第1回研究会 『「夫婦有別」と「夫婦なかよく」-清朝中国と徳川日本-』(2013.7.20)

「国際日本学の方法に基づく<日本意識>の再検討—<日本意識>の過去・現在・未来」
アプローチ(1) 「<日本意識>の変遷—古代から近世へ」

第1回研究会

「夫婦有別」と「夫婦なかよく」
—清朝中国と徳川日本

開催期間 : 2013年7月20日(土) 14時30分〜16時30分

講   師 : 渡辺 浩(法政大学法学部 教授)

会   場 : 法政大学市ヶ谷キャンパスボアソナードタワー25階B会議室

司   会 : 田中 優子(法政大学社会学部 教授)

 

渡辺 浩 氏(法政大学法学部教授)による発表

  今回の研究会では、法政大学法学部教授の渡辺浩氏を招き、「夫婦有別」と「夫婦なかよく」——清朝中国と徳川日本」と題して行われた。
報告の概要は下記の通りであった。

教育勅語(1890年)の説く「臣民」の「拳々服膺」すべき「皇祖皇宗ノ遺訓」は、往々儒教的であると考えられている。しかし、一切の道徳的行為を「皇運」を「扶翼」するための手段とみなすという点で、既に儒教的ではない。また、教育勅語にいう「夫婦相和シ」は、「夫婦有別」を説く儒教道徳に背くものである。一方、徳川日本では「夫婦」といえば仲睦まじくあるべきものと説く習慣があった。それ故、教育勅語の「夫婦相和シ」との教えは、以前から日本で有力であった教説を踏襲していると考えられる。実際、夫婦円満を倫理的、道徳的責務として説く徳川日本にあって、儒者の中には「夫婦有別」の伝統的な解釈が適切でなく、「有別」とは夫婦の間の厳格な区別ではなく、「この男とこの女の組み合わせ、あの男とあの女の組み合わせ」という組み合わせの区別を示すものだと理解する者もいた。
「夫婦有別」「男女有別」の教えが説得力を持ちにくかった一因は、徳川日本の社会実態として「別」が弱かったことであろう。例えば、外出し、他人と交際し、比較的自由な活動が出来た徳川日本の女性と、纏足によって歩行能力が制約され、自ずから家の中に閉じこもりがちになっていた中国の女性との間の違いは大きい。実際、徳川日本では男女の混浴さえ広く行われ、女性は労働の面でも男性とともに農業や商業などに従事することが期待された。
では、徳川日本において「男女の別」が緩やかであっただけでなく、何故積極的に夫婦円満が道徳的な責務として説かれたのか。その一因として、離婚が難しかった同時代の欧米や中国、あるいは現在の日本に比べ、徳川日本では離婚が比較的に容易で、しかも頻繁であったという事実が挙げられる。また、当時の欧米や、中国と異なり、徳川日本では花嫁に性的経験のないことをきわめて重要と考える風習がなかったことも、離婚と再婚の頻度を高くする要因であったといえるだろう。その意味で、夫婦関係は、仲良く親しみあう「和熟」の状態にある限りにおいて続くという性質を持っていたのである。そのため、徳川日本の人々は、「家」や「家業」のため、そして当人自身のため、夫婦になったからには添い遂げることが望ましく、そのために互いに努力をすべきであるという願いを込めて、「夫婦なかよく」と説いたのであろう。
周知のように、徳川時代の「家」は中国の「家」と異なり、特定の「家業」を営む経営体であり、将軍から百姓に至るまで、それぞれの「家」は何らかの「家業」を有していた。そして、それぞれの「家」が自らの「家業」に励むことによって世の中全体が成り立っていると考えられていた。そのため、個々の「家」は国を成り立たせるために必要な単位であり、「家業」を守り立てるために夫婦が共同で「家業」に従事し、「夫婦なかよく」あることが求められたのである。また、「不聴婦言」こそ「治家長久之道」とする中国とは異なり、妻が夫に対してだけでなく、夫も妻を相談相手とすることは徳川日本の夫婦にとって当然と考えられていた。換言するなら近代欧米のhomeはworkと切り離された純粋なprivateな領域であるが故に、loveが求められる。これに対し、徳川日本の「家」はhomeとworkが一体化しているが故に、「夫婦相和し」ていることが「家のため」、「家業のため」に求められたのである。
ちなみに、本居宣長は「中国には男性が女性を想う詩がないが、これは上辺をつくろう中国の性格の現れだ」と中国を批判している。さらに一部の国学者は、日中の相違の一つとして、「夫婦和合」と「夫婦有別」に注目し、和合を日本の特色として強調した。

豊富で広範な同時代の資料から実証的に検討し、中国とも欧米とも異なる日本の夫婦に対する考え方、家庭の捉え方を示した今回の報告は、社会を形成する根本的な単位としての夫婦の特徴を描き出すものであった。このような夫婦のあり方への考え方を知ることは、当時の日本の社会の状況をよりよく理解するだけでなく、より人々の生活に密着した観点から日本意識を検討することを可能にするという意味でも、意義深いものであると考えられた。

【報告記事執筆者:鈴村裕輔(法政大学国際日本学研究所客員学術研究員)】

 

会場の様子

 

司会:田中優子氏(法政大学社会学部教授)