第1回東アジア文化研究会『”新世界の中心”としての上海』(2012.4.12)

「国際日本学の方法に基づく〈日本意識〉の再検討−〈日本意識〉の過去・現在・未来」
研究アプローチ(3)「〈日本意識〉の現在−東アジアから」
2012年度 第1回東アジア文化研究会

”新世界の中心”としての上海
−上海万博の中国館<東方の冠>を読む−


 

  • 日 時: 2012年4月12日(木)18時30分〜21時15分
  • 場 所: 法政大学市ヶ谷キャンパス58年館2階 国際日本学研究所セミナー室
  • 講 師: オーレリ ネヴォ (フランス国立科学研究センター研究員、民族学者)
  • 通 訳: 杉本 隆司 (法政大学講師)
  • 司 会: 安孫子 信 (法政大学国際日本学研究所所長、文学部教授)
  • 挨 拶: 王 敏   (法政大学国際日本学研究所専任所員、教授)

 

挨拶:王 敏 教授

左から 司会:安孫子信所長、
通訳:杉本隆司氏、
オーレリ・ネヴォ氏

会場の様子

去る2012年4月12日(木)、18時35分から21時15分にかけて、法政大学国際日本学研究所セミナー室において、法政大学国際日本学研究所(HIJAS)の「国際日本学の方法に基づく<日本意識>の再検討—<日本意識>の過去・現在・未来」プロジェクト・アプローチ(3)「<日本意識>の現在—東アジアから」の2012年度第1回東アジア文化研究会が開催された。東アジア文化研究会は、2006年の発足以来、60回を超える研究会を開催している。今回は、西洋研究者の視点を取り入れ、HIJASのプロジェクト・アプローチ(4)「国際日本学の方法に基づく<日本意識>の再検討—<日本意識>の過去・現在・未来」との共催による研究会を行った。
今回は、フランス国立科学研究センター研究員で民族学者のオーレリ・ネヴォ(Aurélie Névot)氏を迎え、「“新世界の中心”としての上海−上海万博の中国館<東方の冠>を読む−」と題して行われた。講演ではフランス語が用いられ、司会はHIJAS所長で法政大学文学部の安孫子信教授、通訳は法政大学講師の杉本隆司氏が務めた。
ネヴォ氏は1998年以来雲南省での調査に従事しており、2008年にはComme le sel, je suis le cours de l’eau: Le chamanisme à écriture des Yi du Yunnan (Societé d’ethnologie)を上梓するなど、雲南省の少数民族であるイ族のシャーマニズムの専門家として活動している。 今回の報告の主眼は、2010年5月1日から10月31日にかけて開催された上海国際博覧会(上海万博)に出展した、「東方の冠」という別称を持つ中国館を対象に、その文化的、象徴的な意味を解釈することであった。報告の概要は以下の通りである。

「万博史上最も費用をかけたパビリオン」とも呼ばれた中国館「東方の冠」は、4つの柱によって「冠」の部分が支えられ、56カ所の張り出しを持ち、北京の故宮に彩色されている赤色を参考にした「中国紅」と呼ばれる色が塗られた建物であり、中国の文化的、思想的な伝統を体現している。
上海万博の主題は「より良い都市、より良い生活」であり、現代の普遍的な課題というべき環境問題に積極的に取り組むことで、中国は上海万博の持つ意義を示しているように思われる。そして、「東方の冠」が象徴する中国の伝統的な思想とは、儒教を中心とした体系である。中国館の標語は『論語』「子路」篇に見える「和而不同」(和して同ぜず)であり、これは、「中国は伝統的な思想を活かして現代の課題に取り組む」という姿勢を示すだけでなく、自らの文化的、文明的な立場をも明らかにしようとしていることを示唆している。すなわち、中国は、「東方の冠」を通して、「新しい時代の世界の中心の一つ」になる用意のあることを言外に示していると思われる。さらに、中国国内に目を向けると、経済の中心ではあるものの政治的、文化的な首都である北京に比べて相対的に低い地位に置かれていたと思われる上海は、「東方の冠」を擁することによって、観念的にではあるもののこれまで以上に高い地位を得ることに成功したと言えよう。
一方、設計を統括した何鏡堂が「それ自体が謎であり、様々な解釈を許す」と評した「東方の冠」の構造に目を向けると、われわれはいくつかの特徴的な要素を認めることができる。すなわち、文化的要素を建物の内部に秘める、という方針で設計された「東方の冠」は、「西洋による位置付けを東洋が受け入れる」という意味でのオリエンタリズムではなく、「東洋自身が東洋の位置付けを決める」という「新オリエンタリズム」と言うべき性格を持っている。
「新オリエンタリズム」がいかなるものであるかという点については、次のような事項が参考になる。例えば、中国館の「館」(guan)の声調は第三声であり、「東方の冠」の「冠」(guan)の声調は第一声である。これは、中国語の声調である四声の使い分けによって、guanという字に多様な意味を込め、われわれが「中国館こそ東方の冠である」といった意図を読み取ることを可能にしている。また、「以?方??角」(東方を以て視角と為す)という「東方の冠」の性格は、「中国を代表とする東方がそれ以外の地域に自らの価値を伝える」ことをも含意している。しかも、「東」は、上海万博によって単なる地理的な概念に止まらず、「上昇」や「新生」あるいは「新しい力の誕生」の意味を与えられることになったため、そのような「東」あるいは「東方」は「今後の世界を担う、伸びゆく地域」となったと言える。そして、アヘン戦争によって西洋諸国の租界となった上海が、世界の新しい中心となって人々の注目を集めることは、「中国の復活」を象徴する出来事であると考えられる。
また、「東方の冠」の構造そのものに目を向けると、古代から権力の象徴として重視されてきた鼎を模した「冠」部分は天を、その土台部分は地を表しており、これによって天地合一を示している。ここでいう天地合一は、政治と文化、現在と過去といった異なる要素の合一と同一を表現している。さらに、「東方の冠」の屋上部分は9つの格子からなる九宮格にならっており、その中心は、古代中国の帝王が国家の全ての重要な営みを行った場所である明堂の象徴である。このような特徴を持つ「東方の冠」は、構造の面からも、「世界の中心となる建物」という性格を備えていることが推察される。
これに加えて、故宮で利用されている、7種類の赤色から構成される赤を手本にした「中国紅」は、「一つの全体を表すために様々な色を用いる」という態度の具体化であり、「和而不同」の観点に基づくと言えるだろう。 このように、「東方の冠」は、単なる万博のパビリオンの1つではなく、中国の伝統的な思想や文化、価値観、普遍性を表現し、世界に対して中国が自らの立場を示した建物である。また、19世紀から20世紀にかけて植民地であった上海という都市が、21世紀の現在、外国ではなく中国自身の手によって「新しい世界の中心」という性格を付与されたことは、「東方の冠」から「新たな世界の秩序」が生まれる可能性を予想させるものである。

「現在の中国が世界をどのように位置付けるか」という点を「東方の冠」の象徴的、文化的な要素の解釈を通して考察した今回のネヴォ氏の発表では、文化的な表象を分析の手法として用いることを得意とするフランス文化人類学の特徴が遺憾なく発揮されたと言えよう。このような実験的、意欲的な取り組みがなされ、フランス語、中国語、日本語という3種類の言語を媒介として参加者が意見を交換したことは、国際日本学研究の方法と可能性に新しい側面を付加した点で、意義のあることであると考えられた。

【記事執筆:鈴村裕輔(法政大学国際日本学研究所客員学術研究員)】