研究アプローチ③第2回東アジア文化研究会(2010.5.31)

「国際日本学の方法に基づく〈日本意識〉の再検討−〈日本意識〉の過去・現在・未来」
研究アプローチ3「〈日本意識〉の現在−東アジアから」

2010年度 第2回東アジア文化研究会
「日中和解と、東アジア共同体−ヨーロッパ統合に学ぶ」


 

  • 報告者:羽場 久美子 氏(青山学院大学 国際政治経済学部 教授)
  • 日 時:2010年5月31日(火)18時30分〜20時30分
  • 場    所:法政大学市ケ谷キャンパス 58年館2階 国際日本学研究所セミナー室
  • 司 会:王 敏 (法政大学国際日本学研究所 教授)
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羽場 久美子  教授

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熱心に聞き入る会場の様子

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豊富な資料で説明される羽場教授

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安孫子所長・教授(左)、王 敏教授(右)

日中和解と、東アジア共同体—欧州に学ぶ「4つの和解」—

2009年9月に東アジア共同体を鳩山政権が打ち出して以来、2010年は秋にAPEC首脳会議が日本で、ASEMの国際会議がブリュッセルで開かれることもあり、にわかにアジアの共同も現実味を帯びてきた。既に2000年には経団連の「奥田レポート」がアジアとの共同を打ち出し、2002年にはシンガポールで小泉首相も「東アジア共同体」を打ち上げた。2009年に鳩山政権が宣言した「東アジア共同体構想」は、2010年6月の首相の交代以降、「東アジア共同体超党派連合」が結成されたにも拘わらず、日米同盟再編にかき消されて下火気味だが、経済が大きく転換しつつある今こそ、本格的に東アジアの共同について考える時期であろう。

報告では、欧州統合からみた東アジア共同体への問題提起として、欧州統合の2つの誤解、今進めるべき「4つの和解」に関し、お話しさせて戴いた。

欧州統合の2つの誤解とは、1.欧州は均質で仲が良いから統合が実現できたが、アジアはあまりにも多様であり統合は無理、2.「和解」は有る程度均質で対立のない状態でなければ実現不可能というものである。

欧州は、65年前、第2次世界大戦の結果だけ見ても、アジアの2倍近い3000万に及ぶ人が死んでいる。ナチスのホロコーストは600万人と言われる。その10年後に屍を越え「独仏和解」による統合が行われた。大した決断である。未だ日中敵対の原因となっている南京虐殺は30万人(日本側では5−6万という意見もある)。その後60年間戦争はないものの未だわだかまりや敵意は残る。「欧州が均質で戦争をしない」状態になったのは、戦後の「不戦共同体」としての地域統合以降、高々50年にすぎない。それはまさに統合と和解の成果なのだ。

第2の誤解は「和解」の語感・意味である。和解とは、「仲良くすること」ではない。それは「戦争状態と敵対を修復する」意味だ。「仲が良いから」和解するのでなく、「戦争や敵対状態の修復」が和解である。その意味で欧州の「和解」「平和」と日本語の語感は大きく異なる。「平和」は日本では、青空に鳩が飛んでいて人々がゆったり幸せをかみしめるイメージ。他方欧米では平和を作る(Peace Making)ことは、戦争状態に終止符を打つために外交・軍事行動を起こすことだ。Peace Keepingは、紛争・戦争をしている二つの対立・抗争地域に、武器を持って割って入ること、Reconcileは、虐殺と戦争を起こした当事者同士の関係を修復することなのだ。

「独仏和解」とは、3000万人の戦死者、600万人のホロコースト死者を踏まえて、それを悼み「虐殺と敵対の修復」が戦後10年で行われたことだ。その背景にソ連の脅威があったにせよ。南京虐殺は、ナチスの蛮行の20分の1、100分の1の死者。でありながら60年以上たっても歩み寄りはなく敵対は修復できない。それは「違いすぎるから」以上に、修復の意思及びアメリカの意図と関係している。

ソ連に対抗するための独仏和解と地域統合。ソ連・中国に対抗するための分断。冷戦の影が、欧州の統合とアジアの分断を作りだした。しかし冷戦終焉20年で欧州さらには世界で大きく地域統合が進む中で、いまだ日中韓は冷戦の影を引きずり、世界最大の経済成長区で、いまだ「政冷経熱」を囲っている。何とか打開できないものだろうか。

