研究アプローチ③第5回東アジア文化研究会(2010.9.21)

「国際日本学の方法に基づく〈日本意識〉の再検討−〈日本意識〉の過去・現在・未来」
研究アプローチ3「〈日本意識〉の現在−東アジアから」
2010年度 第5回東アジア文化研究会

「日中経済協力の過去・現在と将来」


  • 報告者:張 季風(中国 社会科学院 日本研究所 教授)
  • 日 時:2010年9月21日(火)18時30分〜20時45分
  • 場  所:法政大学市ケ谷キャンパス 58年館2階 国際日本学研究所セミナー室
  • 司 会:王 敏 (法政大学国際日本学研究所 教授)
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張 季風 教授

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王 敏 教授

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 会場の様子

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2010年9月21日(火)、法政大学国際日本学研究所セミナー室において、法政大学国際日本学研究所2010年度第5回東アジア文化研究会が開催された。今回は、中国社会科学院日本研究所経済研究室長、教授の張季風氏を迎え、「日中経済協力の過去・現在と将来」と題して行われた。

中国の国内総生産(GDP)が日本を抜いて世界第2位となり、日本の国債を大量に購入して日本にとって最大の債権国となるなど、2010年の日中関係は、従来とは異なる様相を呈している。このような情勢を踏まえ、日中の経済関係の歴史的展開と現在の在り方を検討し、将来を展望するのが、今回の報告の目的である。報告の概要は以下のとおりである。

まず、1949年の中華人民共和国建国から1978年の日中平和友好条約締結までの前期と、1979年から現在に至るまでの後期とに分けて、日中の経済関係が概観された。

前期は、「民を以て官を促進する」ことを目指した1950年代、廖承志と高碕達之助が交わした覚書に基づくLT貿易や覚書貿易(MT貿易)が行われた1960年代を経て、1972年の日中国交正常化によってそれまでの「民間交流」による経済協力は、「政府主導、民間並行」へと変化した。

一方、貿易額が前年を下回ったのが1990、1998、2009年の三回しかないことが示すように、後期の経済協力は、年を追って規模を拡大した。その結果、2007年に中国は日本にとって最大の貿易相手国となり、2009年には日本の最大の輸出相手国となった。日中相互の投資額については、1979年に始まった日本の対中投資は2009年までに総件数42401件、累積投資額が694.8億ドルとなり、同じ年から行われている中国の対日投資は累積投資額が6.7億ドルとなった。金額のみを見れば中国の投資額は日本の1%だが、2009年になって日本企業に対する合併と買収の件数が増加するなど、「一方通行」の時代は終わりを迎えたといえる。政府間の資金協力については、日本の対中ODAが中国の改革開放路線の実現に大きく寄与したこと、対中円借款が終了した後は、2.5兆ドルの外貨準備のリスク分散の一環として中国が日本の国債を購入することで日本経済に資金提供をすることとなった。

日中経済の協力関係は、こうした相互補完性と互恵性を特徴とする。すなわち、資源、労働力、低賃金、人口ボーナス、潜在的な市場という中国の優位性と、資金力、技術力、ブランド力、経営にまつわる経験という日本の優位性とは、どちらの国にとっても不可欠な要素である。そして、そのような要素を活用することによって、両国が互いに利益を獲得する、「ウィンウィン関係」を構築することができる。また、市場の法則と経営の理性とは政治問題と国民感情を超える役割を果たすことが可能となる。

しかし、日中の経済協力にも課題はある。例えば、両国の貿易の「ハイレベルな横ばい」や日中貿易における中国側の長期的な赤字体質、「食の問題」に象徴される貿易摩擦、中国における知的所有権の問題、日本市場の閉鎖的な傾向などが問題となる。このような課題を理解した上で、将来の日中の経済協力についての展望と提言はどうなるか。まず、「世界経済の回復」と「民主党政権による東アジア共同体構想」とが、日中の連携の促進につながるといえよう。「東アジア共同体」の中核は「日中共同体」になるため、日中間で経済貿易緊密化協定(CEPA)を締結して相互貿易の拡大、直接投資の拡大、大規模プロジェクトの遂行を実現することが必要となる。そして、日中省エネルギー環境保護基金を創設して政府主導による環境への投資の促進、日中エネルギー環境共同体を基礎として東アジアエネルギー共同体を形成し、自由貿易協定、共通通貨ユニット、共通通貨の導入、と段階的に日中を含む東アジア諸国の関係を発展させることも重要である。

以上の議論から、次のような結論が導かれた。

  • 日中の経済は順調に発展しており、潜在力も大きい。
  • 中国がGDPの額で日本を抜き、経済規模が第2位になったものの、一人当たりのGDPは日本の1割であり、日本なしで中国の経済を発展させることは難しい。
  • 「技術」、「ブランド」、「基準」という点では中国は日本に遠く及ばないため、日本にとっての中国は市場と生産拠点であり、中国にとっての日本は技術を吸収する手本として相互に補完し合う関係は続く。
  • 東アジア共同体という目標に向けて、日中の経済的な連携は、今後も穏健に発展する。
  • 日中省エネルギー環境保護基金を設立し、日中エネルギー環境共同体を形成することで、東アジア共同体を築くための基礎を作ることが重要となる。

質疑応答の中で出された、「経済は「神の見えざる手」に従って行動すべきであり、経済は常に経済以外の要素によって左右されるものである」という張氏の指摘は、1949年以降の日中関係を振り返る際、なぜ「政経不分」とされた当初のあり方が、21世紀になって「政冷経熱」という様相を呈したのかという問題の原因を考え、今後の日中の経済関係を展望する上で、示唆に富む意見といえるであろう。

【記事執筆:鈴村裕輔(法政大学国際日本学研究所客員学術研究員)】