国際シンポジウム『日本のアイデンティティを<象徴>するもの』(2011.11.4-6)

法政大学国際日本学研究所「国際日本学の方法に基づく〈日本意識〉の再検討
−〈日本意識〉の過去・現在・未来」 研究アプローチ(4)
〈日本意識〉の三角測量 – 未来へ」
2011年 アルザスシンポジウム
『日本のアイデンティティを<象徴>するもの』
開催報告


 

・日 時 : 2011年11月4日(金)- 6日(日)

・会 場 :   アルザス欧州日本学研究所(CEEJA)

・共 催:     法政大学国際日本学研究所(HIJAS)

・共催:  フランス国立科学センター東アジア文明研究所(CRCAO)

・共催 :     ストラスブール・マルク・ブロック大学人文科学部日本学科

・共催:      アルザス欧州日本学研究所(CEEJA)

 

『日本のアイデンティティを<象徴>するもの』

1 シンポジウムの概要
シンポジウムでは、日本側から10名、欧州側から8名の、合計18名が報告を行った。各報告者の論題をTable に示した。
CEEJAでの国際日本学シンポジウムでは毎年統一の主題を設けて報告を行う。今回の主題は「日本のアイデンティティを<象徴>するもの」であり、日本人が日本や日本文化のアイデンティティを表現すべく用いてきた、あるいは,結果として日本や日本文化のアイデンティティを表現するものと見なされてきた様々な<象徴>を通して、日本や日本文化のアイデンティティについて,それは存在すると言えるか、存在するとして、それはどのようなものなのかが、日本の歴史、文化、社会を背景に検討されていった。

 

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今回の18人による報告の概要は以下の通りである。

(1)日本人個々の「自己アイデンティティ」が<自己主張>という形ではなく<自分探し>に、しかも過去を深く掘り起こすことでの<自分探し>に向かっている様子を、マンガやアニメにも言及しながら検討したウルリッヒ・ハインツェの「アイデンティティを掘り出す—現代日本における過去のシンボル」。

(2)明治初頭に「軍国日本の象徴」として喧伝されたものの、第二次世界大戦後はタブー視されることになる神宮皇后と三韓征伐の神話を通して、日本という国の自己表象の変遷を辿ったギョーム・カレの「神功皇后神話盛衰記—ある「日本国家のイメージ」の運命」

(3)記紀神話がそれ自身は当初は作られたテキストとして神話でも何でもなかったものが、国学の文献学的精査を受けて建国の「神話」として確固たる存在を得、それがさらに再解釈されて国家アイデンティティを支えるイデオロギへと化していく過程を検討したアラン・ロシェの「神話とイデオロギ—誤解の系譜」

(4)菅原道真の和歌と漢詩を対比させ、和歌の場合には中国的な知識と教養がなお姿を現してはいるものの、日本的な心性からの風物や事柄の描写が散りばめられていて、和魂漢才といった様相を呈していることを明らかにし、和歌創作における菅原道真の日本的要素と中国的要素のせめぎ合いを明らかにしたロバート・ボーゲンの「道真の和歌—その紛らわしさ」

(5)「維新の最大の功労者」であるとともに「最後の武士」でもある西郷隆盛を対象に、一時は「明治政府の敵」であった西郷がやがては「敬天愛人」の英雄に祭り上げられていくその過程で、絵画や銅像などでの彼の描かれ方がどのように変遷していったかを検討したクリスティアーヌ・セギーの「矛盾的英雄の象徴として西郷隆盛の肖像」

(6)日本文化における自死のあり方を検討し、「死の方法」と階層とが結び付けられていることを明らかにするとともに、日本独特の現象とされる切腹、殉死、相愛男女の心中について、それらがどのような諸要素の結びつきの結果であるかを明らかにした川田順造の「日本人の自死に見る道徳観と美意識—切腹、殉死、心中死」

(7)自殺率を対象とし、2000年代に入って自殺率が増加している日本と、日本よりも経済的・社会的な状況の悪い国における自殺率が日本よりも相対的に低いことを定量的に分析し、「経済的・社会的な状況の悪化が日本の自殺率の高さの原因」という通説的な見方の問題点を明らかにしたマヤ・ミルシンスキーの「自死—日本とスロベニアの比較文化論」

(8)日本民族、日本文化の定義付けとしての稲作文化に注目し、民俗学ないし民族学における「日本の稲作文化」の議論の展開と特徴を総説的に概観したヨーゼフ・クライナーの「日本民族・文化の定義づけとしての稲作文化」

(9)沖縄・八重山地方において、法要の際に供される伝統的な料理である霊供盆を対象に、その特徴や時代の変化に伴う霊供盆に対する人々の態度の変化などを通し、八重山地方における「祈りの性質の変化」を明らかにした内原英聡の「象徴としてのリョングブン霊供盆─八重山の人々の信仰と世界観─」

(10)「沖縄学の祖」とされる伊波不猷の議論を通し、日本本土との関係において、琉球・沖縄の人々が自らをどのように位置づけ、どのように理解したかを、同一性、多様性、差異性といった概念から検討した合田正人の「〈沖縄学の祖〉伊波不猷と明治期の人文学」

