特別研究会(2011.10.21)

法政大学国際日本学研究所「国際日本学の方法に基づく〈日本意識〉の再検討−〈日本意識〉の過去・現在・未来」 研究アプローチ(2) 近代の〈日本意識〉成立」

2011年 特別研究会
『日本民俗学・民族学の貢献 -昭和20-40年代まで-』 開催報告

 

日 時  2011年10月21日(金)

会 場  法政大学市ヶ谷キャンパス58年館2階国際日本学セミナー室

講 師  ロナルド・ドーア (ロンドン大学インペリアルカレッジ名誉教授)

司 会  ヨーゼフ・クライナー 
(法政大学国際日本学研究所兼担所員・国際戦略機構特別教授)

ロナルド・ドーア名誉教授

   左より:ドーア教授、クライナー教授、 中生勝美氏(桜美林大学教授)、ドーア教授
長島信弘氏
(元一橋大学教授)

 去る2011年10月21日に法政大学市ヶ谷キャンパス58年館2階国際日本学セミナー室を会場に、ロンドン大学インペリアルカレッジ名誉教授のロナルド・ドーア(Ronald Philip Dore)先生を講師にお招きして特別研究会を開催した。
現在は86歳のドーア先生は「昭和20年代の日本社会調査を振り返って」というテーマで、いきいきした話をして下さった。「私の一生は幸運の連続であった」と先生は何度も繰り返した。まず、高等学校を卒業すると同時に、イギリス外務省にスカウトされて第二次世界大戦に突入する母国のために、普段はあまり研究されていないアジアの言語を勉強してもらえないかと依頼され、自らはトルコ語と中国語を志願したが、日本語に振り分けられた。ロンドン大学東洋アフリカ学院SOASに設けられた日本語学校の特訓コースを第一期生として最優秀の成績で卒業し、最前線に送られることなく恩師のフランク・ダニエルズ(Frank Daniels)教授のもとで講師として大学に残り、後輩を教えることになった。1947年、ロンドン大学で博士号を取得し、1年間日本に留学するための奨学金を与えられたが、アメリカのGHQが日本入国ビザを発行しなかったため、しばらくロンドンに留まってダニエルズ夫人のオトメさんのサロンで、戦後ロンドンに立ち寄ったわずかな日本人と出会うことになった。そのなかでも江上波夫という名前をよく覚えていたという。ようやく1950年にイギリス大使館文化部の無給補佐官として東京に赴いた。その時の研究テーマは江戸時代の日本の寺子屋などの教育制度であったが、長い船旅の間に当時ヨーロッパでよく読まれたMiddletownという社会学的なモノグラフを熱読し、せっかく日本で勉強できるのだから、図書館ばかりにこもらないで生きている日本人の社会に溶け込もうとした。そこで、新宿区の「したやま町」に下宿し、都市に住んでいる日本人の生活を研究し、後にCity Life in Japan(邦題『都市の日本人』)という著作にまとめた。そのとき日本側で交流にあった方々に、丸山眞男、福武直などの先生方がいる。ロンドンに戻った時点でScarborough Report(スカーボロ侯爵リポート)がそれまでにヨーロッパで主流であった文献学を中心とした日本学を厳しく批判して、ロンドン大学に社会科学系の日本研究の場が設置され、その教員のポジションを得ることになった。イギリス政府や財界は日本で共産主義革命が起こるのではないかと懸念しさまざまな研究会が開かれており、再度の幸運により日本の農地改革調査に派遣され、山形県と山梨県をフィールドに研究をした。その成果は後に Land Reform in Japan(邦題『日本農地改革』)という本にまとめられた。カナダのブリティシュ・コロンビア大学に招聘され、その頃、「海を渡った日本の村」の調査でカナダに渡ってきた鶴見和子、蒲生正男と出会った。
このような、自身の日本との係わりの回顧の後に行われたディスカッションでも、ドーア先生は柳田国男先生などの日本の民俗学の研究者などについてのご自分の考えをまとめて述べた。
なお、ドーア先生の講演については、2011年度内に出版する研究会の報告に掲載する予定である。

【報告者:ヨーゼフ・クライナー(法政大学国際日本学研究所兼担所員・国際戦略機構特別教授)】

会場の様子