彬子女王殿下講演会『大英博物館を彩った日本美術―明治・大正期の日英文化交流を中心に』(2011.6.24)

 講演会

『大英博物館を彩った日本美術
—明治・大正期の日英文化交流を中心に—』

日 時  2011年6月24日(金) 17:00〜19:00

会 場  法政大学九段校舎3階 遠隔講義室

報 告  彬子女王殿下(立命館大学衣笠総合研究機構 ポストドクトラルフェロー)

挨 拶  増田 壽男 (法政大学総長)

司 会  ヨーゼフ・クライナー(法政大学国際日本学研究所兼担所員、国際戦略機構特別教授)

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      報告:彬子女王殿下          開会挨拶:増田 壽男 総長

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  司会:ヨーゼフ・クライナー特別教授           会場の様子

 今回の講演会は、文部科学省の「国際共同に基づく日本研究推進事業」に採択され、平成22‐24年度にかけて行われる法政大学国際日本学研究所「欧州の博物館等保管の日本仏教美術資料の悉皆調査とそれによる日本及び日本観の研究」の一環として企画された。講師は立命館大学衣笠総合研究機構ポストドクトラルフェローの彬子女王殿下が務めた。
彬子女王は、2010年1月に留学先であるオックスフォード大学より博士の学位を取得し、今年5月に学位授与式が行われたばかりで、今回の講演の内容もその博士論文の一部である。
講演の論題は「大英博物館を彩った日本美術−明治期の日英文化交流を中心に—」であり、具体的な内容は、「大英博物館に所蔵される日本美術の作品を通して、日本をどのようにとらえ知ろうとしていたのか」という日本観の形成に関する研究である。我々のプロジェクトとも密接に係る研究テーマであるため、今回の講演会への出講を招聘するに至った。講演の概要は以下の通りである。

大英博物館は、現在では絵画・版画・陶磁器・漆器・根付・染色品など多岐にわたる日本美術作品を所持しており、その数はおよそ3万点にも及ぶ。本講演では、このコレクションの基礎を築いた立役者である3人の人物と、大英博物館を拠点とした日英文化交流を通し、明治期の大英博物館において「日本美術史」がどのように形成されていったかを検証する。大英博物館の日本美術コレクションの礎を築いた三人の人物とは、すなわち、ウィリアム・アンダーソン、オーガスタス・ウォラトストン・フランクス、ウィリアム・ガウランドであり、今回はアンダーソンの活動と大英博物館における日本美術の定着への寄与に焦点を当てる。
アンダーソンはロンドンのセント・トマス病院の助手として働く医師であった。しかし、当時日本の明治政府が新たに設立した帝国海軍医学校・海軍病院の教授に任命され、約6年間、いわゆる「お雇い外国人」として日本で過ごすこととなった。医師として活躍するかたわら、アンダーソンは日本・中国の絵画の蒐集を行った。日本に滞在中に入手した作品の数は、約3000点にものぼり、イギリスに帰国後の1881年、大英博物館へ約3000ポンドで売却した。
当初、大英博物館側は、アンダーソンの蒐集品の受け入れに難色を示していたが、学芸員のフランクスらの調査を経て、購入を決定した。フランクスは大英博物館に40年以上も勤めた人物で、あらゆる分野の収蔵品の補強をおこなった。このフランクスの進言があったからこそアンダーソン・コレクションは大英博物館に入ることとなった。しかしながら、フランクス自身は日本を訪れたことはなかった。
アンダーソン・コレクションの形態別内訳は、掛幅986点、画巻95点などであり、他は「まくり」の作品である。「まくり」とは美術作品とみなされないような未表装の下絵類であり、安価に、しかも大量に購入することができ、日本美術を体系的にとらえ紹介したいアンダーソンには最適の対象であった。画派別にアンダーソン・コレクションをみてみると、狩野派が23.6%と最も多く、中国派(雪舟、文人画、南蘋派などの中国絵画の影響を受けた画家)、浮世絵、円山四条・岸派と続く。時代別には、江戸時代後期の作品がそのほとんどを占めている。これらのことから日本の絵画を美術作品としてみようとしたアンダーソンの蒐集態度がみられる。アンダーソンは『大英博物館蔵の日本・中国絵画カタログ』(1886年)と『日本の絵画芸術』(1886年)を出版し、『日本の絵画芸術』は、1896年に末松謙澄によって日本語に訳され、『日本美術全書』と改題され出版された。これは日本美術を古代から時代ごとに区別し、作家の紹介をおこなった初の書物であった。最初の日本美術の通史は、1900年のパリ万国博覧会に際してフランス語で出版された『稿本日本帝国美術略史』であり、アンダーソンは日本人が自国の美術品を美術と認識せず、その歴史を編纂する以前に、このようなコレクションを形成し本まで出版している。『稿本日本帝国美術略史』の作成に深くかかわった九鬼隆一と佐野常民が『日本美術全書』に緒言を書いていることから、アンダーソンの著作が日本の美術史の形成に影響を与えていたといえよう。
そして、アンダーソン・コレクションが大英博物館に入ることになり、日本美術は世界の美術に比肩するものであることが認識された。

以上のような報告があり、アンダーソンという蒐集家の伝記的研究だけでなくアンダーソン・コレクション自体の歴史を辿ることで、西洋における日本美術への関心の変遷が解き明かされた。このような視点は、「美術品を通して収集者の日本観を探る」という本研究プロジェクトにとって、大変有意義なものであった。

【記事執筆:神野祐太(法政大学国際日本学研究センター客員所員)】