研究アプローチ③国際シンポジウム/第4回東アジア文化研究会(2010.7.24)

 

法政大学国際日本学研究所戦略的研究基盤形成支援事業

「国際日本学の方法に基づく〈日本意識〉の再検討−〈日本意識〉の過去・現在・未来」

研究アプローチ3「〈日本意識〉の現在−東アジアから」(2010年度第4回東アジア文化研究会)

国際シンポジウム   

 〈日本研究の最前線

 −大連における多文化共生・異文化理解の研究と実践〉

主催:法政大学国際日本学研究センター・国際日本学研究所

後援:人民日報海外版・日中新聞社

日 時:2010年7月27日(火)10時00分〜18時30分  

場 所:法政大学市ケ谷キャンパス ボアソナード・タワー25階 B会議室

コーディネーター・総合司会:王 敏 (法政大学国際日本学研究所 教授)

司会:午前の部:菱田 雅晴(法政大学法学部 教授)

午後の部:髙栁 俊男(法政大学国際文化学部 教授)

共同討議:安孫子 信(法政大学国際日本学研究所所長、教授)

 

開会挨拶:星野理事(国際日本学研究センター長)   総合司会:王 敏 教授

 

基調報告:王 秀文 教授          共同討議司会:安孫子信教授(左)、王秀文教授(右)

                

 

 

暦を1904年に戻してみよう。当時大連は日露戦争の戦場であった。同じ頃、法政大学は清国留学生の受け入れを始め、中国の将来を担う人材を育成していた。同時代の大連と東京に思いをはせると、日本と中国の関係は、国際間、国家間、また個人の関係においても複雑な関係が交錯し、紆余曲折を経て発展してきた。国際環境という背景や国家の発展という大前提のもとに、大連という地域は独自の発展を遂げ、その歴史的、地理的特色から、独自に異文化理解と多文化共生の体験に基づく智恵を蓄積し、成長してきたといえる。

 現在、大連の日本との異文化理解、多文化共生に力を注いでいる。大連の日本企業は6000社に達し、高等教育機関では日本語の人材を毎年5000名養成し、日本語人口は30万人にも及び、小学校から高校に到るまで日本語教育が普及しているという。大連は国際都市として文化・経済交流の要衝となりつつあり、日中関係の最前線ということができる。

 シンポジウムを共催した大連民族学院は、国家民族委員会に属する公立総合大学として、多民族中国ならではの特色ある教育と研究を実践している。国際的な異文化交流だけでなく、多民族国家である中国国内における異文化交流の重要性を強調していることが最大の特徴であり、56の民族が学ぶ大連民族学院は多文化共生の理念を目標とする内外異文化交流の最前線である。

 シンポジウムは、まず日中双方からの基調報告で幕を開けた。大連民族学院学術委員、教授の王秀文氏は、「日中文化交流の昔と今 文化異同と異文化理解のために」と題して講演し、1.地理的に近隣で交流の歴史が長い場合でも、文化の相違を重視すべき、2.グローバル化・多元化・流動化・活性化しつつある国際社会の中で、「小異を残して大同を求める」思考が必要、3.幅広い民間交流を促進し、相互理解を深める必要、と主張した。法政大学国際文化学部部長、教授の曽士才氏の基調報告は、「庶民の日中交流江戸時代の国際都市・長崎から学ぶこと」と題して行われた。江戸時代に国際都市として発展してきた長崎において、庶民レベルでの異文化交流が行われていたことを、特に中国系移民の過去と現在を中心に紹介した。長崎において多文化共生の智恵が蓄積されていたことを再評価し、国内外に向けて発信しながら今後の異文化理解の参考にすべきという報告であった。

 基調報告に続いて行われた各報告の要旨は以下のとおりである。

 

1.秦頴氏(大連民族学院助教授)「中国における二宮尊徳思想と実践研究の展開と意義−大連を中心に」

 二宮尊徳の報徳思想は近代社会における日本人の道徳を陶冶し、規整し、人間関係の調和を保ち、日本社会の発展および人間生活の向上に多大なる影響を与えた。今日、世界規模での金融危機、気候温暖化、テロ、核拡散などの諸問題が発生し、中国では資源、エネルギー問題、環境問題、三農問題、所得分配不均衡などの厳しい情勢がある。このような情勢の中で、二宮尊徳・報徳思想の現実的意義および参考価値を探求した。

 

2.小林ふみ子氏(法政大学キャリアデザイン学部准教授)「近世日本の通俗文学における教訓性と中国思想−山東京伝の心学物黄表紙を例に」

 今日の眼からすれば、「教訓」は「文学」と相矛盾するものであるかのようであるが、当時は娯楽のための小説も何らかのかたちで有用であることが求められ、それが実用性・教訓性といったかたちで表された。その事例として、寛政の改革期に人気を呼んだ江戸の戯作者山東京伝の黄表紙を例に考察した。

