第3回東アジア文化研究会(2009.6.12)

学術フロンティア・サブプロジェクト2 異文化としての日本          

2009年度第3回東アジア文化研究会

「東アジアにおける「阿Q」像の系譜:夏目漱石、魯迅そして村上春樹

A Genealogy of the Ah Q Image in East Asian Literature:                        Natsume Soseki, Lu Xun, and Murakami Haruki

   

報告者 藤井 省三 氏 (東京大学文学部教授)    

§日 時:     2009年6月12日(金)1830分〜2030分  

§場 所:      法政大学市ケ谷キャンパス
          ボアソナード・タワー25階B会議室

§司 会:     王 敏 (法政大学国際日本学研究所教授)


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 魯迅(1881-1936)は日本文学に大きな影響を与えており、その最たるものが「“阿Q”像の系譜」である。「阿Q」像とは通常の名前を持たず、家族から孤立し、旧来の共同体の人々の劣悪な性格を一身に集めて読者を失笑苦笑させたのち犠牲死して、旧共同体全体の倫理的欠陥を浮き彫りにし、読者を深い省察に導く人物である。

 「阿Q」像の原型を魯迅はおそらく漱石の『坊つちゃん』(一九〇六)に見いだしたことであろう。『坊つちゃん』の語り手は名前を持たず、「下女」の清を除く誰とも心の通い合う対話ができない。漱石は「坊つちゃん」の自閉性と周囲の人物の一見常識的対応との落差を描いて読者を失笑苦笑させながら、日露戦争後に成立した大日本帝国という国民国家の国民性を批判しているのである。この漱石作品では「坊つちゃん」は犠牲死こそしないものの、彼に替わるかのように清が急死している。これに対し魯迅の「阿Q正伝」は村と県城における辛亥革命の到来と、その犠牲となる阿Qを描いて、さらに鋭い国民性批判を展開したのである。

 村上春樹(一九四九〜)は高校時代に魯迅を愛読していたようすである。デビュー作『風の歌を聴け』(一九七九)冒頭の一節「完璧な文章などといったものは存在しない。完璧な絶望が存在しないようにね」とは、魯迅が散文詩集『野草』に記したことば「絶望の虚妄(きょもう)なることは、まさに希望と相同(あいおな)じい」に触発されたものであったろう。村上の最初の短篇小説「中国行きのスロウ・ボート」と魯迅の自伝的小説「藤野先生」とは、遠い街で外国人の先生の希望を裏切ったことに対する罪の意識という構成とテーマを共有しているのである。

 このように村上と魯迅とは深い絆で結ばれており、とくに「阿Q」像は村上が魯迅から継承した主要なテーマである。たとえば村上は『若い読者のための短編小説案内』(一九九七)で本格的文芸批評を試みた時、阿Qに触れて鋭い批評を語っている。そもそも村上には「Q氏」を主人公とする「駄目になった王国」(一九八二)という短篇小説がある。語り手の「僕」によれば、彼の旧友のQ氏は好人物で欠点だらけの日雇い農民「阿Q」とは対極である。しかし一〇年後に「僕」が再会するQ氏が、テレビ局の「ディレクターのような職」にありながら、市民的倫理も感性も失っているようすを読むとき、魯迅の読者はQ氏とは紛れもなく「阿Q」像の系譜に連なる人物であることに気づくであろう。

 村上春樹はその後もQ氏の兄弟たちを描き続けている。たとえば『ダンス・ダンス・ダンス』(一九八八)に登場する映画スターの五反田君は、虚像を演じるのに疲れたQ氏でもあり、「無意味で卑劣なことをやることによってやっと自分自身が取り戻せる」ほどに高度経済成長からバブル経済へと至る日本社会の急激な変化の中で病んでいる。 

 一九九四年のノモンハン事件(一九三九)の戦場取材旅行をめぐる旅行記では、侵略の結果として敗戦を経験しながら、「自分の内なるものとしての非効率性」を深く問うことなく、単なる「外科手術」により物理的に「非効率性」を排除して高度経済成長を迎え、ポストモダン社会へと突入して、結局は「名もなき消耗品として静かに平和的に抹殺」されている日本人に対し、根本的な疑問を提起している(『辺境・近境』)。そしてこのような村上の思考は『ねじまき鳥クロニクル』第三部として結実したといえよう。この物語において語り手で主人公でもある「オカダトオル」は、幽霊の阿Qから「本当の人」(「狂人日記」)へと生まれ変わろうとして闘っているのではあるまいか。

 魯迅は伝統的帝国の清朝から近代的国民国家としての中華民国、そして中華人民共和国へと中国が大変貌を遂げる際に、主体的に変革に参加しない膨大な群衆、あるいは参加しようにも参加できない過去の幽霊のような人々を、厳しくしかし共感を抱きつつ阿Qとして描き出し、新しい時代の国民性を模索した。村上春樹も戦後日本の中産階級を中心とする「市民社会」や、エリート・サラリーマンを核とするポストモダン社会に対し、「阿Q」像を援用しながらラディカルな批判を行ってきたといえよう。

 二〇〇八年夏の金融恐慌を引き金に、“ポストモダンの終わり”が始まろうとしている。このような大転換期に際し、村上春樹が八〇年代のモダンからポストモダンへの転換期に行った深い省察を出発点として現在まで続けてきた文学活動は注目に値するものであり、彼の最新作『1Q84』にも阿Qの姿が影を差しているのである。

 【記事執筆:藤井 省三(東京大学文学部教授)】