第2回東アジア文化研究会(2011.5.25)

「国際日本学の方法に基づく〈日本意識〉の再検討−〈日本意識〉の過去・現在・未来」
研究アプローチ3「〈日本意識〉の現在−東アジアから」
2011年度 第2回東アジア文化研究会

「中国における思想史研究の方法論に関する思索
—『日本近現代思想史』を媒介に —」


  • 報告者: 陳 毅立 (法政大学国際日本学研究所 客員学術研究員)
  • 日 時: 2011年5月25日(水)18時00分〜20時00分
  • 場 所: 法政大学市ヶ谷キャンパス58年館2階 国際日本学研究所セミナー室
  • 司 会: 王 敏 (法政大学国際日本学研究所 教授)
陳毅立氏

陳 毅立 氏

王敏教授

王敏 教授

会場の様子

劉岳兵著『日本近現代思想史』(世界知識出版社、2010年)は、中国教育部人文科学重点研究基地重大項目「日本現代化過程研究」及び日本国際交流基金助成項目「日本近現代史研究」の研究成果をまとめたもので、7章51万字で構成されている。

本書のどの章にも、著者の研究者としての周到な研究成果が反映されている。また、いわゆる専門家が執筆したものではあるが、どの章も学生や一般の読者に読みやすいものになっている。さらに、一般読者に日本近現代思想史の全貌を手軽く把握させるために年表が添付されているだけでなく、日本における日本近現代思想史研究の最新動向を紹介するという意味で、巻末に詳細な参考文献が添付されている。日本思想史の研究に携わるものにとっては、本書の様々な考察と分析は、体系的な日本思想史研究の理論構築に有用な資料と示唆を提供している。

本書の最も注目すべき特色としては、著者が「中国経験」を媒介に日本近現代思想史を把握する方法論を提示したことが挙げられる。それは、少なくとも二つの意味においてである。

第一に、反省としての「中国経験」。つまり、日本の思想家たちは、中国近現代社会で行われた様々な事例を分析・反省することによって、日本近現代化の道を模索する、ということである。第二に、体験としての「中国経験」。それは、日本の思想家たちが中国現地に足を踏み入れてそこから得た原体験を思想的資源として日本社会で活用するということである。

近代日本思想発展の本質を突き詰めてみれば分るように、近代日本思想は確かに西洋思想のエッセンスを貪るように吸収してきたが、それと同時に中国思想の影響はしぶとく生き残っていたのではないだろうか。劉岳兵氏の重要視する「中国経験」は、日本近現代思想史の研究に新たな視角を提供し、日本思想史の内容を充実させるだけでなく、中国近現代思想史を検討するにも重要かつ有効なルートとなるであろう。

「中国経験」を重視する視座は、さらに二つの重要な事実を示唆している。

その一つは、西洋的視点という研究方法論のみに基づいて日本の思想史を構築するのは不十分であり、不適切だという事実である。もう一つは、中国では、一つのまとまった学術領域としての東アジア思想史研究体制が未だ確立していないという事実を明らかにしたことにある。

しかし、本書は日本思想史研究における注目すべき貢献が盛り込まれているが、「思想史とは何か」という根本的な問いに関する筆者の説明はやや足りないように思われる。この点、序章でもう少し丁寧な解説をしていただけるとよかったのではないだろうか。というのは、日本思想史という分野は、中国の一般の読者にとって、まだ耳慣れない学問領域だからである。

中国では、日本思想史研究が1980年代初期から旺盛に展開され、研究者たちの努力によって、現在まで数多くの成果が収められてきた。振り返ってみれば、80年代まで、日本思想史研究はもちろん、日本文化を対象とする研究さえ殆ど行われていなかったと言える。だからといって、日本思想史研究分野はまったく空白の状態ではない。朱謙之と劉及辰の研究は非常に注目に値する。

80年代初期の中華日本哲学学会の成立は、中国における日本思想史研究を大いに推し進めた。その時から、中国の日本思想史研究が本格的に展開され始め、研究範囲及び研究視野も大幅に広がった。

しかし、これまで中国の日本思想史研究はある程度成果を上げたが、研究水準は依然初歩的段階にとどまっている。また、一般の読者はもちろん、学者の間で、思想史は難しくて取っつきにくいという印象があるため、中国では思想史を専門とする研究者の数がきわめて不足している。今後、中国国内で日本思想史研究領域において突破しなければならないと私が考えるところは、以下の5点である。

1)近世・近代の日本思想に集中せず、古代、中世、または現代の思想も積極的に取り扱うべきである。
2)日本思想史における道教と仏教の役割に関する研究を深めるべきである。
3)専門家を集め、日本思想史に関連する研究叢書を出版し、一般の読者の関心を高めるべきである。
4)他国の思想史研究者たちと積極的に連携を取り、思想史研究に関する切磋琢磨の場を設けるべきである。
5)比較思想史研究の場合、従来の比較思想研究の方法、すなわち、西洋と日本、または中国と日本の思想を比較・対照するだけでなく、韓国の思想も視野に入れ、東アジア比較思想史研究を一つの学問領域として確立させるべきである。

【記事執筆:陳 毅立(法政大学国際日本学研究所客員学術研究員】