(11)「江戸時代におけるIDカード」であり、太平洋戦争中には内地の世帯の96%が所有したともされる伊勢大麻を対象に、日常的で素朴な信仰のあり方が「日本人らしさ」あるいは「日本人であること」と密接に結びついていることを明らかにしてジョセフ・キブルツの「国民のあかし「伊勢大麻」」

(12)太平洋戦争後、人間宣言や新憲法の施行によってそれまでの現人神から「国民統合の象徴」となった天皇に関する和辻哲郎と津田左右吉の議論を通し、大正デモクラシーに淵源する国民主義的な天皇不親政論がどのように戦後まで引き継がれたかを明らかにした星野勉の「国民統合の〈象徴〉としての天皇とは?」

(13)戦前期の日本において、政党政治の排除や軍部の政治介入の根拠とされた国体の概念について、明治維新の精神を「万機公論に決すべし」という五箇条の誓文に求め、「日本の国体は一党独裁ではなく民主政治にある」とした石橋湛山の主張を検討した鈴村裕輔の「国体は自由主義の原理である−戦前期における石橋湛山の議論を中心に」

(14)徴兵制度によって成り立つことになった明治新政府の軍隊に「天皇の軍隊」という特別な地位を与えることになった「軍人勅諭」を起草した西周の案文と、最終的に公布された「軍人勅諭」とを対比させ、西の啓蒙的、功利的な天皇観が権威主義的、国粋主義的な内容に変質したことを明らかにした安孫子信の「『軍人勅諭』と西周」

(15)衣装を国民的象徴の要素と捉え、19世紀に執筆された、ギリシアと日本を描いた二つの旅行文学の作品を対象として分析を試みたマリア・エウヘニア・デ・ラ・ニュエスの「アイデンティティ、伝統、現代性:エヅモンド・アブーのLa Grèce contemporaine(1854)とピエール・ロチのJaponeries d’automne(1889)におけるフスタネラと着物の研究」

(16)「日本を代表する」という言葉が冠せられる能楽の何が日本的であるか、いつ頃から幽玄性や象徴性を追求するようになったのかという点を、世阿弥の時代からの各種の文献に基づいて実証的に検討した山中玲子の「能の何が日本的なのか」

(17)自死の伝承としての「処女塚伝説」の観点から森鴎外の戯曲『生田川』と夏目漱石の小説『草枕』を分析し、両者が「処女塚伝説」を作品に取り込むことで「利己心を超える他者への想像力」という新しい創造を試みたことを明らかにした大石直記の「〈身を投げる女〉の表象—〈世紀転換期〉における再生する古伝承—」

(18)1960年代に流行した「変な外人」という表現を手掛かりに、外国人に対する日本人の意識の変化と、そのような変化をもたらした背景を大衆文化の側面から検討した相良匡俊の「<変な外人>考」

以上のような議論を受け、シンポジウム最終日には総括討議が行われ、さまざまな観点主張を突き合わせる作業が行われた。

2 シンポジウムの成果と意義
シンポジウムでは日本研究の第一線で活躍する内外の研究者たちが発表を行い、率直な意見交換を行った。国際的かつ学際的という国際日本学のそもそもの枠組みに加えて、今回は<象徴>を手掛かりに置いたことで、アイデンティティの問題が、文学、思想や芸術、歴史、政治といったコアな文化や社会現象においてばかりでなく、大衆文化や日常生活においてまで、幅広い範囲で論じられることになった。これは問題の検討にきわめて有益であった。すなわち、日本および日本文化のアイデンティティは、こうして多様な現象を通じて追及されて、単純で純粋なものとしてではなく、多様で複雑なものとして、つまりは動的で多彩なものとして現れ出ることになったのである。今回のシンポジウムの諸発表から言うべきことはしたがって、日本において、アイデンティティは本来在るものというよりむしろ作られてきたものであり、しかもその形成は、内側から一途にではなく、そのつど外的状況に応じて相対的に、押す引くを巧みに織り交ぜて、しなやかに(悪く言えば、アド・ホックに)なされてきたということである。だから、その現れは、多様で多彩なのである。その形成の実態をさらに精査して、今日、日本のアイデンティティを改めて語るに際して役立てうるものを探っていくことが、今後の研究の課題となっていくであろう。
以上の学術的成果に加えて、今回のシンポジウムでは、教育面での成果も語りうる。すなわち、3日間の会期中、ストラスブール大学の日本学専攻大学院生が連日そろって聴講参加してくれたのである。大学院の時点から日本研究の国際的展開の実際に触れるということは、勉学研究への意欲増進にきわめて有用なことであろう。こうして、教育ということでも、アルザスでの国際日本学シンポジウムが機能し始めたことは、本シンポジウムの社会的貢献ということでも喜ばしいことなのである。

【報告者:安孫子 信(法政大学国際日本学研究所所長・教授)
鈴村裕輔(法政大学国際日本学研究所客員学術研究員)】

発表の様子(クリスティアーヌ・セギー教授)
[ストラスブール大学]

発表の様子(川田順造特別招聘教授)
[神奈川大学]

発表の様子(内原英聡学術研究員)
[法政大学]

発表の様子(ジョセフ・キブルツ教授)
[フランス国立科学研究センター]

会場の様子

主な参加者による集合写真