【参加報告】四川外国語大学国際シンポジウム「方法としての越境と混血―詩人黄瀛生誕110年を記念して―」(2016.10.22~23)報告記事を掲載しました2016/11/02

国際シンポジウム「方法としての越境と混血―詩人黄瀛生誕110年を記念して―」

中日混血児の詩人で元四川外国語大学名誉教授の黄瀛は1906年、中国人を父に、日本人を母とする長男として生まれた。2016年は生誕110年という区切りのいい年である。黄瀛は父の死後、重慶から日本に居を移し、母の故郷・千葉県に住むが、関東大震災を契機に中国に戻り、青島の日本人中学校に入った頃から日本語で詩を書き、日本の新聞や詩誌に投稿して掲載されるようになった。なかでも『日本詩人』で第二新詩人号の一位に推され、前途有為な詩風が注目され、日本詩壇に名を残す存在となった。黄瀛生誕110年を迎えるにあたり、黄瀛研究の成果を学界に公開するだけでなく、中日両国関係の現状と新しい世界情勢を視野に入れつつ、黄瀛研究をさらに深化させるべく、中国四川外国語大学にて10月22日から三日間、「越境と混血―詩人黄瀛生誕110年を記念して」という国際シンポジウムが開催された。

中日両国の学者が50余人が集まった。詩人黄瀛を切り口に、文化越境者のトランスカルチュラルな活動を総合的に研究し、その歴史的、社会文化的な役割とその方向性を考察し、今日の越境文化を支える彼らの文化的営為の諸相を明らかにすると同時に、彼らの活動が各国の、乃至国を超えた文化現象として社会に如何なる影響を与えているかについて学際的な方法論を探り当てた。25日までのこのシンポジウムを通して、発表者たちはそれぞれの視点から出発して、黄瀛のような、母語を離れ、居住国の言語によって創作活動を始めた越境作家の作品から、越境の実相を解明し、その歴史的社会的背景にあるものを究明し、境界を越え出ることの現代的意味を考察し、「越境」と「混血」の可能性を検討した。

22日午前は、四川外国語大で教職に就いた初期の黄瀛に学んだ法政大学国際日本学研究所教授の王敏が「黄瀛先生からの宿題」、黄瀛伝記作家の佐藤竜一氏が「詩人・黄瀛の誕生と草野心平、宮沢賢治らとの交流」という題で基調報告をした。その後の大会発表で四川外国語大学日本学研究所長の楊偉、法政大学国際文化学部教授の岡村民夫氏がそれぞれ「小説における混血児としての黄瀛像―『東洋』「第三国人」「七月の情熱」を中心に」「詩人黄瀛の再評価―日本語文学のために」という題で講演をした。東京大学教授の村田雄二郎氏、岩波書店編集局部長の馬場公彦氏、早稲田大学教授の梅森直之氏、法政大学文学部教授の小秋元段の諸氏も、越境と混血をキーワードにして、ぞれぞれの研究分野から、研究の好例を提示した。

越境文学が盛んな現在において、黄瀛の詩に表れている、外部(生物)の多元性を尊重し、内部(精神)の多元性を生かして、強靭に活きる「混血」の性質は越境を志向するものにとっては有効な「方法」であり、越境文学のひとつの思想資源になるとともに、異文化理解と異文化交流に重大なヒントを与えてくれるものと思われる。また、ナショナリズムの風潮に巻き込まれて、中日関係が悪化している今日、「越境と混血――詩人黄瀛生誕110年を記念して」という国際シンポジウムの開催はナショナリズムの感情を相対化させ、中日友好の新機軸の模索にもつながるに違いない。

今回のシンポジウムは国際交流基金の助成のもとで、四川外国語大学が主催しましたが、法政大学国際日本学研究所も開催に協力しました。

【記事執筆:楊 偉(四川外国語大学日本学研究所)王 敏(法政大学国際日本学研究所専任所員、教授)】

 

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会場の様子1

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会場の様子2

 

 

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