第4回東アジア文化研究会(2011.7.27)

「国際日本学の方法に基づく〈日本意識〉の再検討−〈日本意識〉の過去・現在・未来」
研究アプローチ(3)「〈日本意識〉の現在−東アジアから」
2011年度 第4回東アジア文化研究会

対日警戒論の歴史的脈絡をたどる
—米慶余『日本近現代外交史』を読む—

 

報告者: 馬場 公彦 (株式会社岩波書店編集局副部長,学術博士)
日 時: 2011年7月27日(水)18時00分〜20時00分
場 所: 法政大学市ヶ谷キャンパス58年館2階 国際日本学研究所セミナー室
司 会: 王 敏 (法政大学国際日本学研究所 教授)

            馬場 公彦 氏              報告の様子

会場の様子(写真前方 左:王 敏教授、右:馬場 公彦氏)

対日警戒論の歴史的脈絡をたどる
— 米慶余『日本近現代外交史』を読む —

 湾岸戦争以後,歴史認識問題や,従軍慰安婦問題をめぐる国民基金の活動に見られるように,日本外交の作法は大きく転回しつつある。即ち外交のアクターは多元的に広がり,外交史は政府(戦前はこれに軍部が加わるが)や外務官僚(さらに関係省庁の官僚)の動向のみを追っているだけでは,その全体像は描けなくなった。外交活動の舞台は,二国間外交から多国間ひいては地域間外交及び国際機関での外交へと広がり,その一方で,経済団体や地方自治体など,さまざまなレベルで重層的に折り重なりつつ複雑に展開されている。
本書は幕末維新の開国期から現代の小泉政権末期まで,ほぼ150年間を扱うが,外交のアクターについては,戦前期においては官邸及び外務省に対象を定め,侵略の諸側面において軍部の動向を追い,戦後期においては専ら政官に検討の範囲を絞っている。例えば,世論・民間メディア・社会運動・知識人の言説といった「国民外交」的なアクターについては,ごく僅かに第6章「第1次世界大戦と日本」において,対中21カ条要求に際して,内田良平ら黒龍会の中国観について触れられているにとどまり(本書184頁),ほとんど顧慮されていない。その意味では,本書は二国間の政官(「正式接触者」)による対外交渉の政策決定過程をたどるという極めてオーソドックスかつ古典的な旧外交の立場に立つ外交史である。
また本書は,『日本外交史』と称しながら,外交の地理的範囲は東アジア(特に中国)に限定しており,特に戦前期は重要な外交相手であった欧州や,それ以外のアフリカやラテンアメリカに対しては,ほとんど論及されていない。その意味では「日中関係史」でもあるのだが,外交相手である中国の動向や中国の外交当局の動向については全くと言っていいほど検討されていない。従って,本書の性格を忠実に言い表すとすれば,『日本近現代対中・対東アジア外交史』ということになろう。
この本書の性格は,日本の対外政策を決定づけて来た日本の対外観を,著者がどう見定めているかという本書のモチーフと強く響き合っている。その対外観とは,戦前は大陸拡張を推進することによる軍事大国として,戦後は日米基軸に依拠した政治経済大国として,常に大国化を実現しようとする願望に貫かれて国策を展開してきたとするものであった。即ち第1章から第9章までの戦前部分のキーワードは「覇占」「独覇」で,「併呑」による大陸の覇権を確立することにあったとする。その際のポイントは,俗説・通説にあるような,軍部の暴走に政官がやむなく追随したのではなく,政官が主導し天皇が認可したものであったということの脈絡を叙述することにある。これに対し,第10章から第15章までの戦後部分のキーワードは「自主」で,アメリカの超大国化に依拠しつつもアメリカに追随したのではなく,自主外交の空間を拡大し,経済大国・政治大国の地歩を,東アジアの近隣地域と国際舞台で確立しようとしたことの脈絡を,政官の動向に狙いを定めて叙述することにあった。ここでの「自主外交」というのはネガティブが含意があり,それまでの対外観と国策を改めて選択した「平和憲法」や「日中共同声明の精神」などの国際ルールからの逸脱を意味しており,「日米同盟体制」については,ややアンビバレントな評価に立っている。
