第4回研究会『浦島説話の成立と展開』(2012.11.9)

「国際日本学の方法に基づく〈日本意識〉の再検討−〈日本意識〉の過去・現在・未来」
研究アプローチ(1)「<日本意識>の変遷—古代から近世へ」
2012年度 第4回研究会

浦島説話の成立と展開


報 告
 三舟 隆之 (東京医療保健大学医療保健学部准教授)

日 時  2012年11月9日(金) 18:30 – 20:30

会 場  法政大学市ヶ谷キャンパス 58年館2階国際日本学研究所セミナー室

発表の様子:三舟 隆之 准教授

司会:田中 優子 教授

 

 我々の知る浦島太郎の物語は国定教科書の物語がベースとなっているが、これは巌谷小波の『日本昔噺』に基づいている。そして『日本昔噺』は室町時代に成立した『御伽草子』の影響が濃厚で、さらに『御伽草子』は、古代の浦島子伝承をベースにしていることが明らかになっている。
古代の浦島子伝承は、『日本書紀』雄略22年(478)7月条に浦島子伝承が伝わり、その内容は、丹波国余社郡管川の人水江の浦島子が亀を釣ったところ、それが美女と化して結婚して蓬莱山に行き仙界を巡った、とある。詳細な内容を伝えるのは『丹後国風土記』の浦島子伝承で、そこでは丹後国与謝郡日置里筒川村の浦島子は日下部首らの先祖であるという氏族系譜として伝えられ、「いわゆる」というところから広く知られている説話であることが示されている。また同時に「伊預部連馬養記」と相違ないと言うことが記されており、奈良時代ではすでに丹後地方を舞台としたいくつかの伝承が成立していたと考えられる。
内容的には中国の神仙思想の影響が濃厚で、五色の亀は仙女であり、亀は『抱朴子』には長生の動物であると記され、さらに蓬莱山は中国東方の海上に浮かぶ仙人の住む三神山の一つとして知られ、秦の始皇帝が徐福を派遣したという伝説が存在する。重要なのは亀=仙女との異類神婚伝承であり、玉匣を渡されて「絶対開けるな」といわれたのに開けてしまい、二度と会えないことを知る。この物語では後代と違って白髪の老人にはならず、むしろ中国の神仙小説にあるような、恋愛小説的な内容となっている。
一方、『万葉集』の浦島子伝承は、海神を奉る摂津国住吉大社付近が舞台と考えられ、ここでは浦島子は庶民として描かれている。亀は登場せず、海神の娘と偶然に出会って結婚するという神婚伝承である。また浦島子が向かったのは、古代日本では海の彼方にある不老不死の理想郷であった常世国という不老不死の世界で、結婚して幸せに暮らしたのに故郷を思い出し、帰るにあたって「絶対開けるな」と言われた玉篋を開けてしまい、白髪の老人になって死ぬというストーリーは、丹後系の浦島子伝承とは異なっている。作者の高橋連虫麻呂は万葉歌人として有名で、下総真間の娘子伝承などの在地伝承を題材にしたものが多い。したがって『万葉集』の浦島子伝承は、丹後系の浦島子伝承が中国の神仙小説の影響が強いのに対し、日本的な浦島子伝承となっている。
しかし『万葉集』には、浦島子伝承の他に柘枝の仙女説話などの仙女との出会いの物語があり、神仙思想は古代の貴族・庶民の憧れでもあった。すでに江戸時代に滝沢馬琴が『燕石雑志』で指摘したように、浦島子伝承の源流は東アジアにあると思われる。中国では洞庭湖の竜女説話のような類似した説話が存在するが、口承伝承であるため成立時期は判明せず、むしろ『幽明録』や『捜神後記』などにある仙境滞留説話がモチーフとなった可能性が高い。同様に朝鮮半島でも、孫晋泰が『朝鮮民譚集』で採録した「放鯉得竜女」などの物語に共通性は見いだせるが、口承伝承であるために浦島子伝承の源流となると考えるのは難しい。
一方日本の記紀神話には「海幸彦山幸彦」の物語があり、海神の宮や海神の娘との結婚の物語が、『万葉集』の浦島子伝承に影響を与えた可能性もある。また『日本書紀』『丹後国風土記』の浦島子伝承は丹後地方を舞台とするが、丹後地方では弥生・古墳時代に大陸系の遺物が出土しており、古代において大陸との交易の可能性が指摘されている。そのような土壌の中で浦島子伝承が成立し、平安時代までに浦嶋神社(宇良神社)が成立したと思われる。
丹後地方には、浦島子伝承の他に羽衣伝承の原型となる天女伝説が『丹後国風土記』に残る。天女伝説も中国を中心とする東アジア圏に広く残る物語であるが、日本では浦島子伝承のように広く弘まって一般化するようなことがなかった。浦島子伝承の場合は、平安時代に数々の「浦島子伝」が成立し、それがやがて室町時代の『御伽草子』に発展し、仏教的な報恩と放生の論理の中で、我々の知る浦島物語の「浦島太郎」「竜宮城」「乙姫」「玉手箱」などの語が登場し、近世に入って庶民文化の隆盛と共にパロディー化してなじみ深い物語となっていく。浦島説話は古代に成立し近現代に至るまで、それぞれの時代の影響を受け続けて発展してきたが、天女伝説については浦島子伝承と同様に中国の説話の影響を受けながらも、一般に広がらない。
この相違は、浦島説話は中国の神仙思想の影響を受けながらも日本で成立し、日本人が好む日本的な説話として発展していったことにあるのではなかろうか。中国の影響を受けながら成立した日本の古代伝承については、このほか『日本霊異記』なども存在するので、今後説話の史的研究も重要な課題であると思われる。

【記事執筆:三舟 隆之(東京医療保健大学医療保健学部准教授)】

 

会場の様子