研究アプローチ③第8回東アジア文化研究会(2010.11.12)

 

「国際日本学の方法に基づく〈日本意識〉の再検討−〈日本意識〉の過去・現在・未来」

研究アプローチ3「〈日本意識〉の現在−東アジアから」

2010年度 第8回東アジア文化研究会

「日韓歴史和解のためのいくつかの課題」

 

報告者:朴 裕河(韓国 世宗大学人文科学大学 教授)

日時:2010年11月12日(金)18時30分〜20時30分

場所:法政大学市ヶ谷キャンパス58年館2階 国際日本学研究所セミナー室

司会:王 敏(法政大学国際日本学研究所 教授)

 

 

                                                     

日韓和解のための課題−韓国の日本認識を通して

 現在の韓国の日本認識は、2010年の各種アンケ—トだと、全体として好意的になっていながらも(過去の歴史に対して)「謝罪しない日本」というものが代表的なものとなっている。しかし、「謝罪していない」という認識では共通していながらも、日本に対する「姿勢」は進歩か保守かの政治的立場によって大きく違っている。たとえば李 明博(ミョンパク)大統領が就任直後に日本と「未来志向の関係を築いてゆく」と明言し、 マスコミ・市民の大半からは反発を受けたこともそれを表している。さらに、たとえば2007年1月にあった、引揚げの際の悲惨さと被害を描いた在米日本人による小説「ヨウコ物語」に対しての非難と販売中止、2008年5月に試みられた日本人による「朝鮮人特攻隊慰霊碑」の韓国内設置に対する激しい反対、さらに2009年の夏、駐韓日本大使に対する投石事件などにかかわる人々が主に進歩側の人々だったことにもこうしたことは現れる。
保守側の立場は、「市場主義」と「自由民主主義」を共有する政治体制を重要視し、日本との政治・経済的協力を強調している。彼らは主に反共主義で「安保」をかかげて日本やアメリカとの 協調を導いている。このような思考は、発展至上主義的近代主義と国家主義をはらんでいて、それゆえに植民地時代の日本の役割も肯定的に評価する傾向にある。その点で、日本の右派と共通した思考の枠組みを持っているが、時折日本を批判する際はそのような立場は忘却されるか隠蔽される。
進歩側の立場は、政府に対して反体制的で北朝鮮にたいしてはわりあい穏健な態度を保ち、強い 民族主義的情緒を持っている。立場としては「反近代」「反国家」であるが、盧 武鉉(ノ・ムヒョン)政権の時あきらかになったように、そのような姿勢が徹底されることもない。植民地時代に関しては「被害者」の認識に徹底していて、九十年代に行われた日本の補償に対しても否定的である。 「謝罪していない日本」という思考の 中心を担っているが、階級や性差によって違った位置に立たされた植民地時代の矛盾に対しての自覚が十分とは言えない。
このように、日本をめぐる韓国の認識と対立には、 左右の対立のみならず、左・左の対立やジェンダ—の問題もからんでいるが、日本との葛藤は韓国が「弱い」ゆえのこととみなす「弱い韓国」観では一致しており、必然的に「強い韓国」を求めるような 国家主義、近代的発展主義に行くほかないという点では共通している。日本に対する韓国の批判には、左右の立場による認識の差異やそれに基づく入り組んだ構造があるのであって、単に「ナショナリズム」とする理解はこうした対立の構造を見ることを難しくし、解決の道も見出せないだろう。
そして、このような韓国内部の対立する動きは日本内部の左右とそれぞれ連携するような時代に来ていて、「冷戦」を別の形で存続させ続けている。日本では、右派は 九十年代後半から「歴史問題」に対して積極的に発言し始めたが、これは冷戦終焉後のナショナリズムといった世界的情勢のみならず、国家単位の冷戦が終息するにしたがって内部冷戦が顕在化したものと見るべきである。そのような動きは現在の『嫌韓流』につながるような対韓認識で韓国の反発を呼んだ。一方、中途的な官僚や市民は、併合に対して「不当」との認識を持ちながらも「合法」、一九六五年に清算は終わった、一九九〇年代においてさらに再清算をした、独島(竹島)は日本の領土、などの認識を共有している。支配に対して反省的だが、現実認識では右派と多くを共有していて、 九〇年代以降の韓国との、補償をめぐる関係において疲れを感じていて、新たな補償には消極的である。さらに、革新側は、新たな「国家」補償をするべきとしているが、九十年代の補償についての理解は十分ではなく、厳しい自己評価に基づいて韓国の左派市民団体と密に連携している。植民地時代や 解放後韓国社会に対する理解もやや平板で、歴史問題に対する反省的な立場は高く評価できても、右翼の反発や強硬な姿勢を維持させる原因のひとつにもなっていて、かえって政府を動かせない困った事態になっている。
このような膠着した事態を転換させるためには、過去にたいするより複合的な理解−帝国の入り組んだ構造、植民地のみならず解放後の韓国・北朝鮮の政治状況、 戦後日本や現在の日本に対する理解 −を持ち、その認識を共有してゆく必要がある。国民主義ではなく市民主義、一国主義ではなく地域平和主義に基づいて左右の認識の接点を見出していくことが必要で、そのことこそが国家補償を可能にし、最終的に日韓の和解のみならずそれぞれの内部冷戦も治癒していけるはずである。

【記事執筆:朴 裕河(韓国 世宗大学人文科学大学 教授)】