第1回みちのくワークショップ近代篇 『稲作ナショナリズム-日本近代の自己意識』(2013.10.25)

「国際日本学の方法に基づく<日本意識>の再検討—<日本意識>の過去・現在・未来」
アプローチ(1) 「<日本意識>の変遷—古代から近世へ」

第1回みちのくワークショップ近代篇

稲作ナショナリズム
−日本近代の自己意識

 

開催期間 : 2013年10月25日(金) 18時30分〜20時30分

講   師 : 山内 明美(大正大学 人間学部特命准教授)

会   場 : 法政大学市ヶ谷キャンパス九段校舎3階 第一会議室

司   会   : 田中 優子(法政大学社会学部 教授)

 

報告者:山内明美氏

 2012年度に「近世編」と「古代・中世編」が行われた「みちのくワークショップ」は、2013年度は「近代編」を2回に分けて行う予定である。第1回目となる今回は、大正大学人間学部特命准教授の山内明美氏を迎え、「稲作ナショナリズム−日本近代の自己意識」と題して開かれた。
山内氏は歴史社会学、社会思想史を専門とし、「ナショナリズム」、「マイノリティ」、「東北」、「地方」、「民衆」、「農漁村」などを手掛かりとして研究を行い、主な著書に『こども東北学』(単著、2012年)、『「辺境」からはじまる—東京/東北—』(共著、2012年)、『「東北」再生』(共著、2011年)などがある。今回は、山内氏の主たる研究対象である稲作とナショナリズムとの関わりを通して、日本の近代における自己意識と東北の位置付けの変化とが検討された。
報告の概要は以下の通りであった。

米飯が日本人の食生活に占める割合は低下しているものの、日本人の大多数は今もコメを「日本人の主食」と考えている。しかし、コメの生産と消費の関係を見ると、何度かの変遷のあったことが分かる。具体的には、都市化の未発達、コメよりも雑穀(あるいは蔬菜やコメの混食など)が主食であったこと、さらに地域ごとの食文化が残っていたことなどから、1910年代までの日本はコメ余りの状態であった。しかし、都市化の進展などにより、その後の日本においてコメは長年にわたって需要が生産を上回ることになり、日本は1960年代半ばまで世界最大のコメの輸入国であった。(Ex.大豆生田稔1995) そのような近代の日本の状況の中で東北の位置付けを考えると、「東北の多様性」が浮かび上がる。すなわち、(1)「資本主義」と「(村落)共同体社会」の対立、(2)「植民地」と「宗主国」の対立、(3)「植民地」と「(村落)共同体社会」の中間にある「アイヌ/エゾ」と「資本主義」と「宗主国」の中間にある「欧米」との対立という3つの対立の間に「東北」が置かれるのであり、その意味で「東北」は遍在し、日本の一部でありながら日本の内にある「植民地」という性格を持つ。この「東北の多様性」を把握しないと、われわれは東北のあり方を見失ってしまうのである。
さて、穀物を祭祀の対象とするか否かが「まつろう」者と「まつろわぬ」者とを分けるという民俗学上の理解が示すように、古代の日本において天皇が担った最も重要な役割は「食国の政」と呼ばれる服属儀礼であった。「食国の政」は政治的側面から見るなら、天皇が自らの配下に属さない者たちを隷従させ、「民」に編入し、田を作らせ、その他から得られた穀物を税として納めさせることである。「食国の政」は古代の祭祀的、政治的儀礼であるものの、明治時代になって形を変えて再び蘇ることになる。すなわち、明治時代初期は北国では稲作を普及させないことが国策であったものの後に稲作の促進へと政策が転換され、従来は肉食や魚食を主としてきたアイヌも米の配給制度によって、米食が加速的に日常化する。そうした近代国家制度の下で、「近代における食国の政」が拡大していくことにもなった。
そのようなコメは、単なる農作物の一つではなく、その内部においても序列を持つ、ある意味で独特なものであった。すなわち、戦前の日本では国産米を頂点とし、外国産米であってもサイゴン米、ラングーン米が上位に、南京米が下位に置かれるという階層が存在したのである。また、1918年の米騒動が社会不安をもたらしたことも、日本においてコメが占める独特の地位を示している。さらに、米騒動の後に原敬が東北出身者として初めて首相に就任し、1919年に産米増殖計画基本調査が行われ、15年で米の生産量を倍増させる計画が立てられた。これは東北の振興と社会の安定を目的としており、東北地方との技術の共有が進められるとともに、台湾や朝鮮半島で在来品種の代わりに日本米を栽培し、品種改良が行われたものである。
これに対し、戦後の東北地方は農業構造改善事業が行われ、結果的に現在に続く田園風景が確立されるとともに、品種改良の成果によって19世紀末から20世紀初頭には低かった東北6県の収穫量が向上し、1990年代には6県すべてが全国の上位10傑に入り「米どころ」という現在の東北地方の姿が定着するに至ったのであった。

本報告では、コメに関する議論は多いものの、「コメのプランテーション」や「コメのモノカルチャー」といった視点は長らく等閑視されており、これらの視点が日本人にとって自明すぎるために議論されなかったのか、あるいは触れ難い事項であったからかということを含め、コメが日本人にとって単なる穀物の一種ではなく、宗教的、社会的、文化的に重要な価値を持つことが定量的、定性的に検討された。精神的、文化的な要素だけでなく、コメのような物質的な対象からも日本意識を探ることが可能であることが示された今回の報告は、「日本意識」の研究を行う上で、示唆に富む内容であったといえるだろう。

【報告記事執筆者:  山内明美(大正大学人間学部特命准教授)、
鈴村裕輔(法政大学国際日本学研究所客員学術研究員)】

会場の様子

 

左より:田中優子氏(法政大学社会学部教授)、山内明美氏(大正大学人間学部特命准教授)