第3回研究会(2011.11.18-19)
法政大学国際日本学研究所「国際日本学の方法に基づく〈日本意識〉の再検討−〈日本意識〉の過去・現在・未来」 研究アプローチ(2) 近代の〈日本意識〉成立」
2011年 第3回研究会
『日本民俗学・民族学の貢献 -昭和20-40年代まで-』 開催報告
日 時 2011年11月18日(金)-19日(土)
会 場 法政大学九段校舎3階 遠隔講義室
司 会 ヨーゼフ・クライナー教授(法政大学国際日本学研究所兼担所員・国際戦略機構特別教授)
クライナー教授 山崎幸治准教授(北海道大学)
桑山敬己教授(北海道大学) 大島明秀准教授
戦略的研究基盤形成支援事業「国際日本学の方法に基づく<日本意識>の再検討—<日本意識>の過去・現在・未来」研究アプローチ(2)の今年度の第3回の研究会は、去る11月18日(金)・19日(土)の二日間にわたって法政大学九段校舎3階の遠隔講義室で行われた。
今年のテーマは、主に終戦から昭和40年前後の日本の民俗学・民族学の動きが、終戦を迎えるまでは植民地を多数かかえた多民族国家であった日本帝国からにわかに「単一民族国家」となった日本にどのような影響を与えたかを分析し、討論するものである。
第3回の研究会では、地方レベルでの民俗学研究ないし郷土史研究の動きと、アイヌの研究について取り上げた。
11月18日(金)は、熊本県立大学文学部の大島明秀准教授に「戦後熊本における郷土史編纂活動─「郷土文化研究所」を中心に」というテーマでご報告頂いた。昭和23年に熊本県で設立された郷土文化研究所についての、非常に興味深い報告であった。当時の熊本では、いくつかの大学が設立され、県知事、国会議員、マスメディアをはじめとする政財界と学界の名士が80名も結集して「熊本人とは何か」を問う学術機関を創る運動を展開していた。これは幅広い企画で、阿蘇、天草、球磨郡などの広い地域の現地調査、また考古学から近世史にわかる幅広い時代を研究の対象とした。近代史は取り上げられていないのはその特色である。この研究所は熊本女子大学を中心に置かれたが、後に熊本県立大学が設立された際には、大学の組織としては設置されなかった。また、この研究所の中心的な人物であった圭室諦成が明治大学に移籍し熊本を去った後は、活動が後退し、この研究所の活動は3年間で終わった。しかし、この研究所の活動は、学生の勉学のレベルでは長く影響を与えた。討論では、熊本の郷土研究とは対照的に、鹿児島では高校の教員を中心とした数々の小さな研究会が今でも活動を続けていることと、熊本の郷土研究は博物館設立にはつながらなかったことなどが指摘された。 11月19日(土)は、北海道大学大学院文学研究科の桑山敬己教授が「日本のアイヌ研究に関する若干の考察」、北海道大学アイヌ・先住民研究センターの山崎幸治准教授が「『民族学研究』におけるアイヌ研究—終戦から昭和四〇年代まで—」というテーマで、それぞれ膨大な資料を巧みに整理し分析し、戦後のアイヌ研究、特に昭和30年代の問題をとりあげた。昭和24年から数年間にわたって行われた、日本民族学協会の沙流谷アイヌ総合調査が中心的な話題となった。これらの調査が、岡正雄を通じて諸外国、特にウィーン大学におけるアレクサンダー・スラビック教授のアイヌ研究にどのような影響を及ぼしたのかが検討された。
研究会の最後に設けられた総合討論では、今年度の研究をふまえ来年度の研究テーマについても話し合われた。清水昭俊先生などからの助言で、来年度も戦後から現在に至るまでの日本の民族学と民俗学が日本意識に与えた影響を研究対象とすることになった。ただし、昨年度・今年度とは研究会のかたちを変えて、戦後の主だった民族学と民俗学の転換期に活躍した研究者をお招きして話題提供を頂き、それについて討論していくかたちの研究会を設ける方向で検討することとなった。
【報告者:ヨーゼフ・クライナー(法政大学国際日本学研究所兼担所員・国際戦略機構特別教授)】
会場の様子