第5回東アジア文化研究会(2009.8.4)

学術フロンティア・サブプロジェクト2 異文化としての日本

2009年度第5回東アジア文化研究会

「文化の特質と異文化コミュニケーションの必要性−共生・共存・共栄の国際社会」


  • 報告者 王 秀文 氏 (大連民族学院学術委員会副委員長、国際言語文化研究センター長)
  • 日 時:     2009年8月4日(火)18時30分〜20時30分
  • 場 所:      法政大学市ケ谷キャンパス ボアソナード・タワー8階0806演習室
  • 司 会:     王 敏 (法政大学国際日本学研究所教授)

国際社会のグローバル化にともない、異文化コミュニケーションの必要性が盛んに取り上げられている。ここでは、文化とは何か、なぜ異なるのかという視点から、風土・歴史・民族などの特徴を通して日本と中国の文化の基本的な相違を指摘し、日中間の異文化コミュニケ—ションの研究と教育における方向性や実践的な方法を検討する。

「文化」の定義については「人間には、経験と模倣および言語を通して、集団の一員としての思考、感情、行動を仲間から学習し、獲得したものを同世代、後世代の人々に伝達する性質があり、集団の一員として学習、伝達されるものが、一つのセットとして統合性をもつ総体」として考える。日本と中国の上位文化について比較すると、日本は「国家=民族=宗教=言語」であるが、中国は「国家≠民族≠宗教≠言語」である。中国は13.6億の人口を有し、56の民族から成る多民族国家であり、日本は人口1.28億人の単一民族国家である。「中国文化」を研究する際には、「中国」の定義が政治の概念になっていないかという点に注意すべきであり、「中国」とは何かという問いかけと「民族」への理解が不可欠である。

次に、「風土」の重要性について指摘したい。風土とは「人間の精神・生活様式として具現されている自然環境であり、人間を含む全一体的な世界として総合された概念」として考えられる。風土はその特質によって生産・生活様式の異なる民族の性格—世界観・価値観を含んだ民族文化を決定し、社会的な行動にも大きく関わる要素である。中国の文化風土を概観すると、「遊牧・田畑・乾燥多風」を特徴とする「黄河文明」と、「農耕・稲作・湿潤多雨」を特徴とする「長江文明」に二分される。また「ナラ林文化圏」と「照葉樹林文化圏」の区分によって日本と中国を見ると、中国北部の紅山文化と日本の縄文文化における類似性が指摘され、風土と文化の関係の重要性を理解することができる。

歴史の面では、中国の5000年の歴史が「易姓革命」による「支配と融合」を繰り返してきたことと、近代では 外国による侵略があったことに注目したい。特に「易姓革命」は新しい王朝が前王朝を制圧することによって支配を正当化させたため、王朝が変わることによる文化面での破壊的な影響力は多大であった。一方、日本は2000年の歴史において一貫性があり、海外の文化を旺盛に吸収するという特徴があった。以上のように、民族、風土、歴史についても全て「文化」として理解すべきである。

今日の国際社会では、「共生・共存・共栄」がキーワードになっており、具体的には、1.グローバル化、2.多元化、3.流動化、4.活性化、という特徴が挙げられる。国際社会は多元化しているが、一方で政治的なイデオロギーによって世界を区分する傾向が依然として存在しているのも事実である。グローバル化、多元化、流動化と同時に、イデオロギーを乗り越えて新たな制度化、体系化を活性化させる必要があるといえよう。

中国は建国以後1978年までは政治中心の一元化した社会であったが、1978年からの30年間は開放改革政策を推進し、1992年からは市場経済に転換した。現代中国を考察する場合には、建国以後の60年間を30年ずつ2つの時期に区分して考察するのが良いだろう。国是である経済発展のためには、友好的な国際環境と安定した国内環境を確保することが何よりも優先される。「中国は何主義か?」というイデオロギーの議論よりも、主義には関係なく相互に協力できるところで協力すべきであろう。

例えば、2008年の調査によると、中国に進出した日本企業1.7万社のうち、大連への進出は3.6千社である。また、2007年の統計では大連への日本人の出入りは1日800人、年間24万人に上り、人的交流はますます盛んになっている。中国では大学生の就職難が深刻だが、大連では大学の日本語学科卒業生の就職率は100%であり、日本語教育が盛んになっている。

異文化コミュニケーションとは、つまり「文化を跨ぐ」ということであり、最も必要とされるのは「言語(言語知識+言語能力)」と「文化(文化知識+文化能力)」であり、「知識」を「能力」に切り替える必要がある。例えば、価値観・思考様式などの内面的な精神活動、言語活動や身体表現様式、さらに衣食住などの生活様式について理解するだけでなく、それらを身につける「能力」が必要だろう。

異文化コミュニケーションを行う場合には、次の点に留意する必要がある。1.文化には優劣・高低はなく、平等である、2.尊重・友愛の立場で感情に配慮すべき、3.同じところよりも違うところを見出すのが大事、4.互いにコミュニケーションの場とルートを創ることに努力する、5.自己の立場より相手の立場に立ってものを考えるべき、6.互いに理解を深め、対立を避ける必要がある。

これらの視点により異文化理解とコミュニケーションを行うことで、「共生・共存・共栄の」国際環境が創出されると考える。

 【記事執筆:及川 淳子(法政大学国際日本学研究所客員研究員)】