第1回東アジア文化研究会(2011.4.27)

「国際日本学の方法に基づく〈日本意識〉の再検討−〈日本意識〉の過去・現在・未来」
研究アプローチ3「〈日本意識〉の現在−東アジアから」
2011年度 第1回東アジア文化研究会
   「中国における日本文学史研究の新展開
—王健宜氏 『日本近現代文学史』 をテキストに—」


  • 報告者: 楊 偉(法政大学国際日本学研究所外国人客員研究員、四川外国語学院日本学研究所所長)
  • 日 時: 2011年4月27日(水)18時00分〜20時00分
  • 場 所: 法政大学市ヶ谷キャンパス ボアソナード・タワー26階 C会議室
  • 司 会: 王 敏(法政大学国際日本学研究所 教授)
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楊偉氏

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王敏教授

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会場の様子

日本現代化歴程研究叢書」の一冊として中国で出版された最新版の王健宜氏著『日本近現代文学史』(世界知識出版社、2010年3月)をテキストに、従来の日本文学史論著と比較しながら、そこに如何なる特色と新しい視点があるかを検証する。さらにこのテキストを切り口に中国における日本文学研究の進展と動きを考察し、日中間の相互認識に与えられる影響を探るのが本報告の目的である。

経済、政治、社会、文化思想、対外関係という五つの分野から日本現代化の実践と特色を明らかにし、個別から全体へと日本現代化の規則と特色を把握するのが「日本現代化歴程研究叢書」の狙いであるという(本書「総序 日本現代化研究の視角と課題」)。この叢書の一冊としての『日本近現代文学史』は、日本人の美意識、文学観の変容を反映させる日本文学を通じて、日本現代化の歴程の一側面を浮き彫りにするのがその役割と考えられる。本書は十章から構成され、トータルな歴史把握と総合的な観点に詳しい作家論と作品論を加えるという形で明治初期から平成までの日本近現代文学を考察している。本書の特色は単なる文学研究の枠を乗り越えて、文学を時代の大きな背景に置いて、史実と結び付けて文学の時代性を強調することにある。そのために各章のはじめに時代の社会状況と社会思潮を詳しく紹介し、文学の発展の流れを描きだすのに力点が置かれている。文学の伝承関係をはっきりさせるべく江戸文学に少なからぬ紙面を割くと同時に、これまでの日本文学史ではあまり触れなかった平成文学も第十章として詳しくとらえることによって、近現代文学形成の源に遡り、これからの趨向を展望している。イデオロギーに影響されやすい従来の文学史と違って、本書の作家論と作品論は政治性、倫理性よりも文学性、学術性を重んじ、客観的になろうとする努力が見られる。たとえば、軍国主義と何らかの関係があると思われて一時中国で作品が出版禁止となった三島由紀夫を、戦後の文化が次第に風化した背景に、社会の風潮と現実に反逆し、時代の発展に背を向けた極端な「精神主義者」という評価、石原慎太郎の『太陽の季節』を、伝統的な倫理道徳へ挑戦し、「性」においてわがままに振舞う戦後若者の実態を描いて、新しい時代の若者のライフスタイルを模索した作品という評価に、比較的ニュートラルな見方が示されている。

従来の日本文学史と比べると、本書には中国人の視点が感じられるところが少なくない。戦後、新日本文学会と「近代文学」派による「政治と文学」の論争、「党生活者」をめぐる議論を、紙面を惜しまずに客観的に分析し、政治に対する文学の自律を唱える部分は、文化大革命を経験させられ、政治主導からの脱出を図る中国人学者の実感と反省を仄めかしている。そして本書における川端康成への高い関心は、川端文学を西洋文学の手法と日本固有の美意識を完璧に融合させたモデルとして、中国文学にも方法論的な示唆を与えうるものと見做し、出版ブームと研究ブームを起こしている中国学界の動きと関連している。そして、日本で中間小説として純文学と一線を画された山崎豊子、井上靖、水上勉、松本清張などの社会派文学を高く評価したのも中国人の視点によるもので、文学の諸概念をめぐる中日間の差異がうかがわれる。これらの差異の発見は日本における日本文学研究の新視点をもたらす切っ掛けになり、中国における日本文学翻訳と研究に新しい構想の形成につながることが期待される。

2010年まで、中国で出版された日本文学史は30余種類あると言われているが、その中の20余種類は2000年以降のものであることから、近年、一種の日本文学史研究ブームが起きていると思える。この20種類の日本文学史を見ると、日本語学科の学生を対象とする教科書的なものが半分以上を占めて、単なる時代背景、文学流派と作家の紹介と簡単な分析に留まっているものも少なくないが、王健宜氏『日本近現代文学史』、葉渭渠氏『日本文学史』(経済日報出版社、2000年)、李徳純氏『戦後日本文学史論』(訳林出版社 2010年)などに代表される新しい日本文学史を見て分かるように、中国における日本文学史研究には次の新しい動きが見られる。1.日本人著の日本文学史の翻訳、書き写しから主体性のあるものへ;2.日本の先行研究を踏まえつつ、中国視点も忘れぬ日本文学史へ;3.巨視的な日本文学史からジャンル別に細分化された日本文学史へ;4.教科書的な日本文学史から新しい日本文学史への問題提起を含んだ研究書へと変わりつつある。そこに日本文学研究体制への質疑、中国における研究現状への反省、新しい研究姿勢と方法論への模索がうかがわれる。

【記事執筆:楊 偉(法政大学国際日本学研究所外国人客員研究員、四川外国語学院日本学研究所所長】