第3回東アジア文化研究会「2・1・0-東アジア文化・文明論的構造」(2008.6.6)

第3回東アジア文化研究会                                               「2・1・0−東アジアの文化・文明論的構造」

報告者    小倉 紀蔵 氏 (京都大学大学院 人間・環境学研究科准教授)     

  • 日 時   2008年6月6日(金)18時30分〜20時30分 
  • 場 所    市ヶ谷キャンパス 58年館2階国際日本学研究所セミナー室
  • 司 会   王 敏 (法政大学国際日本学研究所教授)


2008年6月6日(金)、18時30分から20時30分過ぎまで、法政大学市ヶ谷キャンパス58年館2階国際日本学研究所セミナ室において、2008年度第3回東アジア文化研究会が開催された。今回は、京都大学大学院人間・環境学研究科准教授の小倉紀蔵氏をお招きし、「2・1・0−東アジアの文化・文明論的構造」という演題のもとで行われた。

 

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 「2・1・0—東アジアの文化・文明論的構造—について」

東アジア3国(中国・朝鮮・日本)は、伝統的に自国の文化・文明論的立場をそれぞれ〈2・1・0〉と規定する傾向をもっていたと仮定する。ここで2とは「文明」(「普遍運動」)、1とは「文化」(「固定した文明」)、0とは「非文明、非文化」(2でも1でもないもの)の謂いで、このような本質主義的な規定は端的に「錯視であり」、「誤謬ではある」が、このようにみなすことで新しい3国関係が見えてくるのではないかと考える。

中国は自己を「文明」(2)の中心と認識、朝鮮は中華文明の枠のなかにある「文化」(1)として自己を規定する。これに対して日本は中国文明から逸脱した「非文明、非文化」(0)と自己を規定する。

朝鮮は自己を「文化」(1)とし、中国文化の正統な継承者として朱子学を奉じ、ついには「小中華思想」(中国以上に朱子学を重んじた社会を形成した)を掲げ、日本を「非文明、非文化」(0)とし、日本との比較の中で自らの正統性をさらに強調していく。朝鮮からみれば日本は無思想であるがゆえに批判の対象となる。

他方、日本は逆に、朝鮮が「文化」(1)に固執して朱子学を堅持する保守的な国とみなし、日本は「非文明、非文化」(0)だからこそアジアにありながら早期に近代化したと自負する。したがって、日本からみると朝鮮は「文化」(1)であるがゆえに固定的でオリジナリティーがなく、発展しないとの批判対象となる。それゆえ日本は「非文明、非文化」であることを、さらに自負することになる。

つまり、互いに自負している点が、互いに批判の対象であり、その批判を通して、いっそう自己規定を強めるという循環的な相互依存関係になっているのであり、しかも中国との関係で考えれば、朝鮮はつねに中国以上に中国的であることを目指し、日本は逆に島国であるから中国的な考え方から脱することができたことを誇るということになる。

このすれ違いからくる誤解や偏見が増幅していく相互依存の関係を、〈2・1・0〉という数字で可視化し、互いの固定的な見方を意識化することで、誤解を克服する一助にしたい。

以上が主要な論点であった。なお、当日は論文「〈2・1・0〉…東アジアの文化・文明論的構造」(『比較文明』22号、200611月)の抜刷が配布された。興味のある方は、そちらも参照されたい。

 

このほか前半には韓国研究の現状以外にも日本のアカデミズムにおける無自覚な西洋の方法論の濫用について辛辣な批判がなされるなど、刺激的な報告であった。冒頭で専門は「韓国哲学」との自己紹介があり、「韓国哲学」という聞きなれない分野についてのレクチャーもあったが、そこでの「韓国をフィールド(・・・・・)としています」という言い方のなかに従来の哲学研究者にない実感を重視する意志が強く感じられ何故その方法論を用いるのか、何故その地域を研究するのか、本来なら当然議論されなければならない前提がないがしろにされ業績の為の論文が量産されている昨今の現状に反省を迫る場面あった。

今回の報告を聞き第2回東アジア文化研究会、赤坂憲雄氏の報告の際と同様に感じたことがある。すなわち、赤坂氏の「さまざまな日本」「青潮文化論」といった議論にみられる近代統一国家、ナショナリズムに対する批判は、フィールドワークのなかでの「実感」から出発している。青潮文化圏や多様な地域のあり様を実地踏査した経験から「日本」は一つではないとの問題意識をもち得たにちがいない。アンダーソンの「想像の共同体」まずありきではないナショナリズム批判のあり方は、さらになお多様にあるはずだ。実感からはじまる学問こそ信用に足るものではないのか。小倉氏の議論とその緊張感から、改めてそう感じた。

 

【記事執筆:今泉 隆裕

  (法政大学国際日本学研究所学術研究員・桐蔭横浜大学スポーツ健康政策学部講師)】