このような一貫した視座と単線的叙述を可能にしたのは,依拠する基本史料に負うところが大きい。即ち戦前部分は外務省編纂『日本外交文書(1868—1945)』,同『日本外交年表竝主要文書(幕末〜終戦)』(いずれも原書房刊)を根本史料とし,部分的に幕末から日清戦争までを描いた第1—3章は『日本近代思想大系12 対外観』(岩波書店刊)に,軍部が全面に出た「満洲」事変・日中戦争から太平洋戦争にかけての第8・9章は『現代史資料』(みすず書房刊)からふんだんに引用している。いっぽう戦後は占領前後の第10章・11章は鹿島平和研究所編『日本外交主要文書・年表(1941—1960)』(原書房刊)を根本史料とし,日中国交正常化を扱う第12章は田恒主編『戦後中日関係文献集 (1945—1970)(1971—1995)』(中国社会科学出版社)に依拠し,それ以後の時代を扱う第13—15章は外務省『外交青書』に依拠している。さらに全体に渉って,鹿島平和研究所編『日本外交史 全34巻(幕末〜講和後の外交)』(鹿島研究所出版会刊)を踏まえている。
このように,政官(一部軍)当局が残し,主に外務省が整理・編纂した史料に一貫して依拠し,ふんだんに引用していることで,とりわけ同一史料からの引証が可能であった戦前部分については通史の体裁がに整っている。戦後は共著であることと,最近の事象について公文書の公開・編纂が整っていないため史料がやや未整理・不統一であることが通史の体裁を難しくし,問題史・主題史の体裁となっている。いずれの部分も先行研究書については,その大半は日本人研究者のものを引いている。
従って本書が提示する史料にも,それによって明らかにされた史実にも,そこに反映された史観も,従来の日本側の研究の一つの流れから大きく逸脱するものではないため,正面から異論を唱えることは難しい(1927年の「田中上奏文」の取り扱いなどに疑問は残るが。本書230—231頁)。とはいえ,通説と大きく異なる知見が提示されていたり,新事実が明らかになるようなことは,ほとんどないといってよい。
今後われわれが新たな日中あるいは東アジアの外交史を叙述するときには,これまでの対立と抗争の歴史から信頼と和解のための外交史を編み出していかねばならない。その取り組みはいま始まったばかりであり,その十分な成果を見るに至ってはいない。その新たな作業のためのヒントとして,本書を踏まえたうえで,さらに本書では十分に顧慮されなかった史実や視点を拾い上げていく努力が求められるだろう。それは第1に,冒頭に述べた政府・官僚以外の外交のアクターの存在と機能であるし,第2に,二国間・多国間・地域間・国際外交の相手側のアクターの存在である。とりわけ本書の場合は,中国という外交主体の存在を対象化していかねばならない。第3に,国際秩序を形成する世界的な思想潮流の背景である。二国間外交重視の視点からは,「独覇」「自主」のキーワードに体現されているように,どうしても日本の単独行動主義の印象が強くなる。だが,「近現代史」あるいは「20世紀史」という視座を基礎に据えて日本外交史を見たときに,「近代化」あるいは「近代性」というプロセスを強調することで,日本の特殊性を打破する契機が得られるだろう。例えば,「万国公法」「勢力均衡」「国際協調」「モンロー主義」「国連主義」「民族自決」「平和主義」「地域主義」などはその時代ごとの国際秩序論の世界潮流であり,日本もその潮流に抗っては国際空間の中で生存することは難しかったし,中国も同様の同時代性の中を生きなければならなかったのではないか。
通史は一貫した視座で歴史を包括的に叙述する方法であり,一国の歩みを単線的に叙述するその一貫性において,本書の動機と結果は相即していると言ってよい。次なるわれわれの課題は,時間的な通覧だけでなく,空間的な通覧を可能にする歴史観と史的方法論を見出していく努力にあるだろう。

【記事執筆:馬場 公彦(株式会社岩波書店編集局副部長,学術博士)】