東アジアで、米欧に並ぶアジアの統合はできるか。何よりもグローバリゼーションと中国・インドの成長が、日本に(あるいは世界に)中国・インドそしてアジアの発展地域と結ぶ必要を促している。いまや統合に気乗りのしない日本抜きの、アジア大陸の地域統合と経済発展のシナリオも表れている。こうした中で、日本の課題は、歴史問題・政治問題を超えて、世界を見据えつつ、東アジアの地域統合に参加していくことに長期的な利益を見出さざるを得ないであろう。

欧州は、3000万の死者を出した第二次世界大戦を超え、50年にわたる欧州の分断を超えて、冷戦終焉後いかにして欧州全域の統合を達成したか。その背景にあるのが、4つの和解である。

4つの和解とは、1.「独仏和解」、2.「異体制間和解」、3.「階層間和解」、4.「異文化間和解」である。5.「独仏和解」以外は、すべて冷戦終焉後、実行されたものである。

第1の独仏和解は、戦術としての冷戦の産物であった。冷戦後の独ポーランド和解、独ロ和解は、さすがに困難を抱えつつ、ドイツは粘り強くそれを実行しているように見える。独米同盟を維持しながら。その目的は地域の安定と共同、それによる反映である。

第2の「異体制間和解」は、元社会主義地域たる、旧ソ連・東欧諸国との和解である。これは冷戦終焉後15年かけて、中・東欧諸国を欧州の法・政治・経済システムに合わせEUに取り込む作業であり2004―7年に14カ国がEUに加盟した。同様にロシアとの「異体制間和解」、近隣諸国政策は、欧州に石油天然ガスのメリットをもたらした。

第3の「階層間和解」は、冷戦終焉後広がったエリートと市民間の格差の拡大をいかに修復するかという問題、第4の「異文化間和解」は、移民に象徴されるような域内のマイノリティ、とりわけイスラム系移民と一般市民との社会問題をいかに調整するか、という問題である。これら3つの和解は、「独仏和解」以上に、現代アジアの地域協力への解決の示唆を示している。

現在アジアには、ASEAN+3,6,8.10や、ARF,APEC, SCO, SAARC, ASEMなど、重層的で多元的な、幾重にも広がる、10をこえる機能的な地域統合組織が、既に存在する。「アジアの地域統合」は、一つでなく、既に「ある」のである。それをいかに実質的なものとして活用するかを考えるとき、其々の機能に応じた多元的組織をよりよく運用するための実質的な会合および達成目標を提示する必要があろう。

また最大の歴史的・政治的な問題たる日中問題の解決にむけ双方が歩み寄りの努力を開始することは、最大の課題となろう。経済から政治と社会の歩み寄りへ。それによってこそ、アジアは、グローバリゼーション下の三極構造の中で、米欧に匹敵しそれを凌ぐ繁栄を共に享受することができる。

今やG2(米中)、G3(米欧中)、G20(新興国の決定参加)がアメリカ、欧州のトップ・エリートの思惑・政策を支配する。日本が日米同盟にしがみついている間に、当のアメリカと欧州は、変わらない日本を踏み越え明らかに中国との連携に向かっている。世界経済は冷戦終焉20年と、金融危機のもと、BRICS、ないしBICS(ロシア以外)に雪崩を打って接近している。中印との連携はもはや世界で当然の課題である。

東アジアの統合は経済統合を基礎に、やれる所から、と言われてきた。その通りである。そして既に経済統合は既にやれるところまで進んでいる。次の段階は「日中和解」、「歴史的な敵との和解」による共同の繁栄なのだ。まずは首脳の共同宣言と和解宣言。次いで知識人レベルの共同会議。経済界の制度化、標準化の試み、さらに市民間の協力・交流。詰めと折衝は後からでもよいのだ。

今や世界で最も繁栄するアジアの共同は、世界経済の安定化と繁栄への主体的参入でもある。

G2,G3体制という、「覇権」を競う21世紀に終止符を打ち、地域の共同と繁栄に道筋をつけ和解を促進するためにも、東アジアの地域協力、日中和解、歴史問題解決への政・産・学・社、4様における、速やかかつ緩やかな共同が求められよう。

【記事執筆:羽場 久美子(青山学院大学 国際政治経済学部 教授)】