サブ・プロジェクト③「日本の中の異文化」第2回合同研究会(2007.2.20-22)

サブ・プロジェクト3「日本の中の異文化」 第2回合同研究会  

  • 日 時 2008年2月20日(水)〜2月22日(金) 
  • 場 所  鹿児島県奄美市/鹿児島県大島郡喜界町


 学術フロンティア・プロジェクト『異文化研究としての「日本学」』におけるサブ・プロジェク3 「日本の中の異文化」は、北の東北・北海道と南の琉球諸島という二つの境界領域の文化に目を向けることにより、多元的な日本文化の構造を解明し、日本文化研究に新しい局面を切り拓くことを目的としている。その活動の一環として、2月20日〜2月22日鹿児島県奄美市及び同大島郡喜界町にて、本学関係者及び青森、鹿児島、そして地元奄美、喜界町より計10人の研究者が集まり、第2回合同研究会を開催した。  

<研究会報告>

第3サブプロジェクト『日本の中の異文化』の本年(平成19年)度、第2回目の研究会は去る2月20日(水)、21日(木)と22日(金)の三日間にわたって鹿児島県奄美市と同大島郡喜界町で行われた。法政大学側からは、吉成直樹、間宮厚司、小口雅史、クライナー・ヨーゼフの4名、青森からは、青森市教育委員会の木村淳一と八戸市教育委員会の宇部則保両氏、鹿児島大学埋蔵文化財研究室准教授新里貴之氏、そして地元からは奄美博物館の髙梨修と久伸博の学芸員2人及び喜界島文化財保護委員会の外内淳氏、計10人の研究者が参加した。

 第1回目の去る9月13日、東京で開催した研究会で打ち出された問題提起を受けて、今回の研究会では主に9世紀から12世紀(平安末期から鎌倉はじめ)におよぶ2,3世紀の間大きく変動した大和国家の南の境界地域に光をあて、特に最近の発掘結果について討論、またそれと合わせて青森から参加して頂いた研究者から「北の境」、辺境地域の事情についての説明を受けながら議論を深めた。それによって南北両地帯の歴史的な違い又は類似性が少しずつはっきりとさせることができた。

 第1日目は奄美市奄美博物館を場所に借りて、4つの報告並びに2つのコメント(久と外内両氏)を受けた。新里氏は先ず南西諸島(ここは大隈諸島、トカラ列島、奄美と沖縄諸島を含む)の土器編年や墓制の変化にもとづいて、貝塚時代のこの地域の物流ネットワークについて説明し、それに引き続いて髙梨氏が「古代・中世の奄美諸島」との題の下で、自らの発掘である奄美市名瀬の小湊フワガネク遺跡群や最近注目されている大がかりな発掘が行われている城久(グスク)遺跡群(喜界島)について報告を行った。この場合は中国(越州窯系青磁)、朝鮮半島、日本内地(本州)との交易と並んで、徳之島産のカムイヤキ土器やヤコウ貝の交易も問題視された。

 この二つの報告に対して、その場で「北」の事情に詳しい青森地方の専門家から青森市の新田(ニッタ)遺跡と八戸市のそれぞれの発掘成果を発表してもらったことは非常に効果的で、普段あまり交流の機会を持っていない、離れた地域で研究を続けている専門家が互いの発掘現場を視察する機会が得られたことこそはこのプロジェクトの長所であると言わざるを得ない。

 第2日目は外内淳氏の案内で喜界島で先ず城久(グスク)遺跡を視察、発掘担当者澄田直敏氏から詳しい説明を受けた上で、島の他の史跡も見学できた。

 第3日目は再び奄美市名瀬周辺を廻り、髙梨修氏の案内で発表でもふれた小湊フワガネク遺跡をはじめ、中世の城郭遺跡群(特に平家渡来の伝説との関係がある浦上地区の平実盛城)を見学することができた。

 

【記事執筆: ヨーゼフ・クライナー(法政大学特任教授)】