第7回東アジア文化研究会(2011.10.26)

「国際日本学の方法に基づく〈日本意識〉の再検討−〈日本意識〉の過去・現在・未来」
研究アプローチ(3)「〈日本意識〉の現在−東アジアから」
2011年度 第7回東アジア文化研究会

国家体制を支える制度としての「家」
—『日本近現代社会史』を媒介に—


  • 報告者: 李 潤沢 (法政大学国際日本学研究所 客員学術研究員)
  • 日 時: 2011年10月26日(水)18時00分〜20時00分
  • 場 所: 法政大学市ヶ谷キャンパス58年館2階 国際日本学研究所セミナー室
  • 司 会: 王 敏 (法政大学国際日本学研究所 教授)

王 敏 教授

李 潤沢 氏

講義の様子

会場の様子

 

李卓氏著「日本近現代社会史」(叢書『日本現代化歴程研究』)は「家」や特定の職業・性別集団など、社会の基本的な構成単位に焦点を当て、明治維新から「経済大国」になるまでの日本の発展過程を社会史的な視座から多面的に考察し、それぞれの構成単位の歴史的変容、近代化との関係性を明らかにする力作である。

本書は日本近現代社会史に関わる諸問題について著者が様々な機会に執筆した論稿のアンソロジィーという側面が強く、5つの章で取り上げられたテーマは、天皇制、「家制度」、女性の地位、労使関係、戸籍問題など多岐にわたる。さらに、第三章は他の研究者が執筆した論文も含まれるため、前後の内容とやや不一致なところも見られる。しかし、中国国内の従来の政治学的・経済学的アプローチでは十分に検討しきれなかった日本の「社会的近代化」の歴史的意義を再認識するという著者の明確な問題意識は一貫している。その意味では、本書は中国の日本社会史研究に関する総体的理論ないし体系を提示するのではなく、「あくまで個別的なテーマに関するこれまでの個人的意見と感想をまとめた内容である」ため、日本近代の歴史を理解する上で、新しい社会的視点を提示することを目的としている、といえよう。

さて、本書を通じて著者が提示した視点を具体的に言えば、「近代性には、合理主義を背景とした産業化だけではなく、個人の自由と平等を最終目的とする社会的近代化も極めて重要」、と纏めることができる。このような論点を検証するため、著者は主に明治維新から戦後までの日本「家制度」の沿革を取り上げ、次のような歴史的プロセスを描いた。——明治政府は産業化を強力に推進する際、「家」を社会の「末端管理機関」として機能させることで「個人主義」を抑制し、「富国強兵」という経済的近代化の目標を国民に自覚的に支持させることに成功した。しかし一方で、封建的「家父長家族制度」が意図的に強化されたため、「家」の秩序は個人の自由と権利を軽視する封建的主従関係から脱却できず、社会構成員である個人の社会的尊厳、自由意思、権利・義務の行使などを象徴とする社会的近代化が停滞した。このような社会的近代化と経済的近代化の間の著しいアンバランスに由来する不安定な社会発展は日本の近代化にも著しい歪みを与えた。さらに、「家」による国民の自由と権利に対する制限、及び天皇権利の絶対化は「日本を戦争の道へ導いた要因」として働きかけ、その最終形は1930年代から45年までのファシズムによる日本支配と戦争である。しかし、敗戦によって「家父長制度」を代表とした「家」の伝統的価値、及び政府の強圧で制度化されてきた「家族国家観」は一気に破壊し、社会的近代化が急速に完成した。その結果、戦後の日本が「福祉国家」「平和国家」へ変貌し、経済大国までに成長した、と。ここから、跛行的な近代化は国を間違った道へ導く可能性もある、といった著者の指摘を読み取ることができる。また、このような論点は、本書が研究対象とした女性の地位や労使関係問題についての記述にも通じて強調されている。

本書では著者は新しい史資料や調査にもとづく独自の事実発見や独自性に基づく研究方法を提示しなかった。何しろ、日本社会史分野について日本側の研究者はすでに豊富な学問的成果を蓄積しているため、さらなる新しい学術的な貢献は決して容易ではないからである。しかし、本書の特徴は、単に既存の研究をまとめただけではなく、日本の近代化を分析するために、従来の研究による「経済学的」アプローチと「文化的」アプローチの2つに加えて、さらに「社会学的」アプローチを提示したことである。また、中国の社会的現状を意識しながら、著者は「社会的近代化」の重要性を明確に主張することによって、後に続く中国の日本社会史研究者に新たな課題を探す視点と素材を提供した。この点に本書の最大の意義があるといえよう。

【記事執筆:李 潤沢(法政大学国際日本学研究所 客員学術研究員)】