第3回東アジア文化研究会(2011.6.29)

「国際日本学の方法に基づく〈日本意識〉の再検討−〈日本意識〉の過去・現在・未来」
研究アプローチ3「〈日本意識〉の現在−東アジアから」
2011年度 第3回東アジア文化研究会

「中国における近現代日中関係研究の発展と限界」
—最新日本研究成果『日本近現代対華関係史』を通じて—

 

報告者: 王 雪萍 (東京大学教養学部 講師・法政大学国際日本学研究所 客員研究員)
日 時: 2011年6月29日(水)18時00分〜20時00分
場 所: 法政大学市ヶ谷キャンパス58年館2階 国際日本学研究所セミナー室
司 会: 王 敏 (法政大学国際日本学研究所 教授)

     左:王 敏 教授  右:王 雪萍 氏          王 雪萍 氏

会場の様子

「中国における近現代日中関係研究の発展と限界
— 最新日本研究成果『日本近現代対華関係史』を通じて — 」

 全10巻の『日本現代化歴程研究叢書』は、中国近現代史研究の名門南開大学・日本研究院が日本の国際交流基金と中国の教育部の研究助成を得て行なわれた10年間の研究成果として、2010年に世界知識出版社から出版された。この研究成果は、まさに中国の日本研究の最前線と言える。他方、日清戦争や日中戦争の経験と記憶は、中国における近代日本政治及び国際関係研究に多大な影響を与えてきた。そこで、本報告は上記叢書の一冊、中国の日中関係研究の最新成果である宋志勇・田慶立著『日本近現代対華関係史』の内容と論点分析を通じて、中国における近現代日中関係研究の様相と動向を紹介したい。
本書は近現代の日中関係を時系列で詳細に分析した研究成果であるのみならず、従来の中国での日中関係史研究と異なり、戦前と戦後を一冊の本にまとめた点が注目される。最新の研究成果も取り入れ、終戦によって分断されない、連続した近現代日中関係史の教科書としての役割も果たせる研究書である。
前半部分(第1章〜第4章、戦前部分)執筆者の宋志勇・南開大学日本研究院の副院長は、本プロジェクトの責任者の一人であり、長年日中関係史、日本外交史を研究してきた専門家である。本書における近代史部分は、近代日本外交史を研究してきた著者の知見を踏まえ、日本の最新研究成果を意識した研究成果と言える。外務省によって編集された『大日本外交文書』、『外務省百年』、『日本外交年表並主要文書』、『日本外交文書』、参謀本部が編集した『昭和三年支那事変出兵史』、『満州事変作戦経過概要』など、日本側の一次史料を利用しながら、日本の対中国、対アジア侵略の政策は、明治維新以降徐々に形成された政策であることを立証した。
前近代日本の華夷秩序からの離脱、アヘン戦争の教訓、明治維新後の岩倉使節団によるヨーロッパ訪問に対する分析を通じて、日本の世界認識とアジア認識に変化が見られ、軍事力拡大の方向に発展した状況を強調した。さらに参謀本部管西局局長の小川又次の『征討清国策(案)』と山県有朋の『外交正論略』、『軍事意見書』を引用して、日本の大陸政策の形成過程を分析し、その後の日清戦争、日露戦争、満州事変、さらに日中戦争へとつながったと結論付けた。日中戦争中の戦況拡大の一因として、日本政府内、軍内部の意見不一致、さらには政府と軍部の意見相違についても分析した上で、外務省は日本軍の侵略を最終的に後押ししたと主張している。さらに、一部の史料の信憑性を含めて史料批判を行いながらも、宋は日本の史料や研究成果を論拠に、一部の現地軍の暴発的な行動による戦況の拡大はあったものの、日本政府も追認しており、日本の対中国侵略は計画されたものであると説明した。この点は、中国の政府と研究者のこれまでの主張と一致する。
中国の研究者は日本の侵略を長期的に分析して、その計画性を強調する傾向が強いのに対し、日本の研究者は各事件に関する詳細な実証研究を通じて、計画性が認められないとの結論が主流である。つまり、戦争の計画性をめぐる見解の相違は、研究者を含む日中両国国民間の戦争に対する認識の相違となり、対立の火種は払拭されていないと言えよう。
本書の後半部分(第5〜8章)は、冷戦期から21世紀初めまでの日中関係、特に中国が主張する対日民間外交の視点から分析している。本書の題名は「日本の近現代対華関係史」、すなわち、近現代日本の対中政策、特に外交政策が主な研究対象である。そのため、前半部分は日本の対中認識、対中政策を中心に論じられているのに対し、後半は日本側資料、特に一次史料がほとんど使われず、基本的に中国の研究書あるいは中国語に翻訳された日本の研究書を使用している。日本の対中政策分析よりも、中国側の視点から見た戦後日中関係史を時系列に分析したものである。半面、田慶立が民間交流、貿易交流、文化交流、日本対中ODAなど、戦後日中関係をできるだけ多面的に紹介しようとする姿勢は評価できる。
本書の特に前半部分は、日本側の最新研究成果を意識した反論が数多く見られるなどの点で、研究書としても、大学や大学院で日中関係を専門とする学生の教科書としても高い利用価値を有している。ただし、一部の論点について、使用した史料を注等で明記していないところが信憑性を損ねている。近現代の日中関係史は、日中両国で敏感な話題であるため、論じる際、史料の引用方法など国際基準に合わせた執筆方法に留意すべきであろう。

【記事執筆:王雪萍(東京大学教養学部講師・法政大学国際日本学研究所客員研究員)】