキストの最大の特徴ともいえる自民党研究について、著者は、戦後日本政治の本質は自民党の「一党優位制」であると主張している。
以上のようにテキストの概要を報告した上で、「日本政治研究の視座を考察する」と題し、報告者からの問題提起として述べたのは以下の3点である。

第一は、歴史の「連続性」と「非連続性」という問題である。日本の近現代を、明治—大正—昭和—平成という各時代や、戦前—戦後、55年体制時代—崩壊後のように区分することは可能だが、歴史の断絶だけでなく「連続性」に注目することによって、日本政治の本質を再検討できるのではないかという問題提起である。

第二に、報告者が「伸縮する歴史」と仮定した歴史研究の課題設定に関する疑問である。テキストは、著者の専門分野に関連して、55年体制下の自民党政権に関する記述の割合が圧倒的に多い。中国人研究者が近現代日本政治を研究する際に、自民党の「一党優位制」に着目する理由として、中国の国内政治との関連性を指摘することができるのではないだろうか。自民党の長期政権や党内派閥政治に対する詳細な研究は、中国共産党による長期政権という政治空間にある中国人研究者にとって、政治的関心の高い研究課題ではないかと考える。

第三は、「歴史研究」と「同時代研究」の関連性である。「歴史研究」は過去の歴史に対する研究であると同時に、研究対象を考察する時点での「同時代研究」としての側面を有する。「歴史研究」は時代環境や問題意識による再検討が可能であり、「歴史研究」に内在する同時代性についての考察は、研究の視座を再考し、新たな分析を可能にするのではないだろうか。

報告後の参加者との議論では、日本政治の近代化、日本の中国侵略などの歴史的事実を確認した上で、しかし、「ファシズム」、「天皇制軍国主義」、「新国家主義」などの概念で日本政治を分析することに対しては批判的な意見が提起された。「ファシズム」の語源に立ち返り、当時の日本政治について、天皇、内閣、議会などの面から再検討する必要性や、「ファシズム」と「軍国主義」の比較検討について、さらに「象徴天皇」の政治性についても積極的な意見交換が行われた。参加した中国人研究者からは、日本国内で「中国脅威論」の議論があるように、近年の中国では日本の「新国家主義」に関する議論に注目が集まっている傾向があるという紹介があり、これらの認識の違いについても議論を深めることが可能となった。そのほか、日本が列強の植民地支配を受けることなくスムーズな近代化を果たし、自民党一党体制の下で経済成長を実現したことが、中国にとって非常に関心の高い研究課題だという指摘もあった。

今回の研究会では、日本人と中国人の参加者から率直な意見が提起され、活発な議論が展開された。歴史や政治の問題をはじめ、社会のあらゆる問題について意見交換ができる自由な言論空間の確立こそが、政治の民主化と社会の改革にとって不可欠の要件である。中国における日本研究の紹介という視座によって、多角的な議論が深まったことに感謝したい。

【記事執筆:及川淳子(法政大学国際日本学研究所 客員学術研究員、
日本大学博士(総合社会文化))】