 

3.劉振生氏(大連民族学院助教授)「近代日本の文人と大連−夏目漱石・中島敦、清岡卓行を例に」

 三人の作家・詩人の大連における体験は、近代日本インテリの大連乃至中国に対する認識となり、近代日本人の精神世界に最も迫り得るものである。彼らによる中国を対象とする異文化体験の遍歴は、近代日本文学において特別な一頁を成し、日本文人乃至国民全体の歴史的、文化的、精神的遺産になると考えられる。

 

4.藤村耕治氏(法政大学文学部准教授)「清岡卓行と大連」

 近代以降、文学的に最も豊かな大連像を定着したと言われる清岡卓行が、愛着と郷愁に満ちた故郷であると同時に、引け目と後ろめたさの源としての日本植民地でもあった「大連」とどのように向き合い、その間の葛藤と矛盾をどのように整理し、透明な色彩によって描いたのか、作品の制作年代に沿って辿りつつ分析し、清岡卓行における大連の意味と大連像を当時の生存環境のもとで検討した。

 

5.劉俊民氏(大連民族学院助教授)「中日間経済合作における文化摩擦に関する研究−教育現場における日本企業文化への理解を中心に」

 中日経済交流において、行動様式・考え方・価値判断の相違に起因する支障が関係者により指摘されている。報告ではインタビュー調査とマインドマップ調査法を用い、中国進出の日本企業のマネージメント層や従業員及び中日両国の大学生を対象に、相互に如何なるイメージを有し、如何なる面で違和感を覚えるのか等を調査した。文化の違いの誘因となる制度や社会の発展段階なども無視することはできないという観点で報告した。

 

6.山田泉氏(法政大学キャリアデザイン学部教授)「中国における多文化共生教育としての年少者日本語教育の試み」

 中国における初等中等教育の外国語については、2001年より新たな『課程標準』のもとに教育実践が進められている。外国語教育が、単に外国語の理解・運用だけを目指すのではなく、グローバル社会を生き、建設していく「人間性を養成」することを中心に据えたといえる。そのひとつには多用な文化の受容があり、中国が多民族文化社会であることと深く関係している。大連の学校教育における取組を中心に、外国語としての年少者日本語教育が果たすべき役割を考察する。

 

7.郭勇氏(大連民族学院講師)「日本語での非対面型ビジネスコミュニケーションについて−異文化環境に適した人材育成のために」

 現在、外国語の言語能力だけでなく、異文化コミュニケーション能力が必要とされている。コミュニケーションは対面型と非対面型に分けられるが、今回は非対面異文化コミュニケーション能力の育成について考察した。日本語教育者の立場に立ち、授業の中でどのような取り組みを行うべきかという模索である。

 

8.福田敏彦氏(法政大学キャリアデザイン学部教授)「日中の広告文化−共通点・相違点・文化摩擦−」

 日本の広告が感情や美意識に訴えようとするのに対して、中国の広告は意思や倫理に訴えようとする。商品関連の表現の仕方も異なるところがある。報告では、具体的な広告の事例をもとに、日中のメッセージとコードについて比較し、近年発生した日中の広告摩擦について分析した。

 

 これらの各報告に続き、「日本意識の現在〜大連を事例に〜」と題した共同討議が行われた。今回の国際シンポジウムの特徴は、以下の5点を挙げることができる。

1.各報告に共通する点として、知的構築においては、国籍はもとより細分化された研究ジャンルを超えた多様な教養を育み、視野を広げることが重要であると議論された。

2.報告者たちの議論は、異文化理解・多文化共生を文献研究のみならず、現場での検証を踏まえた研究報告として行われ、現実的な意義が強調された。

3.個々の報告のテーマは異なるものの、研究のアプローチには共通点も多く、今後の研究と交流に示唆を与え、多分野に活用できる方法論を提供した。

4.研究と交流は異なる分野だと考えるありかたもあるが、今回のシンポジウムでは研究と交流の有機的な関連こそ研究にとって新たな地平線が見えるものになるという認識を深めた。

5.アジアにおける研究と交流、中でも日中の相互学習、相互研究を通じて、日本学研究にも飛躍的な進展が期待されることを相互に最確認し得た。

 

 以上のように、今回の国際シンポジウムは、研究の成果を研究と教育の現場に、実際の交流にどのようにいかすべきかという視点で建設的な議論を展開することができ、大変有意義なものとなった。開催にあたりご協力頂いた大連民族学院をはじめ、後援の人民日報海外版・日中新聞社および法政大学国際交流センター、関係機関の尽力に心から感謝する。

 

【記事執筆:王 敏(法政大学国際日本学研究所 教授)】