第8回東アジア文化研究会『言語接触と文化交渉学』(2012.11.7)

「国際日本学の方法に基づく〈日本意識〉の再検討−〈日本意識〉の過去・現在・未来」
研究アプローチ(3)「〈日本意識〉の現在−東アジアから」
2012年度 第8回東アジア文化研究会

言語接触と文化交渉学
中国言語学および翻訳論の立場から

日 時: 2012年11月7日(水)18時30分〜20時30分
場 所: 法政大学市ヶ谷キャンパス 58年館2階 国際日本学研究所セミナー室
講 師: 内田 慶市 (関西大学外国語学部教授)
司 会: 王 敏 (法政大学国際日本学研究所専任所員、教授)

発表の様子:内田 慶市 教授

内田 慶市 教授

平成19年度のGCOEプログラムに採択された「東アジア文化交渉学」は、これまでの1対1という文化交流研究の方法に対して新しく、国家や民族という分析単位を超えて、東アジアという一定のまとまりを持つ文化複合体を想定し、その内部での文化生成、伝播、接触、変容に注目しつつ、トータルな文化交渉のあり方を複眼的で総合的な見地から解明しようとしたものである。
別の言い方をすれば、研究分野としては、言語、思想、歴史、哲学等々の既成の分野を超えた、むしろ脱領域、跨領域を目指すものであり、研究対象となる地域も中国、朝鮮、日本、ベトナム、さらには欧米までも視座に据えた脱地域的なものとなっている。 また、こうした新しい学問体系を確立するに際して、私たちが採用した方法論の一つは「周縁からのアプローチ」という方法である。日本語では「灯台もと暗し」、中国語では「当局者迷、傍観者清」と言われるが、たとえば、これまで中国言語学の研究分野においては、中国の資料、中国語そのものを研究対象とするのが一般的であったのに対し、わたしたちは、外国人の目から見て初めて明らかになる中国語の本質というものもあるという考え方から、中国以外、つまり域外資料に基づく中国語研究に着目してきた。その結果、特に欧米の宣教師たちによる中国語研究の質の高さ、科学性、体系性が認められ、それは中国言語学研究に極めて有効であるということが明らかにされつつある。
筆者はこうした立場に立って、この10数年来、中国語の本質を解明することを最終目的としながら、その過程で、文化交渉と言語接触のあり方、言語観、翻訳観の問題を取り上げて研究してきている。今回の講演は、特に、「イソップの東漸(東アジアへの伝播)」を中心に、こうした文化交渉と言語接触における「ことば」の翻訳の問題を論じたものである。
文化交渉の具体的な表れとしては、東西においては大きく3つの現象がある。一つは「西域からの伝来」、一つは「仏教伝来に関わるもの」。そして、もう一つが16世紀後半からの「西学東漸」という現象である。ところで、こうした文化交渉においては、その媒体としては「もの」「ことば」「ひと」が大きな要素となるが、とりわけ「ことば」は最も重要なものである。なぜなら、「新しい事物」がもたらされれば必ずその「名称」つまり「ことば」が必要になってくるからである。ここに、実は「翻訳」という問題が生じてくる。
では「翻訳」とは何かということであるが、キリスト伝来により「God」という概念がもたらされた時、それを如何に名付けるかである。たとえば、中国ではこれを「神」と訳し、あるいは「上帝」と訳した。こうした現象を見ると、翻訳とは簡単に言えば「彼の国のことば」を「此の国のことば」に置き換えることということになる。「Dog」=「犬」=「狗」も同様である。
しかしながら、ことはそう簡単ではない。まず、「Dog」=「犬」=「狗」に「等しい」ものは何かということが問題になる。形や音が同じでないことは明らかである。「翻訳における等価とは何か」ということは実はそう簡単な問題ではないのである。
日本の鉄道では「黄色い線の内側でお待ち下さい」というアナウンスがよく聞かれるが、これを中国語に「直訳」つまり「内側」と訳したら、実は極めて危険な情況となる。「昨日は何時まで起きていましたか」は中国語では決してそのままでは表現できずに「何時に寝ましたか」としか言えないのだ。新幹線の車内放送でも「無線LANによるインターネット接続サービスのご利用は新大阪までとなっております」と日本語では表現されるが、英語だと「Wireless internet connection service will not be available after leaving Shin-Osaka.」となるのだ。
このような例は沢山あり、「右と左」でも中国と他の国とでは異なる場合があったりするのである。
つまり、これは結論的に言えば、「言葉の背景にあるもの」つまり「文化」の問題に帰着するのである。すなわち、「ことばの翻訳」とは「文化の翻訳」に他ならないということである。
ところで、西学東漸によりヨーロッパから伝来したものには色んなものがある。キリスト教関係のバイブルやイエス像、世界地図、ピアノ等、様々であるが、その中に、「イソップ物語」も含まれていた。
このイソップ物語は、明末から宣教師によって中国語に訳されているが、このイソップ漢訳の中で量的にも質的にも他を凌駕するのがロバート・トームによるイソップ『意拾喩言』(1840)であった。これはその後、吉田松陰によっても紹介されたり、日本でも翻刻がされているが、このイソップの最大の特徴はそれが全く中国文化に同化したイソップであるということである。話しの枕は全く中国風にアレンジされ、モラルも中国の格言、故事成語を用いるのだ。当時のヨーロッパ人の言葉を借りれば「中国の衣装を身に纏ったイソップ」である。これは何に起因するのか。おそらくは彼の翻訳観であり、それは「相手方に身を置く」という考え方、「相手の文化を尊重する」という立場である。そして、それはそれ以前のイエズス会の布教方法である適応主義(その典型としてはその聖像画の中国化が挙げられる)やロバート・モリソンの翻訳観(英華字典の序参照)と相通じるものであるというのが私の考えである。
「言は意を尽くさず」と言うように、ことばの交流には自ずと限界があるものである。では、人は結局は分かり合えないものなのか。答えは「ノー」である。「言は意を尽くさず」を認めることから始めるべきであり、それは「みんなちがって、みんないい」(金子みすず)ということに他ならないというのが私の考えである。

【記事執筆:内田 慶市(関西大学外国語学部教授】

発表の様子

発表の様子

会場の様子

会場の様子