第1回シンポジウム 『メディアと日本意識-批判とは何かを、若い世代が考える-』(2013.9.21)

「国際日本学の方法に基づく<日本意識>の再検討—<日本意識>の過去・現在・未来」
アプローチ(1) 「<日本意識>の変遷—古代から近世へ」

第1回シンポジウム

メディアと日本意識
−批判とは何かを、若い世代が考える−

開催期間 : 2013年9月21日(土) 14時00分〜17時00分

講   師 : 佐藤東洋 (近代日本思想史研究家)
李知蓮 (法政大学国際日本学インスティテュート博士課程)
川崎那恵 (大学職員)
三浦友幸 (シャンティ国際ボランティア会)

会   場 : 法政大学市ヶ谷キャンパスボアソナードタワー25階B会議室

司   会  : 田中 優子(法政大学社会学部 教授)
野中 大樹(週刊金曜日 編集者)

 

左から李知蓮氏、佐藤東洋氏、川崎那恵氏、三浦友幸氏、野中大樹氏

  今回のシンポジウムは、第1部でパネリストがそれぞれ15分から20分程度の問題提起を行い、第2部で提起された問題を踏まえ、パネリストと会場内の参加者との間で質疑応答が行われた。
第1部のパネリストによる問題提起の概要は以下の通りであった。
最初の報告者である川﨑那恵氏は、「寝た子を起こして、仲良くごはん。」と題し、被差別部落出身者とそれ以外の人々との関わり方、被差別部落出身者の自らの出自に対する態度のあり方、被差別部落出身であることを公にし、氏名と顔を人々に示すことの持つ意味などを取り上げた。そして、被差別部落の出身であることを公言する人も隠そうとする人も、「次の世代には差別をなくしたい」という点では同じ問題意識を持っており、前者は積極的に周囲の人々とかかわることが差別をなくすと考え、後者は時間が経てば周囲も被差別部落の問題に対する関心を持たなくなり、問題そのものが解消されるであろうと考えていることが指摘された。
2番目の報告者の三浦友幸氏は、東日本大震災で津波の被害にあった気仙沼市の海岸に建設が予定されている高さ9.8メートルの防潮堤を巡る行政と住民の取り組みを紹介した。具体的には、行政側から事前に十分な説明がないまま提示された防潮堤の建設案に対し、気仙沼市大谷地区の住民が「計画の一時停止」と「住民の意向を十分に反映した計画の策定」を要望する要請書を気仙沼市長に提出するとともに、有志が大谷地区を含む各地区の連合による「防潮堤を勉強する会」を結成して検討を重ね、2012年11月に宮城県知事に対し要望書が提出されたことが示された。さらに、有志による「大谷まちづくり勉強会」が「砂浜の確保」や「津波防災対策」を中心とする大家海岸の役割と津波対策についての具体案を検討し、自治会に提示されたことも事例として挙げられた。
3番目に報告した佐藤東洋氏は政治史、政治思想史を研究する立場から、「自由の持つ意味」、「中央政府と地方政府の相克、対立」、「民主制における圧力団体の存在意義と日本人の非政治性」といった点を、具体例に基づきながら理論的に説明した。さらに、民主制、あるいは民主的な社会は存在ではなく当為として捉えられるべきものであること、また、「差別は固定的ではなく、ある日突然やってくるもの」という事実に基づき、「差別する側が差別される側になる」ことの自覚を一人ひとりが持つことの重要性を指摘した。
4番目の報告者である李知蓮氏は、まず感情の面において日本的な特徴であるとされる義理を取り上げ、義理が決して日本に固有の国民道徳ではなく、世界の各地で見出される普遍的な感情であることと、普遍的な感情でありながら閉ざされた体系を作り上げることを指摘した。さらに、義理に対する世代間の差に着目し、人間に普遍的な要素である義理が、世代が新しくなればなるほど人々の関心を集めなくなっているという世界的な傾向は、人間関係の希薄化から影響を受けた結果であるとともに、義理の存在感の低下が人間関係の希薄化に作用している可能性を示唆した。
このような問題に基づいて行われた第2部の質疑応答では、「領土問題に対する中央と地方の反応の差」、「愛郷心や郷土愛と愛国心は直接結び付くものか否か」、「「国益」と「地域益」はどこまで一致するか」、「選挙において、「分かりやすさ」は人々の投票行動にどのような影響を与えるか」、「ヘイトスピーチと所得格差の拡大の間に相関性はあるのか」、「「義理の希薄化」と「批判の難しさ」はどのように結び付くのか」といった事項が会場の参加者とパネリストから提起され、議論が行われた。さらに、会場の参加者からは「東日本大震災以来、「ふるさと」に対する肯定的な評価が絶対化しているが、「ふるさととは何か?」という点は少しも検討されていないため、具体的な議論が必要ではないか」、あるいは「批判は攻撃ではなく、相手に働きかける仕組み、相互に建設的な議論を行うための第一歩なのではないか」という意見も提示された。
議論を通して、今回のシンポジウムの特徴でもある「若い世代」にとって、「日本意識」というものがなくとも「郷土愛」や「郷土意識」が成り立っていること、義理という日本の国民道徳と考えられている要素が人類にとって普遍的な価値を有していること、「ヘイトスピーチ」に反対する人々の動きが人種差別の撤廃という普遍的な価値に根差していることなどが指摘され、現在の日本において、一人ひとりの人間が日常生活の中で意識や行動の普遍性を獲得しつつある可能性が示唆された。さらに、そのような普遍性の下では、「右翼と左翼」、「愛国者と非国民」といった、イデオロギーに基づく従来の二項対立的な図式が意味を持たず、より複雑な関係が人々の中で成立している可能性も指摘された。
今回のシンポジウムは従来の「日本意識」の歴史的な研究とは異なる論点を含んでいる。このような同時代の、しかも30歳代の報告者の現実に根差した議論は、今後「日本意識」を考察する際に重要な視点である。

【報告記事執筆者:鈴村裕輔(法政大学国際日本学研究所客員学術研究員)】

 

会場の様子

 


司会:田中優子氏(法政大学社会学部教授)