第4回東アジア文化研究会「台湾における日本文学の受容と研究の現状」(2008.1.25)

第4回東アジア文化研究会
「台湾における日本文学の受容と研究の現状」

報告者  李 文茹 氏(台湾慈済大学)     

  • 日 時 2008年1月25日(金)18時30分〜20時30分 
  • 場 所 58年館 2階 国際日本学研究所セミナー室
  • 司 会  勝又 浩 (法政大学文学部教授)


2008年1月25日(金)、18時30分から20時30分過ぎまで、法政大学市ヶ谷キャンパス58年館2階国際日本学研究所セミナー室において、第4回東アジア文化研究会が開催された。今回は、台湾慈済大学の李文茹氏をお招きし、「台湾における日本文学の受容と研究の現状」という演題のもとで行われた。

 

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 報告は3つの柱によって構成されている。すなわち、
1)台湾における日本語・日本文学について、その歴史と翻訳の現状を見ながら。
2)台湾の大学における日本語、日本文学関連授業の現状、および日本学関連学会の歴史と現在。
3)新たな日・台連携の中での日本学の可能性。
であるが、1では、日台関係を考える大前提である、台湾近代の対日本、日本語政策の歴史を概観した。それを大きく分ければ1-1日本の皇民化政策期(1937〜45)、1-2「光復」初期=脱植民地・脱日本化時代(1945〜49)、1-3戒厳令下(1949〜87)、1-4戒厳令解除後(1987〜)である。
 

 植民地時代は公的な場では日本語しか許されず、母語を奪われたが、1945年の解放後はその反動としての中華化政策の時代となり、今度は日本語が禁じられた。しかし植民地時代が永かったために日本語で表現することになれた作家や知識層が多く、表現の自由という点からみれば、この脱植民地化期はもう一つの不幸な時代でもあった。このあたりの事情は韓国とも通ずるところが多い。1-3は蒋介石時代だが、国内外とも緊張の時代である。台日の文化的国交回復は1960年代の日本映画の輸入あたりから徐々に始まり、詩、大衆小説の翻訳が行われ、川端康成、三島由紀夫の小さなブームもあったが、決定的には1987年のマスコミ開放からである。翻訳も急増し、70年代の3倍を超えるようになったが、日本の流行がほぼ同時代的に入るようになり、若者たちの間に「哈日族」(ジャンキー?)と呼ばれるような現象も生まれた。

 そこで李氏は現在の村上春樹流行の現状を出版社のホームページを引きながら紹介したが、面白かったのは一つのアンケートで、村上作品によって「日本への理解が深まったか」という問には「はい」が35%、「いいえ」が62%という回答であった。春樹作品を読む若者たちは面白がりながらも案外醒めているのかもしれない。
次には台湾の大学における日本学関連の教育現状について。代表的な台湾大学、輔仁大学、東海大学の教育目標、カリキュラム、日本文学関連授業の例を引きながらの分析や比較検討が報告された。各大学は当然それぞれの特色を打ち出しているものの、全体としては実践的な日本語教育に傾き、実社会ですぐ役に立つ人材養成をうたっていることが明瞭であった。現在日本学関係の大学院を持つ大学が13校あるそうだが、そこでも、その半分以上の割合で応用日本語(経済、貿易、情報関連)関係カリキュラムが支配的で、文学も文化もまだ十分ではない。そうしたなかで李氏自身は文学を通して日本文化そのものへの理解を深めることが重要であると考え、教材の選択にも配慮工夫しているとして、具体的に作品を上げながら説明された。
続いては台湾における日本語日本文学関連学会の現状で、2種の学会の研究発表、シンポジウムのプログラム例を示しながら実情を紹介された。最も歴史があり、大きな学会は1989年に「台湾日本語文研究会」として発足した現在の「台湾日本語文学会」であること。次が2003年に「(日本)古典懇話会」として発足した「台湾日本文学会」(2005)などである。他にも各大学が拠点となった小規模の学会もかなり存在し、2007年にはそれらを糾合したシンポジウム「国際学術研討会」が、しかも2種も催された。他分野のことはわからないが、これらを見るかぎり、台湾での日本文学研究はかなり盛況なのだと思われた。

 その他に特徴的だったのは「読書会」の存在だが、これは日語・日文学科の教員が中心となって文学作品ばかりでなく研究書や理論書を読む会で、小規模ながら実のある会だということであった。

 最後にまとめとして、台湾現代の「日本学」研究面は、日本語学、日本語教育関連が中心で、文学そのものや日本文化全般についての研究はまだ層が厚いとは言えないこと、また国内外の他分野他領域との連携が少ないことが、反省点、また今後への課題としてあげられた。
以上は、2時間にわたる、よく調べられた、詳細で、また総括的な報告の、要約の要約にすぎないが、会場ではたくさんの刺激を受けた。質疑の時間が十分取れなくて残念だったが、参加者もみな同じ思いであったろう。

 植民地時代のあと反日時代が来るのは当然のことだが、台湾ではそこに大陸中国との関係が入ってきて、反日一色では説明しきれない複雑さがある。日本文学の受容も当然そうした歴史を背負わざるを得ないのが、台湾での格別な性格である。一方、台湾の若者たちに人気のある留学、あるいは遊学希望地の第一はやはりアメリカだそうだから、だとすれば大学での英米語、英米文学文化の教育はどうなっているのかという側面もある。そこにも実践語学偏重傾向があるのかどうか、そうした比較のなかで日台の関係を考えるべき要素もあるだろう。言い換えると、語学か文化かという問題は、日台関係だけでなく、異文化交流において常につきまとう基本の問題だと思うからである。機会があれば、これらの問題をさらに掘り下げたいと思われた

                            【記事執筆:勝又 浩(法政大学文学部教授)】