研究アプローチ③第1回東アジア文化研究会(2010.4.27)

東アジアにおける〈日本意識〉アプローチ3
2010年度 第1回東アジア文化研究会
「中国:党をアナトミーする」
The Anatomy of CCP; Deepening Dusk or Breaking Dawn?


  • 報告者:菱田雅晴(法政大学法学部教授)
  • 日 時:2010年4月27日(火)18時30分〜20時30分
  • 場    所:法政大学市ケ谷キャンパス 58年館2階 国際日本学研究所セミナー室
  • 司 会:  王 敏 (法政大学国際日本学研究所教授)

果たして、改革開放政策の進展によって執政党としての中国共産党の統治は危機の様相を強め、党の存続そのものが危殆に瀕しているのか、それとも逆に経済成長に伴う変化を所与の好機として、この世界最大の政党にして最大規模の利害集団はその存在基盤を再鋳造し、新たな存在根拠を強固なものとしつつあるのか?

本報告では、中国共産党を「組織」として把捉した上で、前者の立場を「黄昏(=ダスク)ポジション」、後者の見方を「黎明(=ドーン)ポジション」とそれぞれ名付け、組織論の各分析要素に従い、その変容の位相を瞥見し、社会的存在としての党組織の現況を再検討した。

具体的には、外部環境(国際環境、歴史環境、組織イメージ)、組織目標(理念、イデオロギー)、組織構造(党細胞、党支部)、組織活動(党課教育、政治学習)、そして組織成員(規模、メンバーシップ、プロフィル、入党動機)等を解剖部位としたが、先ず、外部環境の側面からは、“領導核心”作用の揺らぎを指摘した。かつて、プレ革命期における対抗性、地下性を基調とする中国共産党が「執政党」となり、ピラミッド型全国組織の組織構造と、「档案」に象徴される情報の一元的管理および計画経済に代表される中央集権制度によって担保されて来た「党の一元化指導」=“領導核心作用” が今日の改革期を迎え、社会主義の教典像への逡巡とイデオロギー不信が党員層にすら浸透している。イデオロギーの失効であり、替わって日常感覚レベルでの社会主義像、実利的な社会主義イメージが擡頭している。この結果、この組織の磁力、磁場は急減衰している。

更に、組織構造では、改革開放の“新生事物”としての私有制セクターなどに党細胞組織の“真空” が生まれており、且つ既存の党組織における活動も「党課教育」への参加、党費納入という組織成員義務においても停滞の色が濃い。

組織とは、ある特定理念、価値の実現を目標としてひとびとが糾合するものと把握するならば、この組織の組織目標は、党章=党規約に見出すことができる。党の「(最終)目的」/「最終目標」、「最高理想」として措定されるものが、「共産主義(制度)、社会主義の実現、共産主義の社会制度の実現」等と変遷を重ねており、「社会主義社会は必然的に資本主義社会にとって替わる」との従来ラインは第16回党大会において削除されるなど、組織目標の“揺らぎ”も看取される。

その上で、7593.1万人(2008年末現在)という世界最大規模の政党、政治組織(対総人口吸収率5%)にして、且つ国内最大規模、ベスト&ブライテストの利益集団というこの組織の成員構造を見ると、メンバーシップにおける代表性如何が疑問視される。入党時期別構成、年齢構造あるいは職業階層構造において、歪みが顕著となっている。このため、「発展党員」という名の新規リクルートは、若年層、高学歴層、テクノクラート層、すなわち,改革開放レースの「勝者」グループに集中している。また、ひとびとの入党動機も、実利的な目標への集中傾向が明白となっている。

従って、「3つの代表」論による党自身の大変容も、包括政党化どころか、この政治組織の伝統的支持基盤たる労働者、農民層を切り捨て、エリート階級政党化への途を拓くものと解される。既得権益層としての権精英 Power Elite 、銭精英 Money Elite の権益代表を目指すことでサバイバルを図ろうとしている。

これらの諸側面は、「黄昏ポジション」、「黎明ポジション」双方からそれぞれ評価可能であるが、本報告では、後者に傾いた判断を示した。というのも、第一に、党自身がこの変容=“組織危機”に関して、一貫して積極的なアクターであったという点は強調されねばならない。この組織は、不知不識裡にこの“危機”情況に巻き込まれた訳では決してなく、現時点弥縫策を求めて右往左往している訳でもない。寧ろ、この変容過程を自ら慎重且つ積極果敢にリードし、コントロールして来た。予防的に、“異議申し立て者”=反対勢力の伸張を封殺して来た予防的サバイバル戦略が展開されており、潜在的な反対勢力をも内部へと取り込み(co-opt)、抱き込む(embrace)しようとするこの戦略はこれまでのところ、大きな成功を収めている。

第二に、潜在的な“異議申し立て者”=反対勢力自身とて、明確に現体制の一部をなしており、決して外部から現体制に対抗する“チャレンジャー”ではない。政治変革は意識の多元化に伴う追求すべき政治価値の相違から発生するのが常ではあるが、少なくとも現段階、政治的価値志向の大きな分岐は見られない。

とはいえ、政治変動は、経験則に従い、何らかの予兆を伴い、その累積の上に、予定調和的に発生するものではない。変容は如何なる経済発展段階でも発生していることは銘記しておかねばならない。

【記事執筆:菱田雅晴(法政大学法学部